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イスラエルによるレバノン攻撃:やっぱり邦人保護はタダじゃない

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 地中海に面する中東の国レバノンは、2023年10月7日の「アクサーの大洪水」攻勢以来の地域での武力衝突の中で緊張状態にあった。ただし、レバノンは数十年来の対イスラエル抵抗運動、2011年からのシリア紛争、2019年秋からの経済危機、そしてそれらに有効な対策を講じることができない国内の政治体制など様々な問題に苦しんできた。ここに、9月下旬からのイスラエルによる攻撃激化が加わり、状況悪化に拍車がかかった。今般のイスラエルによる攻撃は、「ヒズブッラー(ヒズボラ)の施設」という枕詞をつければ何をどのように攻撃しても、その結果同党とは無関係の者も含む民間人の生命・身体・財産にどれだけ被害が出ようとも構わないという性質のものだ。その結果、レバノン人民はもちろん、紛争を避けてレバノンに避難していたシリア人避難民多数が、イスラエルによる破壊と殺戮から逃れるための移動を強いられることになった。

 このような状況で日本社会として気にしなくてはならないのは、レバノンに在住する邦人が攻撃によって殺傷される可能性や、彼らをいかにして円滑に退避させるかという問題だ。日本以外の諸国も、状況が悪化するにつれてレバノン在住の自国民に退避を促したり、同国に駐在する大使館員や家族を退避させたりするなどの対策を講じてきた。特に、レバノンやその周辺でミサイル・ロケット弾・無人機・航空機を用いる戦闘が激化すると、この地域に就航している航空便の運休も相次いだ。さらに、イスラエルによる攻撃はレバノンからの陸路での退避の経路となるシリアとの国境通過地点にも及んでおり、レバノン国内の道路、空港、港湾施設が「攻撃されない」という保証もどこにもない危うい状態だ。そこで、本邦からも周辺国に自衛隊機が派遣されて退避に備えることとなり、10月上旬から本稿執筆時点までに、チャーター船や自衛隊機を用いて約60人とされるレバノン在住邦人の一部の退避が実現した。

 レバノンでは(そして本当はシリアでも)多数の避難民が苦境にさらされているため、この問題は単に邦人を退避させれば後は構わないでいいということではない。レバノン(そしてシリア)での避難民向けの国際的支援の動きは活発とは言えず、国連機関にも十分な資源はない。レバノン向けでは、アラビア半島の産油国の一部が熱心に物資を送付しているが国際的に支援の輪が広がっているとは言い難い。軍事衝突と重大な人道危機が進行する中での邦人退避というと、2023年のガザ地区からの邦人退避と重なる既視感のある問題だ。かくして、本邦も21日に国連機関を通じてレバノンの避難民支援を実施すると発表した。これ自体は、深刻な人道問題に少しでも貢献する支援として、また、政府機関がちゃんと機能するか心許ないことこの上ないレバノンでより効果的な支援を行う手段として大いに評価すべきものだ。

ところが、このレバノンに対する支援についても、かつてガザ地区からエジプトやヨルダンを経由して邦人が退避した際の焼き直しのような有害無益な雑音が発生した。人道危機や邦人退避の舞台となっている当事国向けの本邦の財政支出を、「そんなことにお金を使わないで、国内の生活をよくするために使うべきだ」という雑音だ。とりわけ、レバノンは過去に日本赤軍の潜伏地となり、現在のその一部の「政治亡命」を認めたり、現在もカルロス・ゴーンの逃亡地となったりするなど、何かと本邦の意に沿わない「あんまり付き合いやすくない」相手だ。しかし、「レバノンにお金を出すくらいなら国内で配れ」との類の議論は、邦人退避にまつわる膨大な手間や苦労、そして日本社会の繁栄や生活水準を支える術について無理解な雑音でしかない。

 周知のとおり、本邦には国外で何か軍事作戦や諜報作戦や外国での対日世論の誘導や扇動をする作戦を実行する手段も法的な裏付けもない。また、お金を払えばどんな困難な任務も100%達成してくれる凄腕工作員は実在しない。となると、本邦が紛争地で邦人退避のような機微な任務を達成するためには、関係国や場合によってはテロ組織や反乱軍や犯罪組織も含む現地の諸当事者と「それなりに」お付き合いすることが不可欠となる。また、退避の手段(今回の場合は自衛隊機)を力づくで任務の実行先に乗り付けることもできないので、当事国はもちろん、領域を通過させてくれる諸国に対しても日ごろからの信頼関係の構築と協力への「御礼」は欠かせない。つまり、退避そのものは短期間の活動かもしれないが、本邦がそれを安全かつ迅速に成功させるには、長期間にわたって日常的に環境づくりをする以外に方法はないということだ。「お金を払えばそれができる」というのなら、それに支払うお金は絶対に惜しんではならないというのが筆者の立場だ。

 しかも、今般のような退避を成功させるための基幹ともいえる「諸国との友好関係」は、経済活動・留学・旅行などなど様々な活動で海外で活動する日本人一人一人の日ごろの振る舞いと、彼らに何かトラブルがあった際に有効に機能する日常的な邦人保護業務に支えられている。国際的な経済活動は本邦での生活水準を支える資源をもたらすものだが、「敵対国や非友好国」で経済活動や留学を成功裏に営むことは容易ではない。中東諸国について語る際に挙げられることが多い素朴な親日感情は、一朝一夕にできあがったのではなく先人たちの努力や現地での活動を支える邦人保護の積み重ねによってできている。本邦に対する日常的な好印象や好意が無ければ、紛争地からの退避のような緊急事態で当事国・当事者が好意的に接してくれる可能性は非常に低くなるだろう。こうした素朴な好感・好印象を維持するための出費や手間も、やはり惜しんではならない。要するに、目先のことや身近なことへの資源配分に固執して、「諸国との友好関係」に必要な出費を排撃するという行為は、緊急事態の際の邦人の安全を切り捨てるだけでなく、本邦に様々な資源をもたらす国際的な経済活動をもないがしろにすることなのだ。レバノン(そして昨年のガザ地区)からの邦人の退避が、死傷者を出すことなく進められたのは幸運や偶然ではなく、様々な手間と労苦を日ごろから積み重ねてきた結果である。通常の分担金や割り当て金を支払っているから非常時の請求は受けないという発想は、急場では通用しない。退避のような緊急対応で実力行使という選択肢を持たない本邦が安寧を確保するにはどうすればいいのか、ということをよく考えた上で、中東諸国や国際機関向けの援助と支出について論じた方がいいのではないだろうか。邦人保護はタダではない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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