市村正親「僕は頑張れとは言わない」ミュージカル初共演の長男に伝えた言葉とは…
今月7日から本公演の幕を開ける名作ミュージカル「オリバー!」に主演する市村正親さん。“ミュージカル界の巨匠”と言われるプロデューサーからの熱烈なオファーで市村さんの出演が決まった注目の舞台ですが、長男・市村優汰(ゆうた)さんとの念願のミュージカル初共演も実現しました。父であり、役者の先輩として優汰さんに送った言葉とは?さらには、デビュー50周年を目前に考える引き際、次世代に伝えたい思い…など、いつものパッションある熱い言葉で語ってもらいました。
-「オリバー!」は全役オーディションの中、市村さんだけご指名だったそうですね。
プロデューサーのサー・キャメロン・マッキントッシュに、7~8年前から「Mr.市村にやらせたい役がある」と言われていたんです。
彼が手がけた「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」などの原点である「オリバー!」のフェイギン役(少年スリ団の元締め)をやるのは、俳優にとって大変名誉なことだから、彼の期待を裏切らないように作らないといけないなと思っています(フェイギン役は武田真治とのWキャスト)。
-そして、優汰さん(13歳)との念願の共演が決まりました。お祝いはしましたか?
本人は役付き(ギャング団・スネイク役)だと喜んでいたけど、特にお祝いとか特別なことは何もしなかったです。
ただ、歌唱披露をした日に、「きょうから君は『市村優汰』という俳優として、世の中に出ます。これからは責任感を持って、自覚を持って、物事に対峙(たいじ)していきなさい」ということは言いました。稽古場では他人です。彼は僕にダメ出しをくれるけどね。
-ダメ出しとは?
「パパ、音が外れていたよ」とか「セリフ違っていたよ」とか。ついこの間も『この世の、お宝は、銀行が握ってる』というセリフで「パパ、きょうは『この世のお宝は~』ってつながってたよ」と言ってきて。「つながってないよ」「つながってた」と言い合いになったんだけど、こっちはちゃんと稽古を録音しているから、それをバンと出して「ほら、つながってないだろ」「あ~、つながってなかったね」とか話しています。
向こうはどこかで対抗意識を持っているのかな。前に僕も1回、彼に発声について言ったことがあったんだけど、「それはパパの発声。僕は先生の言うことを聞いてやっているから」と言い返されたからね。
-出演する子どもたち(東京公演総勢54人)は、皆オーディションで決まったんですよね?
そう。うちの子は、前に別のオーディションで落ちて。それが引き金になって、そこから3年間、タップダンスや発声を習って頑張っていました。
-市村さんのお子さんでもオーディションに落ちるんですか?コネはないんですね(笑)
コネなんかあるわけない!落ちるよ!特に外国人の演出家たちにはそういうこと一切関係ないから。ミュージカルのオーディションは厳しいんですよ。オーディションは去年10月から始まって、今年の2月にワークショップ、最終的に5月に海外から演出家と振付家が来日して、そこで最終オーディションが行われました。
-息子さんが、この仕事をやりたいと言い出したのはいつから?
もうずいぶん前です。下の子は、僕がやった役を全部やりたいと言っています。上のお兄ちゃんは、僕がやった役の倍やりたいそうです。実は今回、下の子も「オリバー!」のオーディションを受けたんですよ。
1回目のオーディションで「もう二度と行きたくない、あんな緊張するところは嫌だ」と。しかも「パパ、これ犬が出るんでしょ?」と聞くから「犬、出るよ」と答えたら、「嫌だ」って1回目でやめました。舞台に出る夢はまだ持っているみたいですけど、(苦手な)犬が出るのは嫌だということで(笑)。本人がまたやる気になったら、その時にね。
-お子さんたちに、アドバイスをしたり「頑張れ」と言ったりはしないんですね。
僕は言わないです。頑張っている人間に「頑張れ」って、ましてや親に言われるのは嫌だと思いますよ。好きな女の子に「頑張ってね」って言われたら「嬉しい」ってなるけどさ、親に言われたら「もう頑張ってるよ」ってなりますから。
僕自身、やりたいと思ったら即、ハナ肇さんや青島幸男さんの家に「弟子にしてください」と訪ねていくようなタイプでした。昔は、雑誌にタレントの自宅住所が出ていたからできた話だけど(笑)。それに、高校生の頃からアルバイトをしたお金で日本舞踊や歌を習ったりと“自分でやる子”だったから、人に言われてやるのではない方がいいと思っています。
-今のミュージカル界をどう見ていますか?
若手がどんどん育ってきている、という気がします。歌の上手い子が多くなったね。僕は山崎育三郎の母親役(「ラ・カージュ・オ・フォール」)も父親役(「モーツァルト!」)もやっているし、井上芳雄は「モーツァルト!」の初演から一緒だし、古川雄大は楽屋で腹筋のトレーニングを手ほどきしてたり。木村達成とか、若手の皆とはLINEのやり取りをしていて、舞台も観に来てくれます。
-皆さん、市村さんを慕っていますね。
本当?もしそうだとしたら、それは僕の芝居に対する情熱を見てくれているんじゃないかな。
-なぜ長い年月、情熱を持ち続けていられるんですか?
自分の好きな仕事だから!自分が選んだ仕事だから!周りに「やれ」と言われたことじゃない。俺がなんとしても、他人の激しい人生を2~3時間生きる、この役者というものをやりたい、と思ったことを今もやれているから。これは永遠です!
でも、自分の肉体がしんどくなってできない時が来たら、それが最後。今回のフェイギン役も、エネルギー全開の子どもたちと一緒にやっていると足腰がきつい時もあります。それでも、マッサージやマグマヨガで体のケアをして、最高のパワーを出して演じています。
この年齢になると、1回1回の舞台が最後だと思って臨んでいます。70歳を過ぎているんだから、いつ何がどうなるか分からない。
もちろん、年をとったからこそできる演技というものもあります。今回、フェイギン役に「恐ろしいことだよ、オリバー、年をとるってことは」というセリフがあるんですけど、これは実感で言えている。
でも、「生きる」(黒澤明監督の映画をミュージカル化、胃がんで余命幾ばくもないことが判明した初老男性の人生を描く)だったら、役者としての動きも少ないし、まだ10年はできるかな。
-次世代に伝えていきたいことは?
やはり「心」ですよ。本当に「心」がある人はまだ少ないなと感じるな。役を生きるというか、役のハングリーな部分、根底が見えてこないとね。それっぽく見えるだけじゃなくて、歌の中からも情念・情熱・執念を絞り出すことです。
-どうすればできるんでしょう。
それを、迷って見つけるんだよ!教えてもらうものじゃないから。「自分は、まだ欲と闘っている」「自分には、まだスケベ根性がある」…そういうものと闘いながら、自分で見つけてくるのよ。いろんな人の言葉をヒントにしてね。
僕には、浅利慶太さんや蜷川幸雄さん、たくさんの人の言葉がいっぱいあるんです。それは自分に言われた言葉じゃなくてもいいの。今でも時々、蜷川さんのドキュメンタリーを見るんですけど、藤原竜也が蜷川さんに言われているのを聞いて、「この言葉、今の自分に合っているな。よし、俺もそうしよう」といただいちゃう。大事なのは、待っているだけじゃなく、自分で見つけにいくことです。
■ミュージカル「オリバー!」
ロンドン・ミュージカルの原点と呼ばれる不朽の名作。ビクトリア朝時代のロンドンで、ひどい仕打ちを受けていた孤児のオリバーは、街でコソ泥とスリの集団の元締めの老人・フェイギンに出会い、子どものギャング団に取り込まれる。つらい境遇にある人々が懸命に生きる姿を描く。10月7日に東京・東急シアターオーブで開幕(プレビュー公演は9/30~10/6)。その後大阪(12/4~)でも上演される。
【インタビュー後記】
ものすごいエネルギーです。市村正親さんは、私がミュージカルを観るきっかけになった方です。劇団四季~退団後と、長年にわたり観劇と取材を続けてきましたが、ギラギラしたオーラは一切変わることがありません。目力の強さは半端なく、その語り口からは、舞台へのパッションがあふれ出てきます。今回引き際についても言及されていますが、市村さんが舞台から離れる姿は想像できません。何歳になっても学ぶ心を忘れず、高い集中力で臨む姿は、どれだけ多くの人に影響を与えていることでしょう。間近で見てきた息子さんたちがどう成長されるのかも、ひそかな楽しみです。
■市村正親(いちむら・まさちか)
1949年1月28日生まれ。埼玉県出身。西村晃の付き人を経て、1973年に劇団四季の「イエス・キリスト=スーパースター」でデビュー。退団後は「ミス・サイゴン」のエンジニア役が高く評価され、「ラ・カージュ・オ・フォール」「スクルージ」などのミュージカル、「リチャード三世」「NINAGAWA・マクベス」などのストレートプレイ、「市村座」での1人芝居など、さまざまな舞台・映像作品に出演。映画「燃えよ剣」、「劇場版 ルパンの娘」が2021年10月15日、映画「そして、バトンは渡された」が2021年10月29日に公開予定。2023年、デビュー50周年を迎える。