世紀の失敗作「サンダーバード」実写で主演だった子役、ヴェネチアで監督賞! これも映画界での成功の道筋
1960年代に“人形劇”の特撮TVシリーズとして、日本でも大人気を博した「サンダーバード」。その実写版として同名の映画『サンダーバード』が誕生したのは、2004年のことだった。
オリジナル版の人気から日本での公開にも高い期待が寄せられ、ロンドンの撮影現場には日本から大勢のジャーナリストが招かれたりもしたのだが、結果は興行収入10億円と芳しいものではなかった。その日本での数字はまだマシで、北米の年間ランクでは169位、世界では年間123位と、ハリウッドのメジャースタジオの大作としては、ありえない惨敗。「007」シリーズでおなじみのロンドンのパインウッドスタジオに特大スケールのセットが作られ、セーシェル島でのロケまで行うなど、製作費は破格。そして日本語吹替版を「V6」の6人が担当というのも話題だったのだが……。人形、ミニチュアならではの魅力を、等身大の世界で受け継ぐには、ひと工夫が必要だったのかもしれない。ヒットすれば、日本を舞台に描く続編も作られたらしい。
実写『サンダーバード』は、元宇宙飛行士の富豪と5人の息子による「国際救助隊」の活躍を描く、ファミリー・エンタテインメント。中心で活躍するのが、末っ子(五男)のアラン・トレーシーで、彼の成長がメインのドラマになっていた。そのアラン、つまり主役を演じたのが、ブラディ・コーベットであった。吹替版は岡田准一が担当した。
それから20年後の2024年9月、ブラディ・コーベットは、世界3大映画祭のひとつ、ヴェネチア国際映画祭の晴れの授賞式で、トロフィーを掲げることになる。監督作の『The Brutalist(原題)』が銀獅子賞(監督賞)に輝いたのだ。ホロコーストを生き延びたハンガリー出身のユダヤ人建築家ラズロが、アメリカへ渡るこの大河物語は、上映時間が3時間35分という堂々たる大作。ラズロ役は、オスカー俳優のエイドリアン・ブロディ。
ブラディ・コーベットは、36歳にして世界的な巨匠の地位に一歩近づいたと言っていい。コーベットの初監督作は、2016年の『シークレット・オブ・モンスター』で、この時もヴェネチア国際映画祭のオリゾンディ部門で監督賞・初長編作品賞を受賞している。ヒトラーを思わせる独裁者の少年時代を描いた同作で、コーベットは並々ならぬ演出の才能をみせつけた。その後、ナタリー・ポートマン主演の『ポップスター』も監督(これは賛否両論)。『The Brutalist』が長編監督3本目となる。
なぜコーベットは、俳優から監督に転身したのか。『シークレット・オブ・モンスター』でインタビューした際に、彼はこんな話をしていた。
「僕は7歳の時から俳優を続けてきて、自分の人生をコントロールできないことに思い当たったのです。仕事を得るためにオーディションを受け、充実感を得られるのは撮影中くらい。あとは最悪です。それで他のことに興味が湧き始め、10代の頃から脚本のゴーストライターをやりましたし、映画の編集も手伝うようになりました。その結果、カメラの前に立つより、カメラの後ろにいる方が好きだと認識したのです。脚本を書く時間、編集など、映画製作すべてのプロセスに、人生をかけることにしました」
公開時は15歳だった『サンダーバード』の後、コーベットはミヒャエル・ハネケ監督の『ファニーゲーム U.S.A』で殺人ゲームを仕掛けるコンビの一人を任され、ラース・フォン・トリアー監督の『メランコリア』では衝撃のセックスシーンを演じるなど、ヨーロッパの鬼才との仕事を積極的にこなした。これらによって自身の監督業への野心も高めたに違いない。そして2014年を最後に、俳優業とは一切、縁を切った。
もし『サンダーバード』が世界的な大ヒットを記録していたら……。ブラディ・コーベットは俳優としてアイドル的存在になり、トップスターの地位を築いていたかもしれない。しかし、ヒットしなかったことが、逆に「人生で本当にやりたいこと」への後押しになったとも考えられる。このように時として、大失敗作が別の「種(たね)」を蒔き、新たな才能を開花させることがあるのだと、彼のキャリアは気づかせてくれた。
コーベットは監督としてどうあるべきか、次のようにも語っていた。
「僕の人生の中で、絵画やオーケストラなど、自分では理解できないにもかかわらず崇高な体験をしたことが何度かあります。本当に素晴らしい芸術とは、50年後になっても人々の話題に上るものでしょう。だから僕も、できるだけ長い時間、価値を持ち続ける作品を理想に、努力を惜しまないようにします」
子役から映画監督として大成した例で、ハリウッドにはロン・ハワードがいる。『アポロ13』や『ダ・ヴィンチ・コード』などをヒットさせ、『ビューティフル・マインド』ではアカデミー賞作品賞・監督賞を受賞した。まだ36歳のブラディ・コーベットは、ハワードのように世界的巨匠としてリスペクトされる存在になっていくだろう。自分が「本当にやりたいこと」を目指し、成功するという、映画の歴史の中でも美しい1ページを、彼は体現しようとしている。
『The Brutalist』の日本公開は、今のところ未定である。