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【奈良市】一般公開は初めて!超貴重で超穴場の檀家寺「浄國院」へ

旅人間はらぺこライター

はらぺこライターの旅人間です。今回は奈良市観光協会が主催する冬の観光キャンペーン”冬の奈良で街歩き「路地ぶら ならまち・きたまち」”について。

2024年1月5日~2月末までの期間中、エリア内の4寺社でキャンペーン限定特別御朱印の授与のほか、通常は公開されていない寺院を含む17か寺で、案内付き・予約不要の拝観・御朱印授与が行われます。

…ということで、今回は浄國院(じょうこくいん)を取材してきました。

(※浄國院の本堂拝観は1月の土日のみ)

浄國院は「きたまち」エリアに位置する南北朝時代創建のお寺。でも「知らないなぁ~」って方が多いのではないだろうか?

それもそのはず!ここは檀家寺。住職のお話によると一般公開は初めてだとか。東大寺の大仏殿から西へ10分ほど歩いた場所にあります。

さて、同寺の由来に関して住職からお話を聞くと…

平安遷都の後、都のあった奈良は寂びれ、時は流れてゆく。南北朝時代の初期になると、傾西(けいさい)上人という名僧が訪れ、興福寺の塔中を復興、(そして現在の浄國院は)浄土教寺院として開基、その当時は安養寺と名付けられたそうだ。

さらに時代は移り、文禄年間(1592年~1596年)に天蓮社暁誉(てんれんじゃぎょうよ)上人という名僧が七堂伽藍を完備し、「無衰山 浄國院 安養寺」と称したという。

しかし、宝永元年(1704年)に北奈良町の大火災で全焼してしまう。

その際に、その時の住職であった愍誉(みょうよ)上人が阿弥陀如来、観音菩薩、地蔵石仏を連れ出し火災から守った。そして約10年ほどの年月をかけ、ご本尊を安置するために再建された。それが現在の本堂である。

その復興の際に、愍誉上人(古磵上人)が曼荼羅を描いたと伝わっている。

曼荼羅には古磵(こかん)上人の落款が押されている。住職曰く、仏様を描く曼荼羅に落款を押したり作者名を記すのは本来は考えられないという。あくまで憶測の域は出ないが、復興として特別な事情があったのではないだろうかとも…。

それが現代、この曼荼羅に落款があるお蔭で「これは古磵上人の作品、これは違う」と一つの判断基準にもなり、とっても貴重だとも教えてくれた。

明誉 古磵(みょうよ こかん、承応2年(1653年) - 享保2年5月23日(1717年7月1日))は、日本の江戸時代前期から中期にかけて活動した浄土宗の僧侶
元禄15年(1702年)頃に大和郡山の西岸寺に移り、奈良や大和郡山を中心に多くの社寺に古磵の作品を残している。(Wikipediaから引用)

尚、紙本著色大経曼荼羅図(奈良市指定文化財)はパネル展示されている。

本堂では阿弥陀如来像に拝観できます。

繰り返すが、この浄國院は檀家寺。今回のように一般公開されることは本当に珍しいのだとか。とっても貴重な機会、足を運んでみては如何でしょうか。

浄國院の本堂拝観は1月の土日のみ。詳しくは奈良市観光協会の公式サイトにてご確認下さい。

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浄國院(じょうこくいん)※本堂拝観
住所:奈良市東笹鉾町38
拝観料:無料
期間:2024年1月の土日(12:30~16:30)のみ公開
奈良市観光協会の公式サイト(外部リンク)
地図(外部リンク)
取材協力:浄國院 、奈良市観光協会
※当ページの写真は取材許可のもと撮影したものです。

はらぺこライター

旅行好きのライター。各地に伝わる伝説や民話、古くから地元で大切にされているモノを親しみやすく紹介したい|地元で人気の食堂やレトロな喫茶店巡り|”思わずクスッと笑ってしまうような”珍スポット探し|目標は個性的でヘンテコな旅本の出版|フォローして頂けたら嬉しいです。

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