原油高にブレーキ、見え隠れする米国の圧力
2014年11月以来の高値まで高騰していた国際原油相場であるが、足元では調整圧力を強めている。NY原油先物相場は5月22日の1バレル=72.90ドルをピークに、6月5日の取引では一時64.22ドルまで軟化し、約2週間で11.9%の急落相場になっている。
直接的な原因となっているのは、石油輸出国機構(OPEC)やロシアといった主要産油国が、2017年1月にスタートした協調減産政策の見直しに着手していることだ。需要拡大と協調減産で世界の石油在庫は急ピッチな取り崩しが進み、更にイランやベネズエラなどの供給不安が原油価格の上昇傾向を加速させていたが、6月22日のOPEC総会で協調減産政策の緩和、すなわち増産合意が実現する可能性高まっているのだ。
サウジアラビアのファリハ・エネルギー相とロシアのノバク・エネルギー相は5月25日に協調減産政策の緩和を検討していることを明らかにし、OPECのバルキンド事務局長も同日に減産緩和の議論が始まっていることを確認している。
イランなど一部のOPEC加盟国は協調減産政策の見直しに異議を唱えているが、各種メディアでは日量100万バレルの増産を軸に調整が行われていることが報じられている。
■過度な需給ひっ迫状態を回避する必要性が浮上
こうした動きは、基本的には過度の需給ひっ迫化が原油需要や世界経済にダメージを及ぼす一方、米国のシェールオイル増産が加速することで、OPEC加盟国と非加盟国の原油売却収入が大きく毀損されることを回避するためのものである。
米国のイラン核合意離脱を受けて、マーケットでは最大で100万バレルの生産が喪失される可能性が指摘されている。また南米ベネズエラでは米欧などの経済制裁で石油産業が事実上の崩壊状態に陥っており、過去半年で44万バレルもの生産が喪失されている。5月20日に投開票が行われた大統領選ではマドゥロ大統領が再選されたが、欧米諸国は民主的な選挙が行われていないとして、経済制裁を更に強化している。
国際エネルギー機関(IEA)によると、3月に経済協力開発機構(OECD)加盟国の商業在庫は5年平均に回帰した。まだ2014年の急落前と比較すると余剰感が強いものの、一応の正常化の目安は達成されている。こうした中、年後半の需要期にベネズエラやイランの減産がぶつかり、供給過剰状態の正常化を通り越して需給ひっ迫状態が実現する可能性が高まる中、協調減産の「出口」を巡る議論が前倒しで展開されることになる。
実際に協調減産緩和で合意が形成されるのか、合意されるとすればどの程度の数量になるのか、またどのようなタイムスケジュールを想定するのかなど、不確実な部分は数多い。また、仮に日量100万バレルの増産が行われたとしても、在庫減少傾向そのものが年末に向けて止まる可能性は低い。
ただ、昨年中盤以降の原油高でNY原油市場では投機筋の買いポジションが異常と言えるレベルまで膨張していたため、これを機会にファンドが原油市場の買いポジションを整理し、どの価格水準であれば改めて買いポジションを構築する妙味が存在するのかを検討しているのが現状である。
■米国が異例の増産要請に踏み切っている
一方、こうした産油国の一連の動向には政治的な文脈も無視することはできない。すなわち、米国(トランプ米大統領)が原油高に露骨に異議を唱え始めているのだ。
最初の現象は4月20日のトランプ米大統領のTwitterでのコメントだった。そこでは「またOPECだ。記録的な石油があちこちに存在するのに…石油価格は人為的に非常に非常に高い。良くないことだ。認められない!」と投稿したのである。
原油高の恩恵を受けるシェール産業を抱えた米国が原油高に異議を唱えるのは異例だったが、トランプ政権の攻撃の矛先がOPECに向けられたことに、原油市場は慌てた。また6月5日には一部メディアが、米政府がOPEC加盟国に対して日量100万バレル前後の増産を働き掛けていることが報じられている。具体的にどのような要請を行っているのか詳細は不明だが、個別に増産要請を行いOPEC加盟国と非加盟国の増産合意を強力に後押ししている模様だ。
4月の段階で中東を歴訪したポンペオ米国務長官が、イラン核合意離脱への支持取り付けを行った際に、その結果としての原油高を抑制するための増産要請を行っていた可能性は従来から指摘されていた。また、ムニューシン米財務長官も複数の大手産油国と協議を行っていたことを明らかにしている。
その意味では「イラン核合意離脱→原油高→OPEC加盟国/非加盟国の増産協議」の流れにサプライズ感はないものの、ここにきて米政府の原油高批判が突出して目立つ状況になっている。特に増産要請は異例のことであり、マーケットは米国の原油価格政策にも神経を尖らせている。
■ガソリン高を認められない米政府の事情
トランプ大統領などは詳細についてコメントしていないが、マーケットでは11月の米中間選挙対策の動きとの評価が一般的である。米国のガソリン小売価格は1年前の1ガロン=2.4ドル水準に対して、5月下旬には3ドルの節目に迫る急上昇になっている。
米議会では昨年に合意した減税政策の効果を相殺しかねないとの懸念の声が強まり始めており、特にこれからドライブシーズンの本番に向かう中、ガソリン価格対策は重要な政策テーマの一つになっている。3ドルというシンボリックな価格水準が、トランプ政権の危機感を高めている。
トランプ政権としては、自らの対イラン政策、対ベネズエラ政策が原油価格の高騰を促し、家計部門がガソリン高で疲弊しているとのストーリーは認めることができないものである。単純なガソリン高への不満のみならず、米世論も二分していたイラン核合意からの離脱決定そのものに対する批判にもつながりかねず、中東産油国に対して強力な増産要請のメッセージを発している。
もちろん、産油国がこうした米国の意向に従う必要性はないが、対米関係を重視するサウジアラビアを筆頭に、OPEC事務局長も米国の意向へ配慮する必要性を訴えている。いずれにしてもイランやベネズエラ産原油の減産(リスク)へ対応する必要性は以前から指摘されていたテーマであり、この機会に米政府の増産要請に応える形で恩を売る思惑もあるのだろう。
純粋な需給の視点と同時に、米国の政治環境も、OPEC加盟国と非加盟国の産油政策に大きな影響を及ぼしている。6月5日にはカリフォルニア州など8州で中間選挙の予備選が行われているが、中間選挙対策としてのガソリン高抑制に向けての米政府の本気度も、原油価格の動向を探る上で無視できない状況になっている。