介護保険に頼らず認知症予防につながるスクール、「大人の教室」はどんな教室か?
年々高まる介護予防意識の重要性
高齢化の進展とともに、要介護者の数は年々増加を続けています。平成27年度の要介護(+要支援)認定者数は620万人に上っています。介護保険導入年(平成12年)の数は256万人でしたから、要介護者数は15年で倍以上になったわけです。(「介護保険事業報告年報」)
要介護者数は、おおむね毎年20万人前後増加しており、それに伴って介護給付費額も増加を続けています。介護給付費は9兆円規模(平成27年度3月末)となり、これも毎年3〜4千億単位で増え続けています。
持続可能な社会保障制度を維持していくためには、介護予防の意識を自ら身につけることが重要です。高齢社会大綱では、「全市町村が保険者として地域包括ケアシステムの深化を進めるべし」と書かれておりましたが、それに加え「本人自身の介護予防に対する自覚」を深化させることが重要であると言えるでしょう。
医療の分野では自分自身の健康に責任をもち、軽度な身体の不調は自分で手当てする「セルフ・メディケーション」(WHOの定義)というキーワードがあります。それと同様に介護にならぬよう日頃から自ら気を配る「セルフ・プリベンシブ・ケア(セルフ介護予防)」の意識向上が大切であると言えるでしょう。
とは言っても、自分自身で意識を保ち続け、努力していくのはなかなか困難です。介護予防、認知症予防と一言でいっても、いったい何をやればいいのかわからない。そのような人も多いでしょう。今回ご紹介する「学研 大人の教室」は、そのような人たちにとって、介護予防、認知用予防の適切なメソッドを提供する「学びのスクール」と言っていいかもしれません。
「学研 大人の教室」とは?
昨年4月にスタートした「学研 大人の教室」(以下、「大人の教室」)。その様子を実際に拝見してきました。場所は神奈川県横浜市、JR鶴見駅から歩いて10分ほどの場所。当日は12名の生徒が参加されていました。生徒と言っても、年齢は70歳から80歳にかけての方が中心ですから立派に「大人の教室」です。
約90分間のプログラムは大きく、「学び」「運動」「アート」の3部(それぞれ30分)で構成されています。
ファシリテーターの服部さんにより、最初に軽いウォーミングアップと認知機能に関する説明に続き、「学び」のプログラムが始まりました。
最初に二字熟語の類義語が60個ほど書かれたプリントが配られます。小学校の頃、目にしたようなプリントです。それを全員で音読し、類義語を書き取ります。教室はしんと静まり、鉛筆のさらさらという音だけが聞こえてくる。ちょっと緊張感も伝わってきます。まさにここは「教室」です。
このプログラムは、学研と東北大学が行った共同研究をもとに開発したオリジナル脳活性プログラム「脳元気タイム」をベースとするものです。ちょっとだけ負荷のかかる作業を繰り返し行うことで、大脳の前頭前野を活性化する効果があるそうです。
書き取り以外にも、計算、百人一首(写す・読む)、英語(発音する・なぞる)などさまざまなアクティビティが用意されており、飽きることはなさそうです。プログラムは、和やかな笑いと会話を挟みつつ進行していきます。
「学び」プログラムが終わると軽い休憩。その間にも皆さんは思い思いにおしゃべりを継続。友達同士の会話も教室に通う大きな楽しみ、ということが伝わってきます。
「学び」に続くのは「運動」プログラム。場所を移動して、先生を囲み車座に椅子に座ります。プログラムは椅子に座ったままでのストレッチ体操が中心です。頭から首筋、肩、腕から足、腿、膝、足首と順番に身体の要所を曲げ、伸ばしていきます。動作自体は単純ですが、繰り返すことで、しだいに汗がじんわり出てくるくらいの負荷です。
最後には、脳トレ的な要素も運動に加わります。腕を伸ばしながらグーとパーを順番に出す、数を数えつつ4の倍数で手をたたくといった運動でこれも前頭前野活性には効果がありそうです。
「運動」の終了後は、再び休憩を挟み、最後のプログラムは「アート」。芸術造形研究所によって開発された臨床美術の要素が盛り込まれています。この日はスケッチブックとオイルパステルを素材に、「春のそよかぜ」をテーマとする作品にトライです。
パステルの中から3色を選び、自分のそよ風を思い思いにスケッチブックに表現します。ピンクのやさしいそよ風を表現する人もいれば、そよ風というよりは突風?的な表現を試みる方も、それぞれ自由にかつ真剣に取り組む姿が印象的でした。近くの席同士で作品を褒め合ったり、評価しあったり、ここでもおしゃべりが絶えることはありません。最後に、生徒の中からいくつか作品を取り上げ、皆に披露し、この日のプログラムは終了です。
しかし、プログラムはそれだけで終わりではありません。加えて、宿題があるのも「大人の教室」の特徴です。ぬり絵、計算問題、漢字などの数枚のプリントが宿題として渡され、次回の教室までに皆やってこなくてはなりません。週に1度の「大人の教室」だけでトレーニングを行うのではなく、毎日の宿題を行うことでさらなる認知症予防、介護予防に繋がるというわけです。
プログラムを通じて、とにかく笑いと会話が絶えない楽しい会というのが「大人の教室」の印象でした。
仲間が増える、話すのが楽しい「大人の教室」
教室終了後に何人かの生徒に授業の印象をお伺いしました。
久松さん(80歳・男性)は、教室のことを知った娘さんの勧めに従って参加しました。「家にいてもやることがなく、ぼうっとしていたのですが、今では週一度のこの教室に参加するのが楽しみ。」「毎週の宿題がいい。家でやることが出来るからね」と語られます。
姉妹でご一緒に参加されているのは、堤さん(75歳・女性)と長田さん(70歳・女性)。堤さんはこの教室に参加される以前は、ともするとご主人が帰宅するまで一日誰ともしゃべらない日も多かったと言います。教室に参加されてからは、友達も増えたし、加えて買い物が楽しくなったと語られます。
「スーパーでのおつりの計算がすごくおっくうだったのだけど、(ここに参加してから)ちゃんと小銭が出せるようになり、買い物が楽しくなりました。」(堤さん)妹の長田さんも、「参加することで姿勢が良くなったし、足もちゃんと上がるようになった。」そうです。長田さんも堤さんも、教室に通われてからお互いが「明るくなった」と感じているようです。
「あそこに行ってみんなに会って話しをすると安心する。同じ目的を持った人たちが同じ授業を受けることが良いのよね」と長田さんは語られます。
ファシリテーターの服部さんは、この教室の進行で「出来るだけ皆が笑顔でいられるかどうか、お顔の表情や体調を気にかけています」と語られます。たしかに高齢期となると、日によって体調の好調不調にも幅が出てくるものです。そうしたこまめな気配りも、この教室がなごやかな雰囲気で進むポイントであると言えるでしょう。
介護保険にたよらない介護予防
「大人の教室」は、自立した人のための、介護予防・認知予防サービス。同様のサービスは自治体などでも行われていますが、予算の都合もあり参加者人数が限られていたり、プログラム内容に今ひとつ魅力がないこともあり、参加人員は伸び悩んでいるという声も聞こえてきます。
それに対して、「大人の教室」は、飽きずに楽しめるさまざまなプログラムの工夫がなされています。
昨年4月からスタートした「大人の教室」。この教室を展開するのは、学研のグループ会社でサービス付き高齢者住宅などの高齢者福祉事業を展開する学研ココファン。「大人の学校」開発の経緯を学研ココファンホールディングス、望月久豊広報課長と学研ココファン、秋葉修一「学研大人の教室」担当マネージャー、佐藤信子「学研大人の教室」担当サブマネージャーにお伺いしました。
古い世代の方にとっては学研と聞くと、学習雑誌の「科学」「学習」などがお馴染みで、教育関連の会社とお考えの方も多いでしょう。しかし同社は約15年前より高齢者向けサービスにも参入しており、現在では、全国でサービス付き高齢者向け住宅、在宅介護、訪問看護などの高齢者福祉事業を幅広く展開しています。
以前の教育分野でも、保育所や学童保育などの展開を行っていることもあり、以前より子ども×老人を掛け合わせた多世代交流を積極的に行っていましたが、最近では、0歳の子どもから100歳を超える高齢者までの全世代を対象とした多世代共生型の「学研版地域包括ケア」拠点づくりを進めています。
同社の主な高齢者事業の柱としては、サービス付き高齢者向け住宅ですが、「脳元気タイム」は元々このデイサービス向けに開発されたプログラムであったそうです。
「大人の教室」は、ここで培われた知見をベースに、要介護状態ではなく自立した高齢者の方々に提供可能なサービスとして改めて開発されたものだそうです。
現在は、学研の高齢者住宅「ココファン」等を利用して9カ所で展開している「大人の教室」ですが、「今後は、全国120カ所のココファンでの展開の他に、直営の塾の空き時間の活用や、自治体からの受託なども含めて全国に広めていきたい。」と秋葉マネージャーは語ります。
冒頭に述べたとおり、介護予防の必要性がますます高まる中、皆が参加して、「楽しかった」「面白かった」と思えるプログラム開発の重要性は言うまでもありません。やってみて、「辛い」「痛い」プログラムは長続きするはずがないのです。その意味において「大人の教室」のプログラムは、良く練られた認知症予防プログラムであると言えるでしょう。