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社会人野球・日本選手権 大阪ガス・河野佳、来年のドラ1候補に浮上!

楊順行スポーツライター
社会人野球の日本選手権決勝が行われる京セラドーム大阪(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

「まさかここまでやるとは……」

 大阪ガスの前田孝介監督が脱帽したのは、日本製鉄東海REXとの初戦だ。社会人2年目で二大大会に初先発した河野佳が、5安打6三振という安定した投球で完封。効果的だったのが、

「初めて試合で投げた」

 というカットボールだ。広島・広陵高時代は150キロのまっすぐとスライダーを武器にしていたが、

「曲がり幅の大きいスライダーは、社会人のレベルでは打たれてしまう」

 とカットボールに挑戦。独学でモノにし、新たな武器になった。

 河野で思い出すのは2019年のセンバツ、八戸学院光星(青森)との1回戦だ。初回、先頭の伊藤大将を三振に取ったストレートが、自己最速を2キロ更新する150キロをマークし、スタンドをどよめかせた。以降は「7割の力で制球を重視」しながらの投球。ただ8回、味方の2失策などで招いた2死二、三塁のピンチにはギアを上げた。プロ注目の3番・武岡龍世(現ヤクルト)を迎えると、「自信のある直球で勝負」と141キロで内角をつき、ショートへの小フライと詰まらせている。結果、3安打完封。試合前の宣言を、有言実行したわけだ。

もともと投手失格だった?

 実は、「河野は1度、ピッチャーをクビになっているんです」と中井監督。すぐとなりのお立ち台にいる河野に、

「おい、何回クビになったかな?」

 と声をかけると、

「2回です」

 この掛け合い漫才に、報道陣もドッとわく。

 投手失格の期間は、1年の冬に2カ月、2年の4月に2週間。不調から球速は120キロ台まで落ち、制球も定まらない。174センチの身長はさほど大きくもなく、野手転向を命じられたのだ。中井監督はいう。

「それでも、涙ながらにピッチャーをやりたいと訴えてきた。悔しいなら見返してみぃ、と復帰させると、わずか1年たたないうちに甲子園で完封ですから、クビにしようと思ったことを謝るしかないですね(笑)」

 なんでも、投球時にあまりに強く歯を食いしばるため、センバツ前には奥歯が欠けたのだとか。その歯の先端が当たって痛いため、大会前まではティッシュを詰めるなどしてガマンしていた。それを知った中井監督、

「マウスピースをプレゼントするからと、歯医者に行かせたんですよ。透明なのをつくってくるかと思ったら、白いヤツでね。"吉田輝星(金足農—日本ハム)君みたいにハンサムなら似合うけど、オマエに白は……"と笑いましたね」

 だが、それで完封するのだから、確かにマウスピースの効果はあったのだろう。

 社会人1年目の20年も、春のキャンプ時点から「いま、ウチのピッチャーで一番いい」と当時の橋口博一監督をうならせ、救援ながら都市対抗のマウンドを経験。今季も前田監督が期待の一人にあげると、4月の京都大会では鷺宮製作所を完封(7回コールド)、5月の北海道大会では日本製紙石巻に1失点(7回コールド)と安定した投球を見せ、大事な日本選手権の初戦で先発に抜擢した。

 その抜擢に完封で応えると、西部ガスとの2回戦も先発で6回を3安打無失点。昨年の都市対抗初戦で敗れたHondaとの準決勝も、リリーフして2回をピシャリと抑え、9回の逆転サヨナラ勝ちに導いた。つまりこの大会はここまで、17回を無失点。一躍ドラフト候補に躍り出た河野はいう。

「野球人生でまだ、全国優勝を経験したことがない。監督と一緒に、日本一になりたいです」

 そういえば……いまもマウスピースをしているかどうかは、ちょっと聞きそびれている。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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