42人を殺害した介護士は、“支援なき高齢化社会”を変えられるか。『ロストケア』
なぜ、その介護士は42人もの命を奪ったのか。松山ケンイチと長澤まさみの初共演作『ロストケア』は、連続殺人事件をめぐるミステリーとして興味を引きつけ、親の介護はまだ自分には遠い先の話だと思っている世代にも将来を考えさせてくれる濃密な社会派ヒューマンドラマです。
松山ケンイチが演じるのは、訪問先の家族からも慕われ、訪問介護センターの同僚からも信頼されている介護士・斯波宗典。長澤まさみ演じる検事・大友秀美は、斯波の担当先で起きた事件を調査するのですが、ほどなく明らかになるのは、斯波がこれまで多くの高齢者の命を奪ってきたという事実。
けれども、斯波は、自分のしたことは「殺人」ではなく、「救い」だと主張します。
なぜ、彼は自らの行為を「救い」と考えるのか。斯波の告白が浮かび上がらせるのは、必要とする人間が支援を受けられない社会の現実。さらには、介護サービスを受けられても、それだけでは支えられない部分がある在宅介護の現実。それは、自分の親が、目の前にいる自分のことを子供だとわかってくれないという状況のなか、介護を通して多くの人々が味わってきた身体的・精神的な負担に思いを馳せさせるものです。
大友は、信念を語る斯波に「あなたが大切な家族の絆を断ち切っていいわけがない!」と法の正義や倫理を振りかざすのですが、大友自身の母親は高級老人ホームに入っている。
介護疲れとは無縁の大友は、斯波がいうところの「安全地帯」にいる人。そんな彼女の正論を突きつけられたところで、家族の絆という「呪縛」によって在宅介護に疲弊していく人々の現実を知る斯波にはなんの意味もありません。
そんな2人の対比が見せるのは、介護にも格差があるという現実。一度、苦境に落ちたら抜け出せない社会のシステム。『護られなかった者たちへ』でも描かれた公的支援の機能不全への怒りや絶望が、本作でも湧き上がってきます。
けれども、それは同時に、在宅介護が抱える問題が映画として描かれることで、多くの人が介護を自分ごととして考え、「このままではいけない」と、社会がちょっとずつでも変わる力になるきっかけになるのではという希望を抱かせてくれることでもあります。
介護を必要とする人が増え続けるこれからの日本で、社会の意識や、公的なサポートがどうあるべきかを、自分ごととして考えさせてくれる本作は、映画はエンターテインメントを通して社会の問題に目を向けさせてくれるものだということを思い出させてもくれるのです。
それでいて、社会の問題を見つめつつ、大友のみならず、親を持つ“子供”である登場人物たちそれぞれの心も見つめている。この社会派ミステリーが、罪の意識を抱え続けていた大友の魂の救いの物語へと昇華されるラストの、なんと胸を揺さぶることか。
表情だけで斯波の内面を映し出す松山の繊細な演技。『エルピスー希望、あるいは災いー』といい、本作といい、うちに自身への怒りや罪悪感を抱える人物を演じたときの長澤が、ひときわ呼ぶ共感。それぞれの魅力にも改めて惚れ直さずにいられません。
『ロストケア』
全国公開中
(c)2023「ロストケア」製作委員会
配給:東京テアトル 日活