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参院選、自公圧勝「長州の真髄は現実主義だ」英紙論評

木村正人在英国際ジャーナリスト

21日投開票の参院選で自民・公明両党は76議席を獲得、非改選を含め「安定多数」の135議席を確保して衆参の「ねじれ」を3年ぶりに解消しました。

憲法改正に賛成の自民党、日本維新の会、みんなの党などを合わせた参院議席は計143議席。憲法改正の発議に必要な3分の2の162議席には届きませんでした。

安倍晋三首相は21日夜のNHK番組で、憲法改正について「落ち着いて安定的な状況の中で議論を深めていきたい」と、慎重な考えを示しました。衆院で過半数を獲得している自民党の参院議席は計115で単独では過半数に届きません。

過半数獲得のため維新やみんなとの連携も理論上は考えられますが、これまで連立を組んできた公明党との関係をないがしろにはできません。結党以来、自民党の党是である憲法改正を達成するには公明党の協力が不可欠です。

しかし、公明党は集団的自衛権の行使容認につながる憲法9条改正には反対です。中国は海軍力を増強しています。中国の拡張主義を封じ込めるには集団的自衛権の行使を容認して日米同盟を強化する必要があります。

安倍首相が集団的自衛権の行使容認や憲法改正をしようと思ってもまだハードルは高いと言えるでしょう。それがNHK番組での慎重な発言につながっています。

安倍首相に厳しい英国やドイツのメディアは自民・公明両党の参院選圧勝をどう伝えたのでしょう。

安倍首相の生い立ちにまで踏み込んで報じたのが英紙フィナンシャル・タイムズのデービッド・ピリング・アジア編集長でした。

安倍晋三の「晋」は同じ山口県出身の幕末の尊王派志士、高杉晋作から来ていることを紹介。「安倍首相にとっては、A級戦犯だった祖父の岸信介首相が敗戦と戦後秩序の恥辱の象徴だ」と指摘しています。

ピリング氏は「これが、安倍首相が戦力不保持と象徴天皇をうたった憲法を改正したがっている理由だ」と分析しています。

その一方で、「安倍首相のイデオロギーの方向性は秘密ではないが、彼は現実主義者でもある」(船橋洋一元朝日新聞主筆)という声を引用し、経済政策「アベノミクス」はまだ不安定で、安倍首相はナショナリストの政治課題よりも経済運営に集中しているとみています。

ピリング氏は「山口県のレガシー(遺産)は、イデオロギーを克服できる現実主義の強い伝統だ」と締めくくり、安倍首相が首相就任前に表明していた歴史認識の見直しなど「戦後レジーム(体制)からの脱却」という政治課題は封印するだろうとの見方を示しています。

英紙タイムズも安倍首相に「右翼」「修正主義者(レビジョニスト)」のレッテルをはっていますが、戦後50年の村山談話の見直しを棚上げし、参院選でも憲法改正をめぐってはまだ大きな溝があることに気づいていると安倍首相の現実的な政治姿勢を評価しています。

同紙は「安倍首相はナショナリストの政治課題に浸るよりも、デフレ脱却のための経済運営をさらに進める可能性がある」と予測しています。

左寄りの英紙ガーディアンや英紙インディペンデントは「参院選の勝利でタカ派的な憲法改正が容易になった」「政治評論家は、安倍首相はナショナリストの政治課題を加速させる」と紋切り型に報じました。

一方、ドイツメディアはどうでしょうか。中立系日刊紙・南ドイツ新聞のクリストフ・ナイトハルト東京特派員は参院選をルポし、「アベノミクスは銀行や大企業を助けるだけで、私たちの危機は継続する」「何も変わらない」というシニカルな有権者の声を伝えています。

中立系日刊紙フランクフルター・アルゲマイネは、参院選の原動力となった郵政、医療、農業団体が安倍首相の経済改革の抵抗勢力になることに懸念を示し、日本の経済界は安倍首相が8月15日の終戦記念日に靖国神社に参拝するかどうかを注視していると報じました。

安倍政権発足時に比べると、欧州メディアの「右傾化」懸念はかなり薄まってきたように感じます。

英国では日本の憲法改正や防衛力強化に真っ向から反対する声は少ないと思います。キャメロン英首相はチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世と会談し、中国から謝罪を求められて閉口しました。

欧州の政治指導者は、中国の理不尽な対応を熟知しています。

沖縄県尖閣諸島をめぐる東シナ海の緊張をもたらしているのは、中国の拡張主義であって、安倍首相のナショナリズムではないことは明らかです。

ただ、語り口が国際社会では大きな問題になります。

「国際貢献と防衛力強化のため集団的自衛権の行使容認、憲法改正は不可欠」と語るのか。それとも「あの戦争は正しかった。勝者が敗者を裁いた東京裁判は受け入れられない。米国が押し付けた憲法は無効だから改正する」と語るのか。

米シンクタンク、国際平和カーネギー基金の報告書「2030年、中国の軍事力と日米同盟」によると、15~20年後には、日米同盟をもってしても中国に空海軍力で優位を確保するのは難しくなっているそうです。

日米同盟と中国の軍事力が逆転する日に備えて、日本はアベノミクスで経済力を回復し、日米同盟の深化を図る必要があります。そんな時に「米国の押し付け憲法は撤廃だ」と語ることが果たして懸命なのか否か。

「勝って兜の緒を締めよ」と言います。アベノミクスの第1、2の矢に加えて、消費税上げ、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉、法人税下げ、年金・医療改革、原発問題など課題は山積しています。

中国と韓国との関係改善も残っています。衆参の「ねじれ」を解消した今だからこそ安倍首相はより慎重に考える必要があります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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