マインドコントロールの罠:オウム事件死刑執行から
< カルト団体は、あなたもあなたの家族も友人も狙っている。麻原彰晃が死刑になっても、マインドコントロールの危険性は続いている。>
■オウム真理教事件7人の死刑執行
オウム真理教の松本死刑囚ら7人の死刑が執行されました。法的には、事実が解明され、刑が確定し執行されたわけですが、社会的心理学的には、未解明の部分も多いでしょう。
私達は、この事件から学び、カルト団体の洗脳やマインドコントロールから個人を守り、また破壊的カルト集団による第二のオウム真理教事件を防がなくてはなりません。
■洗脳、マインドコントロールの被害者、加害者
誰もが、洗脳やマインドコントロールのの被害者になります。ただ、被害者になりやすい環境はあるでしょう。また加害者になりやすい、「マスター・マニピュレータ」(人を操る名人)とも言うべき人々もいます。
麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚をはじめ、死刑執行された人々はどうだったのでしょうか。同種の犯罪防止のためにも、考えていかなくてはなりません。
■洗脳とは/マインドコントロールとは
洗脳とは、暴力的な方法を使った強制的な思想改造です。捕虜を監禁し、眠らせなかったり、殴る蹴るなどの拷問を与えたり、薬物を使用したりします。心身の激しい苦痛を与え、そのあとに今度は一転して優しくするなども、洗脳の手法です。
オウム真理教では、「感覚遮断」「飢餓(低栄養)」「睡眠の剥奪」、そして拷問に近い過酷な修行が行われ、薬物も使用されました。
一般的な現代のカルト団体などは、新入会員に対して「世間では洗脳団体など悪口を言う人もいるけれど、そんな暴力的な監禁も拷問もしていないでしょ」と説明することもあります。しかしそのカルト団体は、暴力的な洗脳はしていませんが、もっと巧みなマインドコントロールを行なっています。
マインドコントトールとは、本人が心理操作を受けていると気づかないうちに、個人の思想や行動を誘導する悪質な方法です。周囲から見ると、短期間にすっかり人が変わってしまったと感じるでしょう。
オウム真理教は、洗脳的な手法とマインドコントロール的な手法の両方を用いていました。
■マインドコントロールの4つの手法
1. 行動のコントロール
ある行動は激しく非難され、ある行動はとても賞賛されます。細い行動まで規制されます。月に何時間宣教活動をするか、誰とつきあうか、どこに住むか、何時間寝るか、夫婦間のセックスの仕方まで指示されることがあります。
2. 思想のコントロール
徹底した教え込みを行います。彼らは、教祖や組織のリーダーたちだけが真理を知っていると主張します。今までのどの宗教でも学問でもわからなかった真理が、今わかったと主張します。キリストもお釈迦様もわからなかった、人類永遠の謎が、今やすべてわかったなどと言うこともあります。
3. 感情のコントロール
恐怖と不安の感情を中心にコントロールされます。すぐにハルマゲドンが来て、組織に従わない者は滅んでしまうなどと言います。組織の命令に反した場合には、他のメンバーに叱られるだけではなく、恐ろしいことになると教えられます。
4. 情報のコントロール
組織に対する批判的情報の禁止です。一般の新聞や雑誌を禁止することもあります。ネットの自由な使用を禁止することもあります。特に、脱会者の文書に触れることを強く禁止します。
これらの一つひとつは、一般の団体でもないこともないのですが、4つが強力に総合的に行われると、人はマインドコントロールされてしまうのです。
■オウム死刑囚の7人
麻原彰晃 あさはら・しょうこう(松本智津夫 まつもと・ちずお)元死刑囚
「私の生い立ちは不幸だった。泣いてばかりいた」と彼は語っています。視覚障害があり、親から離れ盲学校に入りますが、彼は親に捨てられたと感じたようです。全盲ではなかった彼は、盲学校の中で力を力を行使し始めます。かなり無理な方法で周囲の子供を支配していたと伝えるメディアもあります。しかし、買収までして努力した生徒会選挙には落選でした。彼は票の操作があったと考えたようです。
彼は成人後に仕事を始めますが、薬事法違反で罰金刑を受けています。その後、ヨガ教室から始まり、宗教法人を強引な方法で取得し、オウム真理教の教祖となります。教団が大きくるに従い、政界進出を目指すものの落選し、票が操作されたとの陰謀論にとらわれ、武力によるテロ行為へと走りました。
彼の生涯を見ると見ると、有能で魅力的な面はあるものの、プライドが高い一方で思い込みが激しく被害者意識も強く、自分の目標のためなら手段を選ばない生き方をしてきたように思えます。
また彼は、30人以上の女性信者を性の対象としていたとの報道もありました。
井上嘉浩 いのうえ・よしひろ 元死刑囚
日本文化大学中退。16歳で入信。教祖に寵愛され、身体的に厳しい修行に人一番熱心に取り組んでいました。同時に、本来禁じられているはずの教団内での女性関係も派手だったとの証言もあります。立件されたいくつもの犯罪に、直接関わっていました。裁判の証言によれば、「(教団内の高学歴の信者に対して)屈折した心があった」と述べています。
遠藤誠一 えんどう・せいいち 元死刑囚
京都大学大学院医学研究科博士課程中退。獣医。とても真面目な人だったようです。専門知識を活用し、サリンの生成に関わりました。
大学院で遺伝子を研究していくうちに、「生命の本質は遺伝子なのか」という疑問が生まれ、魂の存在など精神世界に興味が向かったようです。その時にオウム真理教に出会い、神秘体験を経験したことで入信しました。
取り調べ段階では、犯行を認め謝罪もしていましたが、公判開始後は一転して無罪を主張しました。
中川智正 なかがわ・ともまさ 元死刑囚
京都府立医科大学卒業、医師。オウム真理教付属病院の顧問。大学時代は、大学祭の実行委員長を務め、明るく温厚で実直な人柄と評されていたようです。軽い気持ちで麻原彰晃の本を読み、集会に出て初めて麻原に会った時に、「中川」と声をかけられ、初めて会ったのになぜ自分の名前を知っているのだろうと驚いたと言います(もちろん、トリックがあったのでしょうが)。
入信後、強烈な神秘体験を経験し、「口では言い表せないくらいの衝撃で、もう俗世では生きて行けない」とまで考えたといいます。オウム真理教が起こした犯罪のほとんどに関わりました。
裁判では、彼が経験した神秘体験は幻覚などの病気であり、正常な精神状態に無かったと弁護側は主張していました。
土谷正実 つちや・まさみ 元死刑囚
筑波大学大学院修士課程修了。有機物理化学を専攻。サリン生成に関わる。裕福な家庭に生まれ、中学時代は人気者。社会に貢献することや、自己成長への強い思いを持っていたが、挫折も体験。問題解決のために、神秘的なことへの関心を高めていったようです。
家族は彼を教団から連れ戻すために懸命に努力しましたが、彼は公判で「自分を判断力のない赤ん坊か廃人扱いした両親を許さない」と語っています。
新実智光 にいみ・ともみつ 元死刑囚
愛知学院大学法学部卒業。高校生の頃から、オカルト雑誌を愛読。ある新興宗教に入信も脱会。その後、オカルト雑誌の『ムー』や『トワイライトゾーン』などで麻原彰晃記事を読み、オウム真理教に入信。オウム真理教が起こしたほとんどの犯罪に関わりました。
裁判では、次のように語っています。「私自身は、千年王国、弥勒の世のためには、捨て石でも、捨て駒でも、地獄へ至ろうと決意したのです。つまり、多くの人の喜びのために、多くの人の救済のために、この身体、この生命を投げ捨てて殉じようと覚悟したのです」。「日本シャンバラ化計画(オウム真理教の国家転覆計画)が実現させられず申し訳ない」。
早川紀代秀 はやかわ・きよひで 元死刑囚
大阪府立大学大学院修士課程修了。SFや超常現象好み、阿含宗に入信後に、オウム真理教入信。坂本堤弁護士一家殺害事件に参加。上九一色村に第2サティアンを建設し、サリンプラント建設に関与。逮捕後に、麻原彰晃の様々な予言が外れ、保身を図る姿を見て、オウム真理教の信仰を捨てたとされています。
■麻原彰晃(松本智津夫)と洗脳、マインドコントロール
彼は子供の頃から、野心を持っていたように思えます。ただ、その動機のもとには劣等感があったでしょう。彼なりの理想を持ち、信仰に近い信念を持ち、だからこそ思い通りにいかない時には陰謀論さえ持ち込みました。
彼は、子供の頃から人心把握術に長けていました。彼には、カリスマ性がありました。自分に味方する子分を可愛がり、報酬を与え、従わない者には厳しく罰しました。普通なら遠慮してできないようなことを、彼はズバズバと実行しました。
彼は、部下や弟子たちにとっては冷たい人間ではありませんでした。怖いだけの人間に人は従いません。下の者の話を聞いたり、包容力を示すこともあったようです。
彼は、高邁な理想を語ります。言葉の表面だけなら、どの大会社の社長よりも、どの政治家よりも高い理想を語りました。日本全体を変え、世界を変える目標を、彼は明確に示しました。
これらの彼の態度は、マインドコントロールを成功させる土台となりました。
彼がその理想を実現させる方法を間違えなければ、成功したかどうかは別として、起業家や政治家を目指したことでしょう。あるいは、穏健な宗教家を目指したかもしれません。
しかし、彼は手段を選ばず、洗脳やマインドコントロールの手法を用いて、信者を支配し、多くの犯罪を起こしてしまったのです。
■6人の幹部たち
彼らがオウム真理教の幹部になったのには、複雑に絡むいくつもの理由があったことでしょう。ここでは、その中のほんのいくつかを考えたいと思います。
1 井上嘉浩元死刑囚の動機には、劣等感がありました。自分が得意とする身体的に苦しい修行に耐えれば、組織内トップの寵愛を受け、女性との関係という特権が得られる環境は、マインドコントロールの基礎となったでしょう。
また当初は破壊的カルトではなかった新興宗教に、性の問題が入り込んできたことによってカルトカしていく事例は、これまでも見られたことです。
2 遠藤誠一元死刑囚。理系の知識は豊富ながら、形而上学的な生命哲学や人生論には欠けていたアンバランスがあったのかもしれません。その隙間に、オウム真理教が入り込みました。
3 中川智正元死刑囚。真面目で優秀な医師。しかしだからこそ、現代社会の矛盾に頭を悩めますし、オウム真理教がそこに真実を示してくれたと思い込んでしまったのでしょう。
4 土谷正実元死刑囚。カルト宗教にハマる人は、不真面目な人ではありません。彼も、社会改革や自己成長を強く思っていたからこそ、オウムに騙されました。オウム心理教が、巧みに家庭から断絶させたことも、大きかったでしょう。家族が強制的にカルトから離れさせようとするのは、逆効果です。
5 新実智光元死刑囚。オカルト好きでした。雑誌でもテレビでも、オカルトや陰謀論はよく出てきます。しかしそれは、あくまでも「お遊び」です。たいていの人は、ただの面白い話で終わるのですが、オカルトを信じる心はカルト宗教を信じる心につながります。
6 早川紀代秀元死刑囚。彼はオウムの信仰を捨てています。その教理について論理的に考えた結果ではなく、教祖の不誠実さと、予言が外れた事実から、マインドコントロールが解けました。事実をしっかり見ることが、マインドコントロールと戦う武器になります。ただし、活動している最中には客観的に見ることができません。逮捕、入院など、強制的に教団の教えから離れることで真実が見えてきます。
■あなたもカルトのマインドコントロールに狙われている
あなたが、平和も家族も健康もまったく関心がなく、無責任な悪人なら、カルトによるマインドコントロールにはかかりにくいかもしれません。でも、このような記事に関心を示すような人なら、またご家族友人が真面目な善人なら、カルトはあなたや家族や友人を狙っています。
カルト団体は、最初は愛で包み(ラブ・シャワー)、教義を徹底して教え込み、高い目標を掲げ、信者達に人生の「答え」を示し、やりがいのある使命をあたえます。オウム信者達は、「教祖は、どんな疑問にも答えを出してくれる」と語っていたといいますが、これもカルトの常套手段です。既成の伝統宗教や思想を否定し、新しい「真理」を語ります(宗教学者や宗教哲学者から見れば、子供だましですが)。
カルト集団は、伝統団体の弱い部分をつきます。既成宗教が答えを明示しないものに、「答え」を示します。そして、その時々に現代人が求めているものを提供しようとします。しかし本当は、信者一人ひとりのことなど考えていません。
宗教団体が絡むと、話が複雑になります。オウム問題も、彼らが宗教団体を名乗っていなければ、もっと早く捜査の手が伸びたかもしれません。今も、学校や警察が、宗教の大切さを語りつつ(教育基本法9条、憲法20条)、同時に悪徳宗教の危険性を伝えるのには難しさがあります。
オウムは、洗脳やマインドコントロールの手法を学んでいたと言われています。私達も、予防のためにその手法を学び、破壊的カルトによるマインドコントロールと戦っていかなくてはなりません。