「イスラーム国」の「カリフ」殺害:「シャーム解放機構」の釈明声明
2022年2月6日、イドリブ県をはじめとするシリアにおける「反体制派」の「解放区」を占拠する「シャーム解放機構」(=シリアにおけるアル=カーイダ。旧称「ヌスラ戦線」)は、アメリカ軍による作戦で「イスラーム国」の自称「カリフ」アブー・イブラーヒーム・ハーシミー・クラシーが殺害された件に関する声明を発表した。声明は、「シリア・トルコ国境での民間人と子供の殺害事件への非難」と題する2頁ほどの文書だ。その中で「シャーム解放機構」は事件に対する自らの見解や、事件について流布している憶測に対する立場を表明しているのだが、ちらっと眺めた感じでもいろいろな意味で整合性を欠く、見事な傑作ぶりである。以下、段落ごとに声明を要約する。
*2022年2月3日木曜、アメリカの特殊部隊が(シリアとトルコとの)国境地帯の住宅に対する降下作戦を実施した。これにより、女性3人、子供5人が死亡した。そして、後に「国家組織」(=「イスラーム国」のこと。「シャーム解放機構」は表面的には「イスラーム国」と敵対しているので、同派のことをあくまで自称国家として呼称する)の首領であるアブー・イブラーヒーム・ハーシミー・クラシーが死亡したことが発表された。
*第一に、今般の作戦はシリア人に新たな懸念を惹起した。作戦は、犯罪体制(=シリア政府のこと)の暴虐から逃れてきた避難民たちの恐怖をあおった。国境地帯は数千家族が暮らす人道避難地域である。
*第二に、シリア人民に対する真のテロリズムとは犯罪体制とイランの民兵によるものであり、もしテロリズムの根絶を欲するのならばこの用語を恣意的・選択的な目的達成のために使うことはできない。
*第三に、我々は全ての者に対し、当該地域の治安を担う責任は地元当局にあり、地元当局は犯罪体制に対する軍事的防衛の義務を担うと表明する。
*第四に、我々は、この作戦について事前に知らなかった。同様に、その場所に住んでいる者の人定についても発表があるまでは知らなかった。我々はこの作戦を拒否し、非難する。我々は、今後「国家組織」がいかなる目的でも解放区を使うことを許さない。我々は、彼らの害悪に対する防衛を続ける。
*最後に、我々はシリア革命が犯罪体制打倒という目的へ向けて続くことを確認する。(以下省略)
一読してわかるように、この声明は「シャーム解放機構」の立場として四項目しか表明していないにもかかわらず、各項目が相互に矛盾する素晴らしいできばえである。例えば、第三項目で解放区の治安は地元当局(=自分たちのこと)が担うと主張しているにもかかわらず。第四項目で今般の降下作戦の舞台となった家屋に誰が住んでいたか知らないと主張している。自分たちが管轄している・掌握していると称する地域に誰が居住しているか掌握していない、そして本来は不倶戴天の仇敵のはずの「イスラーム国」の自称「カリフ」のような重要人物がいたことすら調査することも掌握することもできないという無能ぶりを自ら表明してしまっている。さらに、第四項目で“今後”「イスラーム国」が解放区を使うことを許さないとのたまっているが、これは要するに今まではフリーパスだったということで、「イスラーム国」の自称「カリフ」が二代続けて「シャーム解放機構」の占拠地域を自身と家族にとって最も安全な潜伏先として選んだのも無理はなないことを説明してくれている。
第一項目と第二項目については、誰のどのような行為がテロリズム・テロ行為にあたるかは各主体の主観的判断によって決まるのでどうでもいいことなのだ。それでも悪の独裁政権から逃れてきた哀れな避難民を「イスラーム国」の自称「カリフ」と混同・同一視している。避難民が「イスラーム国」やその他諸々の犯罪行為・集団と無縁の善良な人々ならば、今般の攻撃を避難民全体への攻撃・脅威と拡大解釈するのは、避難民や地元住民を「イスラーム国」を匿う共犯者とみなすひどい侮辱だ。また、真のテロリズムはシリア政府やイランの民兵だと主張することにより、「イスラーム国」対策、つまり「シャーム解放機構」の支援者たちの懸念事項でもあるイスラーム過激派の脅威や犯罪という問題を「どーでもいいこと」と切り捨てている。
これまで、「シャーム解放機構」はアル=カーイダの一派に過ぎないという自派の陰惨な活動歴・実績を「ロンダリング」して解放区を担う革命勢力・政府を偽装することに努めてきた。しかしながら、今般の声明は、「シャーム解放機構」が占拠地域をろくに管理できない無能な「地元当局」であることを自ら白状するか、自らの占拠地を「イスラーム国」の安全な潜伏地として提供していたことに何の責任も感じない無神経ぶりを吐露するかという作品であり、これまでの同派の努力を水泡に帰すものであると言える。