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引退した浅田真央が広めた「ノーミスをする」という表現は自分と向き合う真摯な姿勢から出た言葉である

いしたにまさきブロガー/ライター/アドバイザー
(写真:田村翔/アフロスポーツ)

日本だけはなく世界をフィギュアスケートで10年以上に渡って魅了し続けた浅田真央選手が引退しました。これだけの長い期間、それも10代から世界のトップレベルで活躍し続けた選手なんてめったいにいないわけで、ヤフーのリアルタイム検索でも驚くような数字が出ていました。

ヤフーリアルタイム検索のキャプチャー画面
ヤフーリアルタイム検索のキャプチャー画面

また漫画家の江口寿史さんのツイートにはこんなエールの仕方があるのかと感激しました。

私の個人的な話で言うと、ツイッターのオリンピック公式アカウントがポストしたバンクーバーオリンピックの演技を何度も見続けていました。

もちろん浅田真央の引退会見もテレビだけではなくネットでの中継も入っていたので、かぶりつきたかったのですが、あれやこれやで時間的な余裕がなく、THE PAGEの全編動画を見たのは深夜になってからのことでした。

この記者会見については、すでに質問がひどかったとか泣くまいとする真央ちゃんがすてきだったとかいろいろとつっこみ合戦となっています。たしかに記者の質問の中には首をひねるようなものもありましたし、記者としては聞かないといけないという職業的倫理観に起因するものも多くあったと思います。

ただ、全編動画を見てみるとむしろそれらの質問に答える真央ちゃんと会見を円滑に進行し終わらせようとする司会の方のいい仕事ぶりが伝わってくる内容でした。みなさんもぜひご覧になることをおすすめします。

ただ、驚くべきはこのTHE PAGEによる浅田真央の引退会見の全編動画の再生回数です。浅田真央の引退会見は当然テレビでも流れているし、ダイジェスト版動画も報道各社からたくさんアップされています。それにもかかわらず、1日でこの全編動画が50万回以上も再生されているのです。

視聴する側の心理としては、以下の3つのものがあげられると思います。

  • 浅田真央の姿を直接見たい
  • 浅田真央の言葉を直接聞きたい
  • メディアによって編集された動画を見たくない

とにかくみんな真央ちゃんの最後の様子をできるだけそのまま見たかったということです。では、なぜこういう心理が働いたのでしょうか。もちろん、それだけみんなから愛された真央ちゃんだからということはできますが、それにしても1日で全編動画が50万回再生です。それは浅田真央という選手が演技だけではなく「言葉」を持っていた選手だからなのではないかと思うのです。

浅田真央が活躍しインタビューに答え続けた10年というのは、実は「ノーミスをする」という言葉が世間に広がっていた時期でもあります。

真央ちゃんはおそらく「ノーミスをする」という言葉を「ノーミス演技をする」という意味で使っていたと思います。フィギュアの世界ではノーミス演技というのは一般的に使われる言葉だからです。でも真央ちゃんにとっては演技をするのは当たり前のことですから、演技という言葉が消え「ノーミスをする」という表現になったのだと思います。真央ちゃん以外にも、この表現を使う選手はいます。

ところがこの「ノーミスをする」という言葉は、フィギュアの世界を超えて流通し始めます。その理由としては、ノーミスをするという言い方が耳慣れないものであったこと、そしてミスをしないという言い方よりもポジティブな印象を受けるからです。

ノーミスという言葉が広がるにつれて、日本語の乱れとか用法としておかしいといったことも言われてはじめ、ヤフー知恵袋にでさえ「ノーミス」というタグすら存在しており、ノーミスという言葉に関する様々なやり取りが記録されています。

しかし、フィギュアという競技のことをもう一度考えてみると、世間に広がったノーミスとフィギュアの世界のノーミスでは意味合いが異なってくるのです。

一般的なスポーツ、野球・サッカーなど、では自分のミスは基本相手の得点や自分の失点につながります。つまりミスは試合の結果そのものに大きく影響を及ぼしますし、ミスがなければ試合に負けることが限りなくゼロに近づきます。

ところがフィギュアの世界ではそうではないのです。試合結果を伝える言葉で以下のようなものを耳にしたことがあると思います。

  • ノーミス演技なのに敗れた
  • ノーミスで惨敗

これはどういうことかというと、一般的なスポーツというのは基本加点方式ですが、フィギュアは減点方式で試合結果が決まるからなのです。さらにその減点になる対象のプログラムは、選手本人がプログラムを作り、その難易度によってベースになる点数が異なってくるというところがポイントです。

実際の計算ルールはこんなに簡単なものではないですが、わかりやすくするために計算の例を出してみましょう。

  • 選手Aのプログラム100点、1回ミスでマイナス5点で結果95点
  • 選手Bのプログラム90点、ノーミスで結果90点

フィギュアスケートの審査結果に時として見ている私たちが混乱することがあるのはこれが理由です。しつこく言いますが、実際の採点はこんなに簡単なものではありませんよ。

また、浅田真央という選手が観客だけではなく、同じフィギュアスケートの選手から尊敬され、今回の引退が惜しまれるのも、浅田真央が自分で選んだプログラムの難易度が高いからなのです。

さて、ここまで整理してくると、やっと真央ちゃんのノーミスをすると世間で使われるノーミスをするの違いが見えてきます。

  • 真央ちゃんのノーミス、自分で設定した目標を日々の練習の積み上げで実現する自分が当然やるべきこと
  • 世間のノーミス、他者による介入が想像できる場面での自分を鼓舞するための願望

だから真央ちゃんが言うノーミスにはどこか淡々としたフラットな印象があり、世間が言うノーミスには強めの表現の印象があります。引退会見でもノーミスという言葉に関して記者から質問がありましたが、真央ちゃんはずっと笑顔でにこやかにその質問に答えています。

もちろん言葉なのでこの先ノーミスをするという言葉が使われる人たちの間でどう使われてもいいと思いますし、私自身はきっと自分の人生では使う機会がない言葉だと思います。

ただ、この言葉を広めた浅田真央という選手は、ネガティブとかポジティブとかじゃなくて、あくまでも自分の目標に真摯であろうとする姿勢から「ノーミスをする」という言葉を使っていたのではないかと思うのです。それを引退という機会に一度見直しみるのもいいのではないかと思います。

ブロガー/ライター/アドバイザー

Webサービス・ネット・ガジェットを紹介する考古学的レビューブログ『みたいもん!』管理人。2002年メディア芸術祭特別賞、2007年第5回Webクリエーションアウォード・Web人ユニット賞受賞。「ネットで成功しているのは〈やめない人たち〉である(技術評論社)」「あたらしい書斎(インプレス)」など著書多数。2011年9月より内閣広報室・IT広報アドバイザーに就任。ひらくPCバッグ・かわるビジネスリュックなど、ネット発のカバンプロデュースも好調。 #カゲサポ

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