“いい曲”は埋もれさせない 音“楽”家クリス松村の「選曲」の美学に感じる、溢れる音楽愛
“ひと味”違う選曲が魅力の『筒美京平 マイ・コレクション』
昨年10月に逝去した日本歌謡界の巨匠・筒美京平のコンピレーションアルバムシリーズの第2弾『筒美京平 マイ・コレクション』が10月20日に4作同時リリースされ、好調だ。選曲したのはスージー鈴木(ユニバーサル盤)、半田健人(ビクター盤)、タブレット純(コロムビア盤)、そしてクリス松村(ソニー盤)という、筒美京平の音楽を愛する4人。前作『筒美京平 TOP10 HITS』(2021年4月14日発売)では誰もが知るヒット曲を中心にした構成だったが、今作は4人それぞれが筒美作品約2700曲の中から、知られざる名曲を20曲ずつ(ソニー盤は19曲)セレクトしている。
歌謡曲、70~80年代アイドル、ニューミュージック、J-POPから洋楽まで精通し、音“楽”家(おんらくか)として、“いい曲”を自身のレギュラーラジオ番組やテレビで紹介しているクリス松村に、今回の作品の選曲、筒美京平の音楽について、そしてリスナー、アーティストも注目しているラジオへのこだわりを聞いた。
クリス松村が選曲した『筒美京平 マイ・コレクション クリス松村』(ソニー盤)は、当時の洋楽のエッセンスをいち早く歌謡曲に取り入れたメロディ、サウンド、筒美京平の先見の明が光る、筒美流“ディスコ歌謡”とでもいうべき作品が並んでいる。
「筒美京平さんの“ディスコ歌謡”と、初CD化の『谷間の百合』を違和感なく聴いてもらえる選曲にしました」
「以前から、筒美京平さんの“ディスコ歌謡”を集めたコンピ盤を作りたいと思っていました。アメリカで“ディスコ・チャート”がビルボード誌に登場したのは1974年で、筒美さんは先陣を切って、そこに登場する曲のテイストを取り入れたディスコ歌謡を次々と制作しました。このアルバムの1曲目の浅野ゆう子さんの「ムーライト・タクシー」は、筒美さんがJack Diamond名義で書いた『セクシー・バス・ストップ』(1976年4月)、『ハッスルジェット』(〃9月)に続く作品で、この曲は筒美京平として書いています。一方で、松本隆さんと筒美さんが最初に組んだ作品、桑原一郎さんの『谷間の百合』(1974年)がまだCD化されていなくて、この曲もみなさんに聴いて欲しいとずっと思っていて、一枚の中でどうやって違和感なくこの曲を届けることができるかを、まず考えました。『素敵な気持ち』(岩崎宏美)、『トライアングル・ラブ』(太田裕美)から『谷間の百合』という、自然な流れを作って、その次にディスコ・シティポップスの『ロマンチスト』(伊東ゆかり)を持ってきて、またディスコ歌謡の世界が広がっていく、そんな流れに気をつけました。これまでも自分が選曲したコンピ盤でも、ラジオでも一番嫌なのは、その曲がなんの脈絡もなしに突然出てくること。シングルになっている曲ばかりではなく、LP、アルバムの中に“名曲”はあるので、今回はそんな曲も選びました。もちろん今回のアルバムの流れを考えて、本当だったらあのアルバムで一番好きなのはこれだけど、この流れだとこれかな、という感じで選びました」。
「カセットテープに自分が好きな曲を、曲順もちゃんと考えて詰め込んだ“マイ・コレクション”を作るような感覚で選曲しました」
コロナ禍で、できるだけ明るい曲を聴いて欲しいという思いもあって、“ディスコ歌謡”を中心にした選曲になっているという。昭和世代は誰もが経験している、カセットテープに自分の好きな曲を、曲順にもこだわって作るまさに「マイ・コレクション」を、クリス松村は楽しみながら作った。
「前回は『筒美京平 TOP10 HITS』なので、偉大なヒット曲の数々の中から選ぶという企画でしたが、今回は“マイ・コレクション”なので、自分がウォークマン世代だから、好きな曲を集めて、マイ・コレクションって名付けたカセットテープを一生懸命作って聴いていた時と同じ感覚で作りました。当時、みんな自分の選曲、マイ・コレクションが一番いいはずだって思って選んでいたし、60分テープなら片面30分で、そこにどうやっていい曲をいい流れで入れるかというのが、美学なんですよね。アーティストにもプロデューサーにもLPを一枚作る時の美学があったはずなんです。わかりやすいところでは、A面B面にそれぞれ~サイドって付けたり、色々な主張があって、その美学を知っているか知らないかで、大きく変わってくると思う。それを美学と感じていない人の選曲と、いい曲だからなんでも入れればいいという選曲とは違うと思います」。
「LP、アルバムの中では目立っていなかった曲でも、ラジオやコンピ盤で並び、流れを考えて選曲すると、輝く」
この“美学”は自身のレギュラーラジオ番組など、曲を選んでオンエアするシーンがある場合、貫かれている。現在、テレビは『ミュージック・モア 』(MXテレビ)、ラジオは『クリス松村のザ・ヒットスタジオ』(MBSラジオ)、『クリス松村の「いい音楽あります。」』(ラジオ日本)、『9の音粋』(きゅうのおんいき・bayfm/木曜担当) と数多くのレギュラー番組を持ち“いい曲”を紹介し続けている。特に出演するラジオ番組の構成はすべて自ら行うほどのこだわりで、それがリスナーを魅了している。
「聴き継がれている曲はもちろんですが、忘れ去られそうになっている名曲を聴きたい人も多いはずだと思っていて、コンピ盤やラジオでは選曲しています。その曲がより生きるように、LPの中では目立っていない曲でも、この並びにしたら素敵な曲ということが伝わるだろうなって、そういう曲をもう一回再生させたいという気持ちはいつもあります。番組で一回かけた曲はかけないようにしていますが、そうやっているとかける曲がどんどん少なくなってきて、でも、この流れならこの曲が生きるという選曲の仕方をしていると、無限にあります。マニアックにしようとしているわけではなくて、もちろんそれぞれの番組の特色がありつつ、例えば今シティポップが流行っているからといって、そればかりかけるようなことはしません。生放送の場合は、当日と前日にその局でオンエアされた曲をチェックして、この流れだったらあれはかけないとか、この曲みんなかけてるからやめようとか、流す曲はその日まで決めないことが多いです」。
「ラジオではリズム良くテンポ良く、なるべく曲をかける、がモットー」
レギュラーラジオ番組は長寿番組が多いが、そんな中で昨年4月からスタートした『9の音粋』は、早くも人気番組となり若いリスナーも多い。月曜から木曜日までパーソナリティ自らが全てのオンエア曲をセレクトしている同番組で、クリス松村は木曜日を担当。自らの“音楽図書館”にリスナーをいざない、音楽への深い愛と知識でもてなしてくれる。リスナーのリクエストではなく、パーソナリティが無限にあるまだまだ知られていない曲達にスポット当て、オンエアするというかつての“王道”のラジオ番組といえる。
「今のテレビは1秒つまらなかったらチャンネルを変えられます。それはラジオも同じです。リスナーが自分の趣味じゃない曲がかかった瞬間に離れる可能性もあるし、興味がないパーソナリティが出てきたら変えるとか、なので、曲について語りたいことは山ほどあるけど、リズム良くテンポ良くなるべく曲をかけるというのが私のモットー。私は楽譜も読めないし、楽器もできないし、評論家にもなりたくないので、だからラジオでは主役はやっぱり音なんです」
「いつも、そのアーティストの音楽を、初めて聴く人にも興味を持ってもらえるように紹介しています」
クリス松村選曲・監修によるオムニバスCDシリーズ『Chris Music Promide』(ソニー・ミュージックダイレクト)も好評だ。その関連企画の同名の動画ミュージックトーク連載も注目されている。こちらではそのアーティスト、作品についてのマニアックな知識をポップに、思う存分語っている。そのアーティストのことを知らない人でも、ひかれてしまうはずだ。現在は『筒美京平 マイ・コレクション』でもラストを飾っている(『IF(イフ)』)を歌っている西城秀樹の連載が続いている。
「この連載もラジオもそうですけど、なるべくそのアーティストの音楽を今日初めて聴きましたっていう人が聴いてもわかるように、話しているつもりです。昭和世代、親父世代最高だろって押し付けちゃいけないんです。若い人にも興味を持ってもらいたいです。例えば西城秀樹は知らないけど、他の人の名前を出して、そこからつながってもいいと思います。この連載はリスナーが音楽を聴きながら、私の話の中に出てくる人やモノの解説も読めるので、すごくわかりやすいと思います」。
どんなメディア、シーンでも音“楽”家としての美学を貫くクリス松村は、まさに日本の音楽業界の“良心”だ。