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何かと話題がとぎれない河瀨直美監督。そもそも作品の評価は? 国外と国内の違いを五輪映画で克服なるか

斉藤博昭映画ジャーナリスト
2021年12月、ブルガリのイベントでの河瀨直美監督(写真:REX/アフロ)

このところ、ニュースで名前が上がることが多い、日本の映画監督といえば、この人、河瀨直美。

先日は、総監督として携わる、東京オリンピックの公式記録映画に藤井風が主題歌を提供することが伝えられると、何かとネガティヴな事態が相次いで報じられる河瀨監督の作品に“巻き込まれる”ことで、彼にとって「黒歴史になるのでは?」など、やや理不尽とも思える記事も出たほど。ちょっと過剰な反応も見受けられる。

告発が相次ぐ映画の現場でのセクハラ、パワハラ問題で、河瀨監督が2020年公開の『朝が来る』の撮影現場で撮影助手を“腹蹴り”したという出来事を文春オンラインが報じ、それに対し、河瀨監督側が「すでに解決済み」というやりとりがあった。ただ、当該の撮影部が現場を離れるという事態になっており、いろいろと現場の裏事情にも想像が広がった。実際に監督側の弁明ニュースに対するコメントも「言い訳を聞かされているよう…」というものが多い。

一方で河瀨監督を擁護する声があまり聞かれない。映画業界に近いところにいても、そういったムードは感じる。漠然とではあるが……。

この腹蹴り問題の前にも、東京大学の入学式での河瀨監督の祝辞が槍玉に上がった。ウクライナの情勢について「ロシアという国を悪者にすることは簡単」と述べ、国際政治学者らから批判の声も上がった。祝辞全体を読めば、そこまで批判されるほどではないとも思うが、流れ的にウクライナ問題が出るのは唐突で、現時点でのトピックを盛り込む気持ちが先走っている印象ではあった。そもそも、なぜ河瀨監督が東大の入学式で祝辞を?という論調も目立つ。同時期に早稲田大学の入学式で是枝裕和監督が祝辞を述べたが、こちらは早稲田の出身で、当時の自身の経験も込めたものだったので、その内容が河瀨監督と比較されたりもした。

それに先立っても、総監督を務める東京オリンピックの映画で、撮影の舞台裏を追ったNHKの番組での「やらせ」的テロップが問題になっていた。そちらは河瀨監督に直接の責任はなかったようだが、初期の監督のSNSへの対応に問題があったことを指摘されたりしている。

そもそも東京オリンピックの映画、そのメガホンを託されたのは、「日本を代表する映画監督」の一人だから。映画ファンには、これまでの数々の栄誉は知るところにある。今から25年前の1997年、商業映画デビュー作となった『萌の朱雀』で、いきなりカンヌ国際映画祭のカメラドール(新人監督賞)を受賞。27歳での受賞は史上最年少だった。2007年は『殯(もがり)の森』でカンヌのグランプリ。カンヌにはコンペティションなどに何度もその監督作が選ばれ、上映されている。

ただし、日本の一般的な観客には、その作品が熱く受け入れられているとは言い難い。2015年、樹木希林が主演を務めた『あん』こそ話題になったが、興行的に大ヒットした作品は少なく、作家性の強い監督として知られている。

「河瀨作品で好きなもの、感動したものは何ですか?」と聞かれ、すぐに答えが出る人は少ないだろう。日本を代表する映画監督と形容するのは、一般レベルからすると実感は薄いような気もする。

では評論家の評価はどうか。たとえばキネマ旬報ベストテンでの河瀨作品は

1997年『萌の朱雀』 10位

2019年『朝が来る』 3位

と10位以内に入ったのは2回のみ。『あん』は17位、『殯の森』は15位。2017年、カンヌのコンペに出品され、エキュメニカル審査員賞に輝いた『』はキネ旬で24位だった。

他の監督作でカンヌの評価とキネ旬の順位を比較すると

1990年 小栗康平監督『死の棘』グランプリなど→キネ旬3位

1997年 今村昌平監督『うなぎ』パルム・ドール(最高賞)→キネ旬1位

2001年 青山真治監督『EUREKA』国際批評家連盟賞など→キネ旬4位

2013年 是枝裕和監督『そして父になる』審査員賞→キネ旬6位

2018年 是枝裕和監督『万引き家族』→キネ旬1位

2021年 濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』脚本賞など→キネ旬1位

と、国内での評価も安定して高いことがわかる。

同じくヴェネチア国際映画祭も、熊井啓監督『千利休 本覚坊遺文』→キネ旬3位、北野武監督『HANA-BI』金獅子賞→キネ旬1位、同『座頭市』銀獅子賞→キネ旬7位、黒沢清監督『スパイの妻』銀獅子賞→キネ旬1位、といった評価。

もちろんキネ旬の順位だけで安易に比較はできないが、河瀨作品は日本アカデミー賞での最優秀受賞もこれまではなく、海外と国内の評価の違いを実感する。多くの作品で出身の奈良を舞台に、森の神秘的な映像なども盛り込みながら、「物語を語る」というより、その奥に込めたテーマを伝えようとするスタイルは、たしかに観る人を選ぶかもしれない。しかし、もう少し国内で評価されていてもいいような……。ただ、特別養子縁組で子供を引き取った夫婦と、生みの親の葛藤を描いた近作の『朝が来る』などは、テーマも語り口もこれまでの作品とは印象が変わってきており、日本国内でも高評価を獲得。今後、メジャーな観客に向けた傑作が出てくることだろう。

こうした海外と国内での違いから、河瀨監督が東京オリンピックの作品を任されたことに違和感をもっている人もいるかもしれない。作品自体よりも、名声が先行している感があるからなのか? 確かにこのところ、監督作以外の話題が多く、2021年にはバスケットボール女子日本リーグの会長に就任。2025年に開催される大阪万博のプロデューサーの一人にも就任した。ここ数年は、EXILEらを抱える芸能プロダクション、LDHとのプロジェクトも目立つ(2018年の監督作『Vision』では岩田剛典を重要な役で起用し、演技の才能開花のきっかけを作った)。

そんな河瀨直美監督の新作『東京2020オリンピック』がどんな仕上がりになっているか、いろいろな意味で注目が集まりそうだ。ネガティヴな報道も続き、何かと逆風にさらされているが、その逆風を吹き飛ばすような傑作が送り出されることに期待したい。

『東京2020オリンピック』は2部作として、出場選手らをメインにした『SIDE:A』が6/3公開、スタッフやボランティアら舞台裏を中心にした『SIDE:B』が3週間後の6/24公開。コロナ禍で何もかもが特殊なスタイルとなった東京オリンピックなので、映画にもその独自な視点が表れているはずだが、問題は2部作の両方を一般の観客がどこまで観たいか、ということだろう。『SIDE:A』は5/17に開幕するカンヌ国際映画祭でお披露目される。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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