新総理が誕生する今、「なぜ君は総理大臣になれない?」と問うた監督は、衆院選へ向けて新作を
世の中は自由民主党の総裁選挙で盛り上がっている。次の総理大臣になるのは、誰か? そして、「あの人」が総理大臣になるのは、いつの日になるのか? 2020年に話題になったドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』(以下、『なぜ君』)を観た人は、今の自民党総裁選を横目に、そんなことを考えているかもしれない。
現在は立憲民主党の小川淳也衆議院議員を17年間にわたって追ったこの作品は、ドキュメンタリー映画としては異例となる3万人以上の動員を記録。その後、Netflixでも配信され、コロナ禍で政治不信が高まる今、さらに作品への共感が広がっている。
作品を観た人の多くが、愚直なまでに信念を貫き、日本という国の行く末を真剣に考える小川議員の姿に、政治家の理想を発見しつつ、愚直なだけでは政治のトップに立つことのできない現実を突きつけられ、心が激しくざわめいた。この反響を放置するわけにいかないーー。『なぜ君』の大島新監督は、小川淳也議員のその後を追いつつ、今後の日本の政治を占う意味で重要な瞬間を、映像で残そうとしている。2021年秋の衆議院選挙だ。
小川淳也議員の選挙区は、香川1区。そこには自由民主党の平井卓也(現・デジタル大臣)議員という強力なライバルが存在し、小川議員は2003年、初の出馬では落選。2005年も敗退し、重複立候補の比例四国ブロックで初当選。2009年には平井議員を破って小選挙区で当選するも、2012年、2014年、2017年とその後の衆院選ではすべて平井議員に敗れている。
この選挙区の勝敗が、今後の日本の未来も決める?
来たる衆院選では、どうなるのか? 『なぜ君』のヒットで、先日はビッグコミックの表紙になるほど、明らかに国民的知名度も上がってきた小川議員。一方の平井大臣はパワハラ的な暴言が暴露され、コロナ対応で政府への不信も逆風になりつつも、四国新聞と西日本放送のオーナーの一族という「地盤」は盤石である。ある意味で、香川1区の結果は、今後の政治の行く末を代弁する……というのは大げさにしても、大島新監督は自ら追い続けてきた小川議員が挑む次の衆院選を、日本の選挙の縮図ととらえ、再び作品として残そうと決意した。
現在、作品は製作中。というのも、衆議院選挙の結果も含めたドキュメンタリーを目指しているからだ。現在、第49回衆議院議員総選挙の日程は、11月7日、あるいは14日になると言われている。大島監督は、その投開票日をカメラで収め、すぐさま映画『香川1区』の完成をめざすと、次のように語る。
「投開票日を撮影の最終日と考えて、そこから最短で公開をめざします。鮮度が大切ですから、なんとか2ヶ月以内には公開したいですね。小川さんが勝つか、敗れるか。作品の結末も有権者の方々に委ねられるわけです。現在も撮影を続けながら、全体の構成を考えており、選挙の勝敗以外は作品のイメージができあがりつつあります」
『なぜ君』は完全に小川議員にフォーカスしたのだが、今回は『香川1区』ということで、相手の平井大臣にもアプローチした。取材を申し込んだところ、『なぜ君』の監督であることを知りつつ、引き受けてくれたそうだが、大臣は『なぜ君』自体は観ていなかった。
「30分間の取材だったので、平井大臣の本質に迫ることはできませんでしたが、いわゆる“政治家っぽい”というイメージの方でした。危ない発言はしないわけです。話題になった“脅し発言”について尋ねた時は、少しだけ顔色が変わりましたが、『ふだんはそんなことは言ったこともない』という対応でした」
この平井大臣の映像が『香川1区』で、どのような役割を果たすのか気になるが、大島監督が平井大臣という“相手”も取材したことが報道されると、「そちら側の視点も入ってくるのか?」「作品の方向性も変わってくるのではないか?」などという反応も聞こえてきた。
これに対して大島監督はーー
「基本は『なぜ君』の続編ですし、これまで17年、もうすぐ18年も追いかけてきた人と、初めて会ったばかりの人を、同列に扱うことはできません。そこはしっかり小川議員にも説明し、理解してもらいました。一方で香川1区で小川議員が苦戦してきたという現実もあるわけで、選挙区の自民党支持層が平井氏に投票する合理的理由、あるいは内在的な論理が間違いなく存在すると思うのです。小川議員の選挙活動、政治活動をベースにしますが、相手の強さも組み込んで、コロナ対策で失敗しつつも、今でも国民の30%以上が自民党を支持政党とする理由を、私自身も探求したいのです。
実際に香川1区の有権者の間で、平井大臣の暴言など“文春砲”がマイナスに働いているかどうかは不明で、地元では『ああいう人だから』という空気も感じます」
平井大臣を支持する選挙区の有権者が、どれだけ取材に応じてくれるのか。そこも『香川1区』のチャレンジのようだ。
国政選挙を見つめる異例のドキュメンタリーに
そしてもちろん、『なぜ君』の監督としては、小川淳也という政治家への世の中の期待値が上がっていることを実感しているわけで、その期待に応えたいという側面もある。
「『なぜ君』の時は、『希望の党』との関係もあり、小川議員自身も望んでいなかったモヤモヤした選挙戦をとらえたわけですが、今回の衆院選は急なものではなく、彼も3ヶ月以上の期間、地元を回ったりしています。主人公はもちろん小川議員ですが、有権者の姿をどれだけ見せられるか。自民党総裁選の結果で、社会の空気がどう変わっていくのか。そのあたりも含め、これまで国政選挙を、このように現在進行形で追ったドキュメンタリーは日本ではなかったと記憶していますから、どういう作品になるか自分でも楽しみにしています」
そして君は総理大臣になれるのか?
間もなく日本では、第100代内閣総理大臣が誕生するわけだが、大島監督が「なぜ君は総理大臣になれないのか?」と作品で訴えた思いは、変わっていないのか。
「そこは変わっていないですね。もちろん“小川淳也総理大臣”の誕生が簡単ではないことは理解しています。自民党総裁選なんかを見ていると、1人の力で総理大臣になるのは難しいですし、時代の要請も必要です。立憲民主党の支持率を考えれば、何重ものハードルが立ちふさがっています。ただ熱い思いで小川議員を見るようになった人も確実に増えているので、期待値が上がっているのは感じますし……」
『香川1区』は、はたしてどんな結末を迎えるのか。50歳を過ぎたら早期に引退することを示唆してきた小川淳也議員(現在50歳)は、来たる衆院選でもし落選したら、今後の道筋を改めて考えるかもしれない。
「菅政権のままだったら小川議員に有利だったかもしれないし、自民党総裁選で盛り上がって新総理が誕生すると、それだけで支持率も上がる可能性があるので、野党は厳しくなります」と冷静な分析をする大島新監督だが、理想的な結末は頭の中で思い描いていることだろう。そして、その結末が日本の政治の新たな一歩に近づくことに、希望の光を見出しているはずだ。
映画『香川1区』は、近日公開予定。