ノルウェーでは酒の宣伝・広告は厳しく禁止!保健大臣「大事なのは国民の健康」酒に市場価値を見出さない国
「日本のメディア!?よく来てくれたね!どうもありがとう!自分たちでは宣伝できないから、とても嬉しいよ」。オスロにあるマイクロブリュワリー「サーゲネ」(SAGENE)の工場で、スタッフが喜んで出迎えてくれた(冒頭写真)。
この光景、これまで何度もノルウェーで出会ったきた。この国では、「酒は人間にとって悪影響」とされ、メーカーは自分たちで宣伝することができない。
オスロにあるジャズバー「ナショナル・ジャズセーネ」での取材時では、このような光景に仰天した。
メニューを見て、決めきれない客に、「どのお酒がおすすめ?」と聞かれ、「申し訳ありません。法律で、私たちは特定のブランドをおすすめすることができないんです」とバーテンダーが謝罪していたのだ。「どれがおいしいか、すすめることもできないの?」と聞くと、「そう、ちょっと馬鹿げていますよね。“どれもおいしい”と言うのは大丈夫なようです」と、バーテンダーは自国の法律にあきれていた。
自主規制できない国民をコントロールする政治家
ノルウェーでは、「人間は酒の誘惑に勝てない」として、政治家が国民の酒との関わり方を厳しく規制している。
北欧各国の中でも差はあり、デンマークは緩めとされる。
ノルウェーでは、度数の弱い酒はスーパーで販売されているが、どこも販売時間が規制されている。ワインなどの多くの酒は、国営酒屋や飲食店でしか購入できない。日本に住んでいる感覚のままでは、簡単にお酒を購入できなくて驚くだろう。
酒を飲みたくなるような「広告」も、厳しく規制されている。それは日本人からすると、驚くほど、時に、異常と感じるほど厳しい。左翼から右翼への政権交代が2013年にあってからは、それでも大分緩和された。
数年前は、酒のブランドメーカーは、酒商品の写真や文字を、公式HPに掲載することさえできなかった。メーカーの公式HPを見ても、ジュースや料理教室のHPかと、勘違いしてしまうくらいだった。
国内の消費者向けの宣伝は禁止されていたため、公式HPは、国内ドメインを示す「.no」でのURLや、ノルウェー語での表記を避けていた。「.com」で、表記が英語であれば、国外向けということで、規則は緩かったそうだ。ノルウェー人の多くは、英語が得意にも関わらず。
国内メーカーは自分たちで宣伝できないので、メディアなどが接触してくるまで、PRもできなかった。
例を挙げればキリがないほど、意味のわからない酒の広告禁止法がノルウェーにはたくさんある。SNSなども普及する中、ルールが複雑で、メーカーも困惑するという話をよく聞く。
北欧で初、そして唯一の酒ソムリエの教育者である石井香織氏は、厳しい酒法にはプラス・マイナスの両方があると説明する。
「ノルウェーの酒市場には2社の2大勢力があり、その周囲でマイクロブリュワリーが大発生中。その中で、小規模のブランドには広告にかける財力がないんですよ。宣伝競争がないから、口コミと味だけで勝負ができるという利点があります。弱小なブランドが大手とバトルをするにはいい構図になっている。けれど、海外からクラフトビールが入ってくると、価格が安いので、脅威になりつつありますね。ある程度コントロールされていると、質の悪いものが入ってくることを防ぐこともできます」。
石井氏が働くノルウェーのマイクロブリュワリー「ヌグネ・オー」社では、欧州で初となる日本酒「裸島」が製造されている。
人気のワインやビールと違い、日本酒はまだまだ北欧の地では浸透していない。だからこそ、マーケティングが本来必要とされるのだが、複雑で厳しい酒の広告規制が、石井氏を悩ませる。
「宣伝できないから、どうしようかなと考え中です。客観的な意見としてなら、私個人のSNSでも書くことはできるようです。“これはおいしいですよ”という個人の主観を書かなければ大丈夫」。
お酒を飲んでいる、楽しそうな写真はNG
「お酒を飲んで、みんながはしゃいでいる写真もだめ。楽しそうでも、遠隔から見て、何を飲んでいるか分からない写真は良し。酒を作っている写真も大丈夫なようです」。
厳しい酒への規制の背景を、石井氏は宗教にあるのではと考える。「デンマークは自由化しているけど、スカンジナヴィア3国は不思議だなと思います。クリスチャンの社会だから、慈善的で、罪の意識があるのでしょうか。飲んでいる写真はだめですよね。そのグレーゾーンがわかるようになるまで、苦労しそうです」。
酒法がだいぶ緩くなったのは、2013年に右翼連立政権になってからだ(それでも、日本人からすると、異常に厳しい)。保健・ケアサービス大臣であるベント・ホイエ氏(保守党)に、話を聞いた。
厳しい酒の規制は、国民の健康にとってプラス
「厳しい規則には効果があるのです。他国と比較しても、ノルウェー人の飲酒率は低い。それは国民の健康にとって良いことです。我々の連立政権になって以降は、酒の広告規制はだいぶ緩くなりましたよ。今では、広告ではなく、“情報を伝える”という形でなら、公式HPでは、以前よりも情報や写真を載せることができます」。
日常生活での規制が厳しすぎるため、週末など、いざ飲めるとなった時のノルウェー人の大量の飲み方は、問題ではないのかと聞くと、「それは、規制が関係しているのではなく、ヴァイキング時代から続く、カルチャー的な要素だと思います」と答える。
酒は普通の商品ではないので、市場価値は見出さない
ノルウェーのお酒を、「国外に売り出せる商品価値のあるもの」としては考えないのだろうか。「酒は、“普通の商品”としてまず考えていませんね。健康面のほうが大事です」と大臣は話した。
ノルウェーの主要政党で、厳しい酒法に歯止めをかけたいと考えている唯一の党が、進歩党だ。移民や難民に否定的な極右/右翼ポピュリストとされやすいので、意外と思う人もいるかもしれない。日本人や多くの外国人は、酒に対する考え方においては、進歩党に同意しやすいのではと筆者は思う。
もっと自由にさせたい進歩党
進歩党は、複雑で厳しい規制をやめ、他国のように、もっと簡単に、個人が責任を持って、酒を購入できるようにさせたいと考える。
与党でありながら、それが難しい理由は、「合意体制を組んでいる政党のひとつが、飲酒に否定的なキリスト教民主党だから」と、進歩党青年部の代表・ビョーン・クリスチャン・スヴェンスルード氏は答える。
「厳しい酒法をよしとする風潮が国内では強いため、票の獲得につなげることが難しいのです」と、「もっと他の人々にとっても、酒を販売しやすいようにしたい」と同氏は話す。
Photo&Text: Asaki Abumi