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中編2019年のEUを振り返る:アメリカに頼らない「汎欧州支払い銀行システム計画」ー2020年への道

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
12月のEU首脳会議。ラガルドECB総裁、メルケル首相、フォンデアライエン委員長(写真:ロイター/アフロ)

2019年のEUと欧州を振り返る−2020年への道

前編:ブレグジット「なぜイギリスだけが」

中編:アメリカのVISAやMASTER等に負わない、汎ヨーロッパの新支払い銀行システム計画

後編:退任したユンケル委員長の功績。貿易政策推進と、労働者に優しい社会政策をセットで行う

<中編>アメリカのVISAやMASTER等に負わない、汎ヨーロッパの新支払い銀行システム計画

2年前の2017年には、「2017年の欧州連合(EU)では、EU内で軍事に関する計画PESCO(常設軍事協力枠組み)が進んできたのが最も大きな変化である」と、新しい動きを報告した。

今年同じように2019年の動きを新しい動きを報告するなら、それは「汎欧州支払い銀行システム計画」だろう。

この計画の存在は、AFP通信が初めて明らかにしたと言われている。

現在の世界では、カードの決済はほとんどすべてアメリカを通している。

フランス人がドイツでカードで買物をしても、フランスの銀行からドイツの銀行に直接情報が行くわけではない。必ずアメリカの超巨人、VISAやMASTERのネットワークを通るのである。もちろん、日本人が韓国で買物をしても同じである。

最近ではここに、やはりアメリカ企業であるApple、PayPal、Facebookなどが参入している。

いずれもすべてアメリカ企業だが、国際舞台での例外があるとしたら、中国のAlibabaだろうか。中国はここでもアメリカに対抗しようとしている。

このような情勢の中で、数か月間熟考した後に、ヨーロッパの約20の大手銀行が「汎ヨーロッパの支払い銀行システム」に取り組み始めたのだ。このプロジェクトの目的は、欧州中央銀行(ECB)の主導により、旧大陸のアメリカ(と中国)の巨人への依存を減らすことである。

このプロジェクトの名を「PEPS-I」(汎欧州支払いシステム計画/Pan European Payment Solution Initiative)という。

この記事は『レゼコー』(フランスの日経新聞)と『ル・モンド』を基に説明する。

「ヨーロッパの主権を」と望む欧州中央銀行

プロジェクトの関係者は、PEPS-Iがすべての支払い方法(カード、振替、口座振替)をカバーすることを望んでいる。フランスの銀行家によると「目標はグローバル化することです」という。

このプロジェクトは、欧州中央銀行から繰り返されていた要求に対応するものである。 2017年以来、フランクフルトに拠点を置くこの機関は、この分野において「欧州の主権」を心配し続けていて、このようなシステムを提唱してきたのである。

フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、オランダなど、12のヨーロッパの国がこの計画を進めている。これらの国々は、当然独自の国家スキームを持っていて、各国に存在する銀行によって管理されている。この計画を実現するには、「システムを調和させる必要があります」とフランスの銀行家は述べる(フランスは「GIB/EIGカードシステム」というものを持っている)。

計画は巨大である。 「これは明らかにヨーロッパが管理しなければならない最大のプロジェクトの1つです」と銀行の情報筋は言う。各国がそれぞれの産業とインフラを持っているが、銀行は共通のシステム構築に同意しなければならないのだ。さらに、銀行はトレーダーやユーザーなど他のプレーヤーを説得する必要もある。

再度の挑戦

実はこの試みは、初めてではない。ほぼ同様のイニシアチブが、2011年に開始されていた。

「Monnet」と呼ばれる計画だったが、コンセンサスと政治的な支援が不足していたので、放棄されてしまった。

しかし、約2年前から、極秘裏にこの「汎欧州支払いシステム計画」が再度進められてきたという。銀行の中には「もし我々が動かなければ、5年後には『ビッグテック』によって、ヨーロッパは支払いの分野で、完全に外されることになるだろう」という焦りがあったと欧州当局者は説明する。

重要なマイルストーンに達したのは今年2019年11月13日であった。欧州中央銀行の理事会は、民間戦略であるため、この戦略に名前を付けずに奨励した。12月4日、フランス銀行総裁のフランソワ・ヴィレロイ・ドゥ・ガルアウは、「PEPS-I計画という枠組みとして、欧州の銀行が取り組む準備をしているという挑戦」を歓迎した。 「市場の断片化と、非ヨーロッパのソリューションが優位に立つことを回避する」ことを可能にするべきだと述べた。

2020年前半には活動を始動

誰がこの計画の背後にいるのだろうか。

フランス人はフランスが、ドイツ人はドイツが、この計画の背後にいると信じている。そして、他の銀行は欧州中央銀行がシグナルを出したと信じている。

今は「ヨーロッパで数えられるすべての銀行」、つまり、前述のとおりフランス、ドイツ、スペイン、イタリア、オランダなどの約20の組織が集まり、組織委員会内で定期的に会合し、プロジェクトの進捗状況を、より小さい規模の銀行に通知して連絡をとりながら進めていく。

金融機関に約50億ユーロの費用がかかる可能性があるこの巨大プロジェクトは、2020年の前半に活動段階に入る予定である。

共通の通貨ユーロをもちながら、この分野での欧州の主権を確立していこうとする欧州中央銀行とEU。

イギリスの金融関係者は、この計画を知っていたのだろうか。

そして、今から思うと、秋にスイスの銀行がEUとの協定を締結する問題が上がっていたが、プライベート・バンクの問題だけではなく、この巨大計画が背後にあったからなのかもしれないと思った。

2017年後半くらいから続く軍事の進展と並んで、これは欧州と世界の地図を大きく変えていく可能性のある巨大プロジェクトだと筆者は思う。

最後に大変余談ながら、一言だけ付け加えさせていただく。欧州中央銀行の総裁はラガルド氏(フランス人)、欧州委員会の委員長はフォンデアライエン氏(ドイツ人)。両方とも女性である。

男女平等の度合いを調査した2019年の「ジェンダー・ギャップ指数」では、日本は総合順位で121位。この日本のすさまじい後進国ぶりをきちんと改善しないと、国際舞台で大変みっともないと思う。

後編に続く

前編:2019年のEUを振り返る。ブレグジット「なぜ、イギリスだけが」ー2020年への道

後編:2019年のEUを振り返る:退任したユンケル委員長の功績。貿易政策推進と、労働者に優しい社会政策をセットで行う

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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