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親からの「受動喫煙で子どもが高血圧」に:エコチル調査から明らかに

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
イラスト作成筆者

 高血圧は、健康に大きな悪影響を与える。血圧の数値を気にする人も多いと思うが、子どもの血圧はどうなっているのだろうか。子どもの高血圧のリスク因子は何があるのだろうか。東北大学大学院医学系研究科の大学院生金森啓太医師、大田千晴教授らのチームが最近発表した研究を紹介する。

気になる子どもの高血圧

 20歳以上の日本人の半分が高血圧といわれ、高血圧の予防は禁煙と並び、生活習慣病の死亡などを減らすために必要な公衆衛生上の重要施策と考えられている。日本高血圧学会が定める成人の血圧の基準では、診察室血圧と家庭血圧に分けられ、診察室血圧の正常血圧の収縮期血圧は120mmHg以下かつ拡張期血圧が80mmHg以下、家庭血圧の正常血圧は収縮期血圧は115mmHg以下かつ拡張期血圧は75mmHg以下となっている。

 これは成人の正常血圧の数値だが、子ども、特に4歳以下の乳幼児の血圧はどうなっているのだろうか。これについて最近、東北大学の研究グループがエコチル調査(Japan Environment and Children's Study、JECS、※1)のデータを使って乳幼児の血圧と高血圧のリスク因子について調べた論文を発表した(※2)。

 同研究グループは、エコチル調査の詳細調査に参加した4988人の2歳、4歳の時点での血圧と体格、基礎疾患、環境要因などとの関係を調べた。その結果、4歳の収縮期血圧の高さに影響するリスク因子として、男児であること、肥満、親の喫煙(子どもの受動喫煙)、妊娠高血圧、親の学歴が関係することがわかった。

 特に、親の喫煙(子どもの受動喫煙)は、2歳、4歳の両方の年齢の子どもの高血圧に関係していた。そして、親のどちらかが喫煙する、両親ともに喫煙するとなるにつれて血圧が高くなる傾向があった。

2歳、4歳の時の収縮期血圧と親の喫煙を比べたグラフ。親の喫煙(子どもの受動喫煙)により、子どもの血圧が統計的に有意に上がることがわかった。東北大学のリリースより。
2歳、4歳の時の収縮期血圧と親の喫煙を比べたグラフ。親の喫煙(子どもの受動喫煙)により、子どもの血圧が統計的に有意に上がることがわかった。東北大学のリリースより。

子どもの頃の高血圧は成人になってどう影響するか

 この研究結果について、同研究グループの大田千晴氏(東北大学大学院医学系研究科発達環境医学分野教授/エコチル調査宮城ユニットセンター)に話をうかがった。

──今回、用いたエコチル調査のデータというのはどういうものなのでしょうか。

大田「エコチル調査は、胎児期から小児期にかけての化学物質へのばく露が子どもの健康にどう影響するのかを明らかにするために始められた大規模な出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯などの生体試料を採取、保存、分析し、追跡調査を行って子どもの健康と化学物質などの環境要因との関係を明らかにしています。私たちの研究の他、これまでも多くの研究成果が発表されています」

──今回の論文の目的はどのようなものなのでしょうか。

大田「これまでは、日本人の乳幼児の血圧の値、体格、基礎疾患、環境要因などとの関係についての研究がなかったので、それを調べようと考えました。乳幼児の血圧の正常値はどれくらいか調べるのも目的でしたが、どんなリスク因子が乳幼児の血圧に影響をおよぼしているのかを調べることも目的にしています」

──乳幼児期の高血圧は、その子どもが成人になって何か健康上の問題につながるのでしょうか。

大田「小規模なものはありますが、子どもの頃の高血圧をずっと追跡するような本格的な大規模研究はまだ世界的にもありません。ただこれまでにも、小児期(十代)の高血圧が成人になってからの高血圧や冠動脈疾患のリスクを高めるというアイスランドの研究(※3)や17歳から24歳までの追跡で高血圧によって左心室肥大が進行するという英国のデータを使ったフィンランドの研究(※4)はあるようです」

──小さい子どもの血圧を正確に測るのは大変ではないのでしょうか。

大田「血圧測定は、子どもが寝ているときや安静時に2回、3回と行いました。『測定時に泣いていた、嫌がっていた』など、どんな状態で測定していたのかの記載もあるデータですが、泣いていても血圧に大きな影響はないようでした。5000人近い乳幼児の大規模データを使用して解析を行い、分布が正規分布していることを確認したため、血圧の数値に間違いは生じていないと考えています」

注意したい子どもの高血圧

──今回の論文では、親の喫煙による子どもへの受動喫煙で血圧が高くなることがわかったわけですが、やはり父親の喫煙が多かったのでしょうか。

大田「これは2歳の場合ですが、母親の喫煙は3.0%(150/4986)、父親の喫煙は40.7%(2028/4986)、両親の喫煙は2.5%(126/4986)でした。父親の喫煙率が高いようにみえますが、これはエコチル調査が始まって2年後、2013年くらいの頃のデータなので,現在より男性の喫煙率は高く出ているかもしれません。また、最初に妊婦さんをリクルートしたエコチル調査の対象地域が、都市部よりも田園部に偏っている傾向があるので、それも影響しているのかもしれません」

──エコチル調査では加熱式タバコや電子タバコの親の喫煙状況も調べていると思いますが、これについては何かわかったことはありますか。

大田「今回の調査では加熱式タバコや電子タバコについて調べていません。エコチル調査自体、まだ始まって10年くらいですが、加熱式タバコや電子タバコについて質問票に入ったのが数年前です。まだ、はっきりしたデータが出そろっていない状態です」

──今回の論文に付け加えたいことなどはありますか。

大田「今回の受動喫煙と血圧の関係でわかったように、親の生活習慣や健康リテラシーは子どもの健康に影響をおよぼします。小児科の外来でもまだ乳幼児の血圧を測ることは少ないのですが、子どもの高血圧にも注意したほうがいいでしょう。特に、肥満が気になるお子さん、両親や祖父母に高血圧の血縁者がいるお子さん,これまで受動喫煙の機会があったお子さんなどは、日頃からよく注意していることが大事だと思います」

 今回の研究により、幼児期から受動喫煙を回避すること、肥満を回避することが、将来の生活習慣病や高血圧を予防するために重要である可能性があることがわかった。同研究グループは、今後、エコチル調査のデータを活用し、6歳、8歳、10歳、12歳といった学童期の子どもの血圧と環境要因との関係を調べ、成人になってからの高血圧の予防に役立てていきたいという。

※1:エコチル調査:日本全国10万組の子どもと親が参加し、子どもの健康と環境との関係について調べる全国調査。2011年から環境省が実施し、全国15地域の大学などに設置されたユニットセンターを共同で調査している(2027年まで予定)。リクルート期間を含めた3年間で約10万人の妊婦が参加登録し、妊婦やその後に生まれた子どもの血液、尿、母乳などの生体試料を採取。子どもが13歳になるまで、質問票などによる調査を継続する。

※2:Keita Kanamori, et al., "Environments affect blood pressure in toddlers: The Japan Environment and Children's Study" Pediatric RESEARCH, doi.org/10.1038/s41390-023-02796-8, 26, August, 2023

※3:Asthildur Erlingsdottir, et al., "Blood pressure in children and target-organ damage later in life" Pediatric Nephrology, Vol.25, 323-328, 1, February, 2010

※4:Andrew O. Agbaje, et al., "Arterial stiffness but not carotid intima-media thickness progression precedes premature structural and functional cardiac damage in youth: A 7-year temporal and mediation longitudinal study" atherosclerosis, Vol.380, 117197, 3, August, 2023

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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