Yahoo!ニュース

児童相談所で南青山の価値は下がるのか 不動産の側面から考える

櫻井幸雄住宅評論家
建設予定地には、フェンスと小さな看板があるだけ。筆者撮影

 都心の一等地、港区南青山に建設される計画の児童相談所(以下、児相)問題が紛糾している。

 地元では、児相をつくれば周辺の不動産価格が下落する、という声があり、「こんな高級な場所は、貧しい子どもにとって酷」とか、「そもそも、お金をかけすぎる」という意見も出ている。つまるところ、「そんな施設を南青山につくらないで」ということだろう。

 この問題の背景には「不動産価値」というキーワードがある。南青山は、都心でも最高に価値が高い場所。その価値を下げたくない、ということである。

 「不動産価値」であれば、私の専門分野。そして、2002年から約10年間、私はテレビの情報番組で国家公務員の宿舎問題に関わった経験から国有地の売却に関して知識もある。そこで、南青山児相問題を、不動産の側面から考えてみた。

なぜ、南青山に児相なのか

 南青山は、都心の一等地とされる。これは、紛れもない事実だ。

 現在、都心のマンション用地で最高峰とされるのは、千代田区の番町エリアと港区の南青山だ。なぜ、南青山が最高峰かというと、プラダをはじめとした高級ブティックが軒を連ねて華やかである一方、一歩奥に入った場所には「パークマンション」や「ホーマット」といったマンション最高級ブランドが数多く存在する場所だから。児相をつくるのに「わざわざ南青山でなくても」といいたくなる気持ちも分かるエリアである。

 港区も、南青山に児相をつくりたい、と考えていたわけではなかったろう。

 もともとは、児相と子ども家庭支援センターなどの機能を併せ持つ新しい子ども家庭総合支援センターをつくりたかった。それだけの施設をつくる場所を探したら、たまたま南青山だったということだろう。

 港区の施設だから、当然、港区内でつくらなければならない。が、港区内は2013年以降、地価が大きく上昇し、土地が買いにくくなっている。そして、3200平米(1000坪弱)に及ぶような広大な土地の売り物も見つけにくい。

 そこに、南青山の国有地(農林水産会館跡地)が売却されることになった。

 国有地が売却される場合、公共事業が優先される。それも、市場価格よりも大幅に安い値段で取得できるのが普通だ。

 南青山の児相は約3200平米が約72億円で売却された。これは、市場価格よりも3割から5割安い価格だ。

南青山で、大きな通りから1歩入った場所に広大な土地が横たわる。これが、約3200平米の予定地だ。筆者撮影
南青山で、大きな通りから1歩入った場所に広大な土地が横たわる。これが、約3200平米の予定地だ。筆者撮影

 南青山は港区内で最も地価の高い場所と考えられるので、港区内の他エリアであれば、土地取得価格は抑えられる。が、それは、安く購入できる国有地で3200平米もの広さの土地が他の場所で売られていれば、の話。現実的に、そんな土地はない。

 もし、港区内で民間の土地を市場価格で購入したら、南青山以外の場所でも、72億円以上になってしまう。そもそも3200平米もの広さを備える土地が簡単にみつかるとは考えにくい。

 港区は、南青山のような一等地を狙って児相をつくろうとしたのではない。たまたま適正地が、南青山に出てしまったのだ。

南青山の不動産価値は下がるのか

 つぎに、児相ができることで、南青山の不動産価値が下がるか、という点について考えたい。

 これまで、児相ができたことによる影響事例を探したのだが、みつからなかった。

 ひとつ、公共の葬儀場ができたときの影響がみつかった。葬儀場建設にあたって、周辺住人の猛烈な反対が起きたが、葬儀場を建設。結果、地価への影響はなく、周辺住人は何事もなかったかのように葬儀場を利用している……。

 南青山の児相建設予定地に関しては、「児相ではなく、地域の魅力を上げるような施設になって欲しい」という意見もある。

 地域の魅力を上げる施設とは、たとえば六本木ヒルズや渋谷ヒカリエのような商業・文化施設だろうか。残念ながら、そのような大規模施設をつくることができるほど広い土地ではない。せいぜい、1階に物販・飲食店で、2階から4階が住居という建物だろう。それが、どれほど街の魅力を上げるのか。期待は薄い。

 

児相は南青山の価値を高める「誇り」になる

 南青山では、国家公務員宿舎が民間に売却され、高級マンションになった事例が2年ほど前にある。そのマンションは驚くほど高額だったが、富裕層と呼ばれる人たちは喜んで購入した。富裕層はマイホームではなく、セカンドハウスや相続税対策、蓄財の目的で都心高額マンションを購入している。

 南青山の約3200平米が分譲マンションになれば、おそらく3LDKが3億円以上。そのような超高額マンション用地として活用されることをよしとする人は少ないだろう。それよりも、児相のほうがはるかに世の中の役に立つ。

 さらに言えば、将来の不動産価値など、誰にも予想できない。

 これからの東京は、外国人が増えてゆく。少子化による人口減少への対抗策で、国は外国企業の呼び込みに必死であるからだ。その外国人は、南青山のような一等地に児相があることをどうとらえるか。

 ネガティブにとらえるだろうか。それとも、「日本は、なんと弱者に優しい国なのか」と考えるだろうか。

 東日本大震災のとき、大災害でも人間の尊厳を失わない日本人は世界中から賞賛された。南青山の児相は、同様に日本人の理念を世界に示す場になる。それは、断じて「恥」ではなく、むしろ南青山の価値を高める「誇り」になるはずだ。

 

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

資産価値はもう古い!不動産のプロが知るべき「真・物件力」

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

今、マンション・一戸建ての評価は、高く売れるか、貸せるかの“投資”目線が中心になっていますが、自ら住む目的で購入する“実需”目線での住み心地評価も大切。さらに「建築作品」としての価値も重視される時代になっていきます。「高い」「安い」「広い」「狭い」「高級」「普通」だけでは知ることができない不動産物件の真価を、現場取材と関係者への聞き取りで採掘。不動産を扱うプロのためのレビューをお届けします。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

櫻井幸雄の最近の記事