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緊急事態宣言と財政:コロナ対策の財政的な歪みを示す短期国債の急増

小黒一正法政大学経済学部教授
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

2021年1月7日、菅義偉首相は東京など1都3県に対する緊急事態宣言を再び発令した。期間は約1か月の予定だ。緊急事態宣言は、周知のとおり、東京都の感染者数が2020年12月31日で1337人、2021年1月5日で1278人に達したことなどが原因である(1月7日は2447人の感染が確認された)。

今回の通常国会では、2021年度予算案や新型コロナ特別措置法の改正に関する審議などが行われる予定だが、緊急事態宣言の発令がマクロ経済や財政に対して一時的にネガティブな影響を及ぼすことは確実だろう。

実際、コロナ危機のための経済対策により財政は急激に膨張してきた。2020年度における国の当初予算(一般会計)は約103兆円であったが、第3次補正予算までを組み、最終的に175.7兆円の歳出になった。この結果、2020年度の国債発行総額は約263兆円になった。2019年度の発行総額は約154兆円なので、2020年度の国債発行は約110兆円も増加したことを意味する。

では、2021年度における国債発行額はどうか。まず、2021年度の当初予算では、通常の予備費0.5兆円のほか、新型コロナウイルス感染症対策予備費(以下「コロナ予備費」という)を5兆円計上したものの、歳出総額を約107兆円に抑制した。

「抑制」というのは、2020年度(当初予算)の予備費も0.5兆円であり、仮にコロナ予備費を2021年度予算に計上しない場合、歳出総額は2020年度の当初予算よりも1兆円減の約102兆円となり、むしろ2021年度予算は緊縮的な予算となっているためである。すなわち、財務省がコロナ禍の下でも財政規律を何とか維持しようと努力した姿が読み取れる。

しかしながら、コロナ対策の財政的な歪みが存在しないわけではない。それが2021年度の国債発行総額に表れている。2021年度の当初予算を2020年度(当初予算)並みに抑制したにもかかわらず、2021年度の国債発行総額は約236兆円となる計画だ。歳出が約100兆円であった2012年度から2019年度の国債発行の平均は約162兆円だが、それよりも70兆円以上も増加している。

この理由は何か。それは償還期限が1年以内の「短期国債」の急増だ。これは図表1の「国債の市中発行額」の推移から読み取れる。国債の市中発行額とは、各年度の国債発行総額から個人向け販売分などを除いたものをいい、2019年度の市中発行額は129.4兆円、2020年度(第3次補正予算後)は212.3兆円、2021年度(当初)は221.4兆円になっている。このうち、2019年度の短期国債は21.6兆円に過ぎないが、2020年度(第3次補正予算後)は82.5兆円、2021年度(当初)は83.2兆円に急増している。

すなわち、2020年度のコロナ対策により、2012年度から2019年度の平均で約26兆円しか発行していなかった短期国債を2020年度は82.5兆円も発行したが、これは1年以内に返済しなければいけない。しかし、その償還の財源がないため、2021年度においても短期国債を83.2兆円も発行する必要性に迫られたのである。

新型コロナ対策を含め、日々の国庫金の受け払いに関する資金繰りは財務省理財局国庫課が担っているが、今回の異常な対応は以下からも読み取れる(詳細は財務省『ファイナンス』(2020年11月号)の「新型コロナに対応した資金調達と債務管理-短期の資金繰りからアフターコロナを見据えた国庫・債務管理まで-」)。

・補正予算の決定後は、早急に資金が必要となったことから、特別会計(特会)に融通していた資金を返済してもらうことで約 40兆円を確保した。それでも合計約 57兆 6,000億円の補正予算を賄うには不足するため、平成 27年の発行以来、5年ぶりとなる財務省証券を 6月に発行して補正予算の支出に対応した。

・1週間当たりのT-Billの発行ロットの推移を見ると(図表 5)、コロナ以前は 4.3~4.4兆円程度で比較的安定していたが、6月には、約 9.1兆円まで急上昇しているのがわかる。これらの資金繰りによって、補正予算で支出する資金を国債の発行が増額される 7月まで手当てしたことになる。その結果、3月末の FBの残高は 74.4兆円だったものが、6月末時点では 117.3兆円まで増加している。

・今回の補正予算は前例のない規模と緊急性の高い内容だったため、資金繰りは困難を極めた。国庫課の担当者は必要な資金額を把握するため、毎週、各省庁にヒアリングやアンケート調査を実施したものの、各省庁の担当者も必要な金額を予測するのが困難だった。そのような中で支出の状況を見ながら、資金手当てを実施しなければならなかったので、考えうるさまざまな手段を活用した。たとえば、特会の資金繰りの調整や、6月までの資金異動のタイミングを前倒しや後ろ倒しにするなどして、国庫内での資金繰りの調整を行った。このような資金繰りは国庫課のほか、国債企画課、国債業務課、財政投融資総括課の 4課で調整して対応している。通常時は毎月 1回程度の打ち合わせをして連携しているが、コロナ禍ではすみやかな対応が必要だったため、毎週実施して乗り切った。

なお、短期資金繰りの自転車操業は金利上昇リスクに脆弱であり、国債管理の安定化を図るためには、短期国債を徐々に償還が10年の長期国債や20年以上の超長期国債に借り換える必要がある。その際、長期国債の買い手として期待できるのは、資産負債のデュレーション(平均残存期間)管理のために長期国債の購入ニーズがある生保などの金融機関だが、人口減少や少子高齢化が進むなかで保険契約が減少する場合には一定の限度もあろう。

また、図表2のとおり、日本の国債市場も構造的な変化が起こっている。まず、これまで海外投資家の国債保有割合(ストック)は2004年で約4%であったが、2019年では約13%に上昇してきている。加えて、国債流通市場における売買シェア(現物)についても2004年で約14%であったが、2019年では約39%に上昇してきている。特に、売買シェア(現物)は日銀が異次元緩和を開始した2013年以降から急上昇している。

海外投資家の拡充は国債の引き受け先に関する多様化を図るためには望ましいが、ギリシャの財政危機でも明らかなとおり、海外投資家は危機時に躊躇なく国債を売却するため、海外投資家の割合が増すと国債市場が不安定化する懸念がある。国債市場の安定化を図るためには、できる限り国債の国内消化に努めるとともに、日本財政に対する信認を向上させる必要があることを意味する。

緊急事態宣言は再び発令された今、まずは感染症対策の強化と経済の再生が優先であることは言うまでもないが、コロナ禍にあっても財政再建の目標を堅持し、中長期的な財政規律を示す必要があろう。

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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