KADOKAWA会長“自爆発言”で追い込まれた高橋治之氏、「東京五輪の闇」が暴かれるか!?
東京五輪をめぐる汚職事件で、東京地検特捜部は、9月14日、大会スポンサーだった出版大手「KADOKAWA」角川歴彦会長を贈賄容疑で逮捕した。
「KADOKAWA」側から7600万円の賄賂を受取っていた受託収賄の容疑で東京五輪組織委員会の元理事の高橋治之氏と、コンサルタント会社「コモンズ2」代表深見和政氏が逮捕され、KADOKAWA側では、元専務で顧問の芳原世幸氏と担当室長だった馬庭教二氏の2人が6900万円(公訴時効完成分を除く)の贈賄の容疑で逮捕されていたが、新たに出版・文化事業の業界の超大物が逮捕されたことで、事件は新たな展開を迎えることになった。
受託収賄罪の立証上の問題点
この事件は、AOKIホールディングスを贈賄側とする事件と同様に、請託や便宜供与が、組織委員会理事の権限に関するものか、電通元専務としての民間企業電通への影響力に関するものか、という点が問題になる。
それに加え、KADOKAWAからのコンサルタント料は、高橋氏ではなく、深見氏が代表を務める「コモンズ2」に支払われており、それだけでは「みなし公務員」の身分がある高橋氏に金銭が供与されたとは言えない。高橋氏・深見氏の2人が、共同して、「KADOKAWA側から、組織委員会の理事の職務に関して、請託を受けて賄賂を受領する」という犯罪を実行したという形で、「身分なき共犯」の規定によって受託収賄罪の共同正犯に問うものだ。
つまり、KADOKAWAからのコンサルタント料が、形式上は、深見氏の「コモンズ2」に支払われたものであっても、実際には、高橋氏・深見氏の一体的な関係に基づいて「受け皿」になっていた、ということでなければ、2人の共同正犯による受託収賄は成立しない。しかも、そこに上記の「組織委員会か電通か」という問題も絡み合う。請託や便宜供与が、電通という民間会社の業務に関するものではなく、「組織委員会の理事の権限」に関するものでなければならない。
角川会長を贈賄罪に問うためには、こういう受託収賄罪の構図の一つひとつについて、角川会長が認識した上で、コンサルタント料の支払に関わったことが立証されなければならない。そこには、いくつかの「ハードル」がある。
第1に、代表権のない会長であり、KADOKAWAの社内において、正式な決裁手続に関わる立場ではない角川会長が、「コモンズ2」へのコンサルタント料の支払に関わったと言えるか。
第2に、コンサルタント料の支払先に関し、深見氏だけに宛てたものではなく、高橋氏・深見氏の一体的な関係に基づく「受け皿」としてのコモンズ2に対して支払われたことを角川会長が認識していたのかどうか。
第3に、請託・便宜供与と「みなし公務員」の高橋氏の職務権限の関係で、KADOKAWA側からのスポンサー選定等に関する「請託」が、民間企業である「電通」ではなく、「組織委員会の理事としての高橋氏」に向けてのものだったことを角川会長が認識していたのかどうか。
このうち特に立証が容易ではないと思えたのが第3の点だ。
そもそも、組織委員会の理事の権限は、定款上は曖昧であり、基本的に理事は理事会の構成員としての存在でしかなく、理事個人に独自の権限があるようには書かれていない。高橋氏は、電通の元専務で、電通に対して強大な影響力を持っていたと言われており、その電通が、東京五輪に関する業務を全面的に取り仕切っていて、実態としては、スポンサー選定等についても電通が中心になっていたとも言われている。そうなると、スポンサー選定等は、「組織委員会の理事として」というより、「電通OBとして」という立場が重要だったのではないかと考えられる。
角川会長が、高橋氏について、あくまで「電通に強大な影響力を有する電通OB」と認識していて、「電通への影響力」を期待していたとすると、請託・便宜供与も、「組織委員会の理事の職務権限」ではなく、「民間企業の電通の業務に関するもの」ということになり、贈収賄の構図が崩れることになりかねない。
角川会長逮捕は「無理筋」ではなかった!
KADOKAWA本社への捜索が行われ、会社幹部2人が逮捕されたことを報じる記事では、その直前の5日に角川会長が報道陣の取材に応じ、そこでの発言内容が「KADOKAWA側の主張」のように報じられた。
角川会長は、
などと述べた上、コンサルタント料の7000万円が元理事に渡っていたかどうかについても
賄賂の認識についても
と強く否定した、というような内容であり、それを見る限りでは、KADOKAWAが贈賄の疑いを受けていることについて、「全否定」をしているだけのようだった。
これらからすると、KADOKAWAルートの犯罪の立証には、かなりの困難が予想されるのに、角川会長を敢えて逮捕した特捜部は、少し無理をしているのではないかとも思った。
角川氏は、出版業界だけでなく、文化事業においても超大物実業家である。特捜部が、立証上の問題点があっても敢えて逮捕した理由が、「超大物実業家逮捕」を一つの捜査の到達点にすることだったとすれば、私がこの捜査に期待していた「東京五輪の招致・開催をめぐる“闇”の全容解明」とは異なるのではないか、と率直に思った。
角川氏「ぶら下がり会見」での“自爆発言”
しかし、改めて関連する記事を検索してみたところ、9月5日、角川会長が逮捕前に「ぶら下がり」形式での報道陣の取材に応じた際の「一問一答全文」を報じているTBSのネット記事がみつかり、それを見て、私の認識は大きく変わった。
字数にして8000字、時間にすれば、40分以上は話している。その内容に驚愕した。
角川会長が、高橋氏を「組織委員会の理事」と認識して会い、「出版関係の権利をお願いした」と認めている。最大の問題だと思っていた上記の第3の問題が、ほぼクリアされているのである。
第1の、代表権がなく、社内において正式な決裁手続に関わらない角川会長のコンサルタント料の支払への関与についても、以下のようなやり取りがある。
決裁権はないけれども、会議で報告を受けて了承したことを事実上認めているのである。
しかも、この点に関しては、会社の権限上、当時経営トップであった松原眞樹元社長(現副会長)も、当然、贈賄の共犯の疑いで取調べを受けているはずなのに、今回のKADOKAWA贈賄事件で逮捕されていない。おそらく、捜査に全面的に協力し、検察の意に沿う供述をしていることで検察が逮捕は見合わせているのだろう。松原供述によって、角川会長のコンサルタント料の支払への関与の点についての立証の目途はついているということだと考えられる。
残された問題は、第2の、コンサルタント料の支払が「みなし公務員」の高橋氏に対するものと言えるか、という点だ。
角川会長の発言全体をみると、この点について、「コンサルタント料の支払は電通側に対して行ったもの、スポンサー選定についてのお願いは、組織委員会の高橋理事に対して行ったもの」として、両者を截然と分けようとしているように思える。
しかし、高橋氏が東京五輪について大きな力を持っていたのは、組織委員会の理事としてではなく、電通の超大物OBという立場であり、深見氏の「コモンズ2」が電通側の会社という認識だったとしても、それが高橋氏と無関係だと思っていたという主張が通るとは思えない。
角川会長の弁解は、第2の点で「首の皮1枚」になっているが、その「首の皮」も殆ど破れているに等しいのである。
角川会長は、
と言って話を打ち切っているが、ほとんど捜査に関することばかり、滔々としゃべりまくった後に、「捜査に関わることに話をしてはいけないって言われた」と言っても「後の祭り」である。
“自爆発言”後の捜査の展開
この角川会長の一問一答全文を報じる記事が9月5日の夕方アップされたことで、東京地検特捜部側は、自信を持って、翌6日のKADOKAWAの幹部2人の逮捕と本社の捜索という強制捜査に臨むことができたはずだ。そして、さらに、幹部2人の供述と、捜索での押収物を見極めた上で、9月14日、満を持して角川会長を逮捕ということになったのであろう。
この角川会長の発言によって、検察にとっての事件の問題点の多くがクリアされた。自ら墓穴を掘ったとしか言いようのない、「自爆発言」そのものだ。
通常、贈賄の嫌疑を受け、会長を含め会社幹部が検察で取調べを受けているということであれば、取材には一切対応させない、対応するとしても弁護士同席、というのが常識だろう。出版業界の最大手の一角であるKADOKAWAの危機対応は、あまりにお粗末だったと言わざるを得ない。
角川会長の「自爆発言」は、KADOKAWAにとっても、ディフェンスラインの崩壊を招き、検察の軍門に下らざるを得ない状況になることは必至だが、それは、今後の、この東京五輪汚職事件の検察捜査の展開にも大きな影響を与えることになる。
まず、このKADOKAWAルートについては、角川会長を含め、犯罪の立証にはほぼ目途がついたものと思われるが、関連事実についてさらに徹底した取調べが継続されることになる。
前述したように、逮捕されていない事件当時の松原社長に加えて、夏野剛現社長も、本件当時は、KADOKAWAの社長には就任する前なので、直接事件には関わっていないとしても、同社取締役で、その子会社のドワンゴの代表取締役社長だったのであるから、取調べの対象にはなっている可能性がある。
夏野氏は2014年に東京五輪組織委員会の参与となり、炎上して撤回された後のエンブレム委員会、マスコット審査会、チケット委員会、メダル委員会などの委員を歴任した。その後も、組織委員会参与の職は継続しており、理事として委員会内部で実権を握っていた高橋氏とも、全く関わりがなかったとは考えにくい。
そして、何より大きいのは、他のルートの贈収賄事件についての特捜部の捜査にも、大きなプラスになるということだ。青木拡憲前会長が保釈されたことからして事実を争わない方針になったと思えるAOKIルートに続いて、KADOKAWAルートについても角川会長の自爆発言で立証の目途がついたことで、既に名前が挙がっている大手広告会社「大広」、「パーク24」など、他のスポンサー企業からの受託収賄事件についても刑事立件・起訴が着実に行われていくことになるだろう。
「東京五輪をめぐる闇」が暴かれることになるか
賄賂額がどんどん膨らみ、他の企業も検察の捜査に協力し、事実を争わない姿勢になっていくことが予想できる。高橋氏にとってみれば、受託収賄罪の法定刑は7年以下の懲役だが、併合罪加重で5割増しとなり、最高刑は10年半となる。賄賂額が数億円に上るということになると、検察の求刑は、7~8年という重いものになる可能性もある。
もし、高橋氏が当初からの全面否認の姿勢を貫き、公判でも全面否認して無罪を主張した場合、“人質司法”の悪弊が続く日本の刑事司法の下では、「絶対的な権力者」とされている高橋氏の早期保釈の可能性は低い。そうなると、78歳の高橋氏は、長期の未決勾留、そして、有罪となれば、さらに数年間の実刑となり、残る人生の多くの部分を刑務所で送ることになる。
そのような現実に直面していることを認識した高橋氏は、どのような決断を行うのであろうか。
検察の軍門に下ること、公益財団法人の東京五輪組織委員会を「隠れ蓑」に、極めて不透明なやり方で行われてきた東京五輪の招致活動・開催準備・スポンサー選定・開催経費の支出などをめぐって、どのような金の流れがあったのか、そこに政治家がどのように関わったのか、などについて、洗いざらい供述することも、高橋氏にとって、一つの有力な選択肢になってくるだろう。
東京五輪をめぐる巨大権力の中枢を担ってきた高橋氏を攻め落とすことができれば、政界捜査に向けて捜査の展望が開けることになる。政治の力が検察捜査に具体的にどのように作用し得るかは別として、少なくとも、捜査対象とされる政治勢力の権力基盤が盤石であればあるほど、政治的影響を生じさせる捜査への「重し」となることは否定し難い。しかし、安倍元首相の「国葬問題」と「統一教会問題」への対応で混乱を極める岸田政権は、目の前のことで精一杯であり、東京五輪をめぐる捜査への「重し」になるとは思えない。安倍・菅政権とは状況が一変しているのであり、まさに、検察の政界捜査にとっては最も有利な環境だと言える。
出版・文化事業のカリスマのKADOKAWA角川歴彦会長の自爆発言によって、安倍・菅政権、小池都政なども絡む「東京五輪をめぐる闇」が暴かれることになるかもしれない。