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イスラエル・アメリカ陣営は「抵抗の枢軸」陣営を「完封」し続けられるか?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年10月7日の「アクサーの大洪水」以来の中東での軍事衝突は、「集団虐殺」とも形容されるガザ地区での破壊と殺戮が進行するのと同時に、イスラエルによるレバノンに対する半ば無差別の攻撃へと拡大した。その間、紛争はイエメン周辺の海域での船舶攻撃、シリアやイラクでの戦闘や爆撃、イランとイスラエルとの直接交戦など、既存の「交戦規定」どころかより広範な地域の歴史をも変えてしまうような劇的な展開を遂げた。にもかかわらず、報道・解説の場裏では紛争を「イスラエル・ハマース(ハマス)戦争」、「ガザ戦争」、「イスラエル軍によるヒズブッラー(ヒズボラ)攻撃」など、地域や当事者を細分化・矮小化して紛争を認識する論調が絶えない。この認識に立つと、レバノンで国連平和維持活動がイスラエル軍に攻撃されるのは「大事件」だが破壊と殺戮と強制移住が一段と加速しているパレスチナ人民に対する攻撃は「目に入らない」とか、ガザ地区で衰弱する幼児は「かわいそう」だけど戦火を逃れてレバノンからシリアへと移動する避難民は「どーだっていい」という態度を招きかねない。個人・団体・機関・政府に、個別に重視する問題や直接関与する相手がいることは一向にかまわないのだが、今般の紛争について考えたり行動したりするためには、紛争がもっと広域的で陰湿なものであるという視点は不可欠だ。

 そのような観点で考えると、イスラエル・アメリカ陣営の一方的な破壊と殺戮という形で展開している紛争が、「いつまでもこのまま進むとは限らない」と考えるべき材料も出てくる。転調の契機となりうるのは、「抵抗の枢軸」陣営の数少ない攻撃の手段であるミサイル・ロケット弾・無人機とそれに対するイスラエル・アメリカ陣営の対処だ。すでに、イランからイスラエルへのミサイル攻撃(10月1日)、イラクからゴラン高原被占領地のイスラエル拠点への無人機攻撃によるイスラエル兵2人の死亡(10月4日)、ヒズブッラーのハイファ南方の基地に対する無人機攻撃によるイスラエル兵4人死亡、67人負傷(10月13日)などの重要な事件が発生している。紛争の一方的な展開により、イスラエル・アメリカ陣営と全面戦争をする意志も能力もない「抵抗の枢軸」陣営もミサイル・無人機攻撃を従来の「メッセージの伝達」や「威嚇」から、「人的被害を与える」、「民間人が死傷しても構わない」段階へと引き上げざるを得なくなった。ヒズブッラーによる攻撃の範囲はハイファ、テルアビブへと広がり、「イラクのイスラーム抵抗運動」も攻撃の件数を一挙に増やした。ここに、イエメンからアンサール・アッラー(蔑称:フーシー派など)とガザ地区のパレスチナ諸派が発射するミサイル・ロケット弾や無人機も時々飛んでくる。対処するのが「アイアンドーム」に代表されるイスラエルの防空システムと、今般イスラエルに展開した「サード」やイスラエル近海の展開する艦隊などからなるアメリカの防空システムだ。

 「抵抗の枢軸」陣営のミサイル・ロケット弾・無人機対イスラエル・アメリカ陣営の防空システムという文脈で、2024年10月15日付『クドゥス・アラビー』(ロンドンで発行される在外パレスチナ人資本の汎アラブ紙)に興味深い記事が掲載された。同紙は今般の紛争について「抵抗の枢軸」陣営への嫌悪とパレスチナ解放運動への支持でまた裂き状態で、一貫性のない論調をとっている。しかし、ミサイル・無人機攻撃については、早期から攻撃を「完封した」とのイスラエル・アメリカ陣営の「大本営発表」に懐疑的な発想に基づく分析を発信している。15日付の分析で注目しているのは、イスラエルに対するミサイル・ロケット弾・無人機攻撃の件数が増えるにつれ、これに対する迎撃ミサイルの不足がみられるという点だ。記事によると、ヒズブッラーはナスルッラー書記長の殺害後、崩壊するどころか戦闘力を再建し、より強力で命中精度の高いミサイルを、より多数発射するようになり、これがイスラエルの防空ミサイルの枯渇を招きつつあるそうだ。ヒズブッラーが使用するより高性能のミサイルや無人機1機を迎撃するため、イスラエルは複数の迎撃ミサイルを発射せざるを得なくなった。確かに、ヒズブッラーは数十年にわたり対イスラエル武装抵抗運動を担った広汎で強力な組織であり、これを皆殺しにして同党の脅威を「除去」するのは至難のことだ。しかも、同党の兵器の備蓄は膨大で、紛争勃発時点の推計でも1日100発を発射したとして3年は毎日イスラエルを攻撃し続けるくらいの量の兵器を備えていることになっていた。上記の記事は、アメリカ軍が地中海と紅海に駆逐艦を中心に戦力を配置し続ける理由の一つは、イスラエル軍の迎撃ミサイル不足を補うためだと指摘している。

 しかし、アメリカ軍が補ったとしても迎撃ミサイルが不足する(かもしれない)問題はそう簡単に解決しない。その理由の一つは、イスラエル・アメリカ陣営が迎撃ミサイルを生産・使用することには、「抵抗の枢軸」がミサイル・ロケット弾・無人機を生産・使用するよりもはるかに時間も手間もお金もかかることだ。そして問題が一段と深刻な理由は、迎撃ミサイルが必要なのはイスラエルだけでなく、ウクライナのことも考えなくてはならないことだ。アメリカ政府は、ウクライナに最低限必要な量の防空ミサイルを供給する方針を堅持するとともに、アメリカの権益を脅かす別の戦争が発生することに備えて自国での迎撃ミサイル備蓄に努めなくてはならない。「抵抗の枢軸」陣営は当然こうした状況を想定しており、今後もミサイル・ロケット弾・無人機の生産・供給・備蓄に全力を挙げるだろう。事態が本当にイスラエル・アメリカ陣営の迎撃ミサイルの深刻な不足や実際の枯渇へと発展すれば、イスラエルは6万人の入植者を帰宅させるためと称して始めた作戦の結果、200万人が避難生活を強いられるというまさに悪夢をみることになる。しかも、この問題がより深刻なのは、イスラエル・アメリカ陣営の迎撃ミサイルが不足する(かもしれない)問題が、ウクライナ、ロシア、どこかでいつかアメリカの権益を脅かすような戦争を起こす別の当事者にとっても重大な関心事となることだ。迎撃ミサイルが不足した方が都合がいいと感じる主体が、「抵抗の枢軸」陣営が引き続きイスラエル・アメリカ陣営の迎撃ミサイルを消耗させるように誘導すべく紛争に関与する恐れがある。この問題を考慮してもなお、我々は今般の紛争を「イスラエル・ハマース(ハマス)戦争」、「ガザ戦争」、「イスラエル軍によるヒズブッラー(ヒズボラ)攻撃」と呼び続けることができるだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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