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「盤石の先手番」勝利で藤井聡太竜王が初防衛。藤井竜王を後手番で崩すにはどうすればいいのか?

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 3日に2日目が指し継がれた第35期竜王戦七番勝負第6局は、藤井聡太竜王(20)が挑戦者の広瀬章人八段(35)に113手で勝利し、通算4勝2敗としてシリーズを制した。

 竜王位防衛は初となる。

 角換わりに進んだ本局、後手番の広瀬八段が仕掛けを誘い藤井竜王がそれに乗って戦いが始まる。

 1日目の段階でリードを奪った藤井竜王は、2日目に猛攻を仕掛けて広瀬玉を一気に追い詰め、最後は広瀬八段の反撃を冷静に受け止めて勝利した。

先手番で全勝

色付きは藤井竜王の先手番
色付きは藤井竜王の先手番

 ここでシリーズの成績を見ていただこう。

 藤井竜王は先手番で3戦全勝、後手番で1勝(2敗)で、計4勝となった。

 こうしてみると、広瀬八段は第3局の先手番を落としたのがシリーズ敗退につながった。

 将棋における先手番は、テニスにおけるサービスゲームによく例えられる。

 プロのテニスではサーブを打つ方が圧倒的に有利で、(下手の横好きである)筆者のレベルでもサービスゲームの方が有利である。

 テニスと比較すると将棋における先手番はそこまでの有利さは感じないが、藤井竜王は先日引退したフェデラーのサービスゲームのごとく、先手番を落とさない。

 2022年度(2022年4月~現在)における藤井竜王の先手番の成績は驚異の17勝1敗(未放映のテレビ対局を除く。以下も同様)だ。

 先手番での高勝率の原動力が角換わりである。

 角換わりと一口にいっても色々な形があるのだが、その中でもこの夏から藤井竜王は「二段金+一段飛車」を作る駒組みを好んでいる。

角換わりの基本図ともいえる駒組み。後手も同様の形を作り同形に進むのが主流だ。9筋の位を取る形もある
角換わりの基本図ともいえる駒組み。後手も同様の形を作り同形に進むのが主流だ。9筋の位を取る形もある

 バランスのとれた陣形として数年前から主流となった駒組みである。

 ただ、少し前までは駒組みを省略して仕掛ける、「▲4五桂ポン」や「早繰り銀」に主役の座を譲っていた。

 しかし藤井竜王がこの駒組みの採用率を高めるにつれて周りもそれにならい、今では公式戦における角換わりで再び主役の座に返り咲いている。

 この駒組みを広瀬八段は打破できずに終わった。

 第2局では本来3二にいるべき金を3三に持ってくる異筋の形を採用。

 その後、本来6二が定位置の右金を第4局では6三、第6局では7二に配置するひねった策をみせたが実らなかった。

 第2局ではわずかな差ではあるが後手の広瀬八段がリードする瞬間もあったが、3局通じて藤井竜王にピンチらしいピンチといえる場面はなかった。

藤井竜王の先手番を崩すにはどうすればいいのか

 タイトル戦は先後を交代して行うため、基本的に後手番で一度は勝つ必要がある(例外もある)。

 そのため、藤井竜王の先手番を崩さない限り、タイトル戦で勝利することはできない。今回の広瀬八段も藤井竜王の先手番を崩せなかった。

 では、藤井竜王の先手番をどう崩せばいいのか。

 一つの考え方としては、先ほどあげた角換わりの先手番の駒組みに対し、後手番で有効な策を得ることである。

 昨日、筆者はコンピュータ将棋の大きな大会である『第3回世界将棋AI電竜戦』の解説を務めた。

 角換わりでは先ほどの策を多くの将棋AIが採用。結果、同等程度とみられる将棋AI同士の対戦ではほとんど先手の勝利に終わった。

 優秀な策であることをお分かりいただけるだろう。

 プロも必死に考え知恵を絞っているが、後手番のいい対策が簡単に見つかるとは思えない。

 もう一つの考え方は、そもそも角換わりにしないことである。

 後手が横歩取り、雁木、振り飛車といった策をとれば先ほどの図を避けられる。

 しかし藤井竜王の先手番における角換わり以外の戦法での成績は7戦全勝である。

 角換わりでは突き崩せない策があり、それを避けてもまた勝ち目が薄い。

 一体どうすればいいのか。トップ棋士相手にこれだけの勝率を残す藤井竜王だ。当然ながら簡単に策は見つからない。

 藤井竜王の次のタイトル戦は1月から始まる第72期ALSOK杯王将戦七番勝負だ。

 羽生善治九段(52)との初めてのタイトル戦として今から注目を浴びるシリーズである。

 ここで羽生九段が藤井竜王の先手番をどう崩しにくるか。

 シリーズの行方を大きく左右する事案である。

 最近、羽生九段は後手番で横歩取りを採用するケースが多い。

 藤井竜王に角換わりを指させない策をとるのか。それとも角換わりで渾身の策を披露するのか。羽生九段の選択に興味を惹かれる。

 時代を作る二人の激突というだけでも大変興味深いシリーズである。

 様々な角度から注目を浴びるだろう。

 本記事を読まれた方は、羽生九段の後手での策にもご注目いただきたい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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