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南シナ海「航行の自由」作戦と北朝鮮ミサイル警戒でお疲れのアメリカ海軍 事故続発で艦隊の運用一時停止

木村正人在英国際ジャーナリスト
タンカーと衝突した米ミサイル駆逐艦ジョン・S・マケイン(写真:ロイター/アフロ)

 [ロンドン発]アメリカ海軍のミサイル駆逐艦ジョン・S・マケインがシンガポール沖でタンカーと衝突する事故があり、アメリカ海軍は21日、事故の再発防止のため、世界に展開している艦隊の運用を順次停止して、業務が適正に行われているか点検すると発表しました。

 今年に入ってアジアでアメリカ海軍のミサイル巡洋艦やイージス艦が漁船やコンテナ貨物船と衝突するなどの事故が4件も相次いでいます。アメリカ海軍研究所(USNI)ニュースによると、ミサイル駆逐艦ジョン・S・マケインは、中国が軍事要塞化を進める南シナ海で「航行の自由」作戦を終了したばかりでした。

 中国メディアは相次ぐ事故をとらえ、「アメリカ海軍こそ、アジアに危険をもたらしている」「アメリカ海軍は南シナ海における安全な『航行の自由』を支えていると好んで主張するが、実際にはアジア海域における船舶の支障を増やしているだけだ」と声高に批判しています。

 イージス・ミサイル防衛システムを装備したミサイル駆逐艦ジョン・S・マケインの拠点は横須賀港です。北朝鮮の弾道ミサイル発射に対しても大きな役割が期待されています。北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩がグアムへのミサイル発射を脅しに使う中、一時的なものとは言え、艦隊の運用停止がもたらすミサイル防衛の「空白」に懸念が膨らみます。

 アメリカ海軍も、中国による軍事要塞化が進む南シナ海と北朝鮮の弾道ミサイル発射への対応と二正面作戦を強いられる中、疲労が蓄積し、注意力が散漫になっているのでしょうか。

 それとも軍の最高司令官である大統領ドナルド・トランプの体たらくに一線の指揮が低下しているのでしょうか。気になるところです。

アジアで続発する事故

 アメリカ海軍が関係した最近の事故を見ておきましょう。

2014年11月20日、アデン湾で、アメリカ海軍のばら積み貨物船アメリア・エアハートと補給艦ウォルターS.ディールが衝突。負傷者なし

2016年8月19日、米ワシントン州沖のファンデフカ海峡でオハイオ級原子力潜水艦ルイジアナと軍事海上輸送司令部の支援艦が衝突。負傷者なし

2017年1月31日、アメリカ海軍横須賀基地沖の浅瀬で、ミサイル巡洋艦アンティータムが座礁。油圧作動油約1100ガロンが海に流出

2017年5月9日、日本海で、韓国の漁船がミサイル巡洋艦レイク・シャンプレインと衝突。負傷者なし。韓国の漁船が無線を積んでおらず、巡洋艦の注意喚起に気づかなかった

2017年6月17日、静岡県の伊豆半島沖で、イージス駆逐艦フィッツジェラルドがコンテナ貨物船と衝突し、駆逐艦の乗組員7人が死亡。コンテナ貨物船船長の報告書では左舷に駆逐艦を見つけライトを点滅して注意喚起、右に回避しようとしたが間に合わなかった。アメリカ海軍は警戒監視のチームワークなどに落ち度があったとして艦長と副艦長ら3人を解任

2017年8月21日、シンガポール沖でミサイル駆逐艦ジョン・S・マケインがタンカーと衝突。駆逐艦の乗組員5人が負傷、10人が行方不明に。駆逐艦はシンガポールの港に向かう途中で、左舷後部を損傷した

 船舶の衝突を防ぐための代表的な交通ルールがあります。海の上では右側通行が原則です。

【横切り船の航法】

 互いに進路を横切り、衝突の恐れがあるときは、相手船を右舷側に見る方の船が右に曲げたり、減速・停止したりして衝突を避ける。

 イージス駆逐艦フィッツジェラルドとコンテナ貨物船の衝突事故は、コンテナ貨物船の船長の報告によると、フィッツジェラルドがコンテナ貨物船を右舷側に見ていたため、回避義務があったとみられます。

【行会い船の航法】

 2隻の船が真向かいに行き会う場合で衝突の恐れがあるときは、互いに相手船の左舷側を通過する。

 海上交通が混雑する海域では特別な航路が設定され、大型船は航路を航行するように定められています。航路に出入りしたり、横断したりする船は航路を航行する船の針路を避けなければなりません。航行速度が制限されている航路もあります。

海上でメンテナンスと修理を実施

 アメリカ海軍高官が米CNN放送に語ったところによると、今回、ミサイル駆逐艦ジョン・S・マケインは海上交通がふくそうするマラッカ海峡に近づいたとき、舵がきかなくなりました。衝突事故が起きる直前、舵がきかなくなり、衝突後に元に戻ったそうです。

 現時点ではわざとぶつけたり、サイバー攻撃を受けたりした形跡は見当たらないものの、可能性を否定せず、事故原因の究明に当たっています。

 しかしミサイル駆逐艦ジョン・S・マケイン上官は今月14日のニュースリリースで、350件ものメンテナンスと修理を海上で実施し、このうち少なくとも100件は本来なら造船所で行うレベルのものだったことを明らかにしています。

 「6月から7月初めにかけて204件を超えるメンテと修理を行った。40%超は造船所で行うレベルだったが、乗組員で片付けた。私たちは問題を自分たちで解決する方法を見つけつつある」と同艦の准士官は話していました。

 

 百戦錬磨のアメリカ海軍でこれだけ事故が頻発するのは異常です。メンテナンスや修理を含めて運用に無理が生じているとみて、ほぼ間違いないでしょう。

ミサイル防衛網は大丈夫か

 ミサイル防衛システムには(1)韓国に配備された在韓米軍の最新鋭迎撃システム「高高度ミサイル防衛システム(THAAD)」で迎撃(2)太平洋に配備されたイージス・ミサイル防衛システムで迎撃(3)アラスカ州やカリフォルニア州の基地から迎撃――の3段階に分かれています。

 2014年12月時点でアメリカ海軍はイージスBMD(弾道ミサイル防衛)のため巡洋艦5隻、駆逐艦28隻を展開しています。計33隻のうち、16隻は太平洋に、17隻は大西洋に配置されています。

 イージスBMDの能力向上のため、ミサイル防衛局とアメリカ海軍は協力してイージス艦の数を増やそうとしています。

 海上自衛隊のイージス艦は現在、あたご型の「あたご」「あしがら」、こんごう型の「こんごう」「きりしま」「みょうこう」「ちょうかい」の計6隻です。

 実際のところ、北朝鮮の弾道ミサイルに対して、日本はアメリカ軍の協力がなければお手上げというのが厳しい現実です。

 アメリカ海軍のオーバーワークを解消するため、海上自衛隊に負担の一部肩代わりを求めてくる可能性は覚悟しておかなければならないでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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