「硫黄の匂い」は間違い!?日本人の多くが誤解している温泉の‶あの香り″の正体
2022年12月21日、福岡県や佐賀県など広い範囲で「硫黄の匂い」がして、通報が相次いだという報道があった。
原因は不明だが、福岡市環境局によると、「市内の二酸化硫黄の濃度が普段は0・001ppm前後だが、多いところで0・023ppmの数値を観測している」という。
「硫黄の匂い」といえば、多くの人が温泉をイメージするだろう。実際に、SNSにも「温泉の匂いがする」という投稿が相次いでいる。
硫黄そのものは無臭
温泉好きにとって、「硫黄の匂い」は情緒を搔き立ててくれるものである。「硫黄の匂い」が漂ってくると、「温泉にやってきたなあ」と気分が盛り上がる。
具体的に言えば、草津温泉(群馬県)や雲仙温泉(長崎県)、登別温泉(北海道)、万座温泉(群馬県)、蔵王温泉(山形県)などの温泉地では、周囲の泉源や地獄地帯から温泉が湧出し、温泉街にも「硫黄の匂い」が漂っている。ときには、「卵が腐った臭い」「腐卵臭」などとも表現される。
だが、この「硫黄の匂い」「硫黄の香り」「硫黄臭」といった表現は、科学的な知識にもとづくと正確ではないとされる。なぜなら、硫黄単体は無臭だからだ。
では、匂いの正体は何かと言うと、おもに硫黄と水素の化合物である硫化水素の匂いである。したがって、慣用的に使われている「硫黄の匂い」ではなく、「硫化水素の匂い」と表現するのが正しい。
「硫黄の香り」という言葉の広がり
しかし、筆者のように温泉ライターの仕事をしていると、この表現の違いは悩ましい問題である。なぜなら、「硫化水素の匂いがする」と書いても、読者はピンと来ないし、情緒も感じられない。
とはいえ、「硫黄の香り」と表現すると、科学に明るい人からは「硫黄は無臭だ。そんなことも知らないのか」とお叱りを受けてしまう。
だから、現実的には媒体によって2つを使い分けている。正確さが要求される新聞や専門誌などでは「硫化水素の匂い」、不特定多数が読むような媒体や筆者のSNSでは、あえて「硫黄の匂い」とすることが多い。
正確ではなくても、「硫黄の匂い」という慣用表現のほうが日本人には温泉のイメージが広がるし、ある意味、正確にどんな匂いか正確に伝わるからだ。
言葉は生き物なので、今後「硫化水素の匂い」のほうが市民権を得る可能性もあるが、今は「硫黄の香り」という日本人に浸透した言葉のイメージを優先したい、というのが現状のスタンスである。
ちなみに、ニュースで伝えられている「二酸化硫黄」は、硫黄や硫黄化合物を燃やすことで発生し、刺激臭のある有毒性の気体。硫化水素よりもさらに刺激的な匂いだという。火山活動や石炭・石油の燃焼後の排ガスに含まれるとされているが、異臭発生の真相解明が待たれる。