支配下選手になった片山雄哉(阪神タイガース)へ…古巣・福井ミラクルエレファンツからの激励
■支配下登録された片山雄哉選手
昨年、ドラフト育成枠で1位指名され、NPBでのプロ野球人生をスタートさせた阪神タイガース・片山雄哉選手。7月30日に支配下契約を結び、現在は2ケタの背番号「95」を背負って奮闘している。
1月の自主トレからその声の大きさと前向きな姿勢でアピールし、春季キャンプ中の練習試合、3月の教育リーグ、さらにウエスタン・リーグが開幕しても打ちまくった。4月には4番に座ることもあった。
そのまま順調にいくかと思われたが、高い壁が行く手を阻む。なかなか思いどおりに結果が出せず、打撃成績は降下した。守備でも日々頭を悩ませることが多くなった。
しかし徐々に“プロの水”にも慣れ、ここへきてまた存在感を高めだしている。
そんな片山選手のことを、常に気にかけているのが古巣・福井ミラクルエレファンツのみなさんだ。
「片山、どう?」「支配下になれるかな?」と心配し、支配下になると今度は「1軍、上がれそう?」と気を揉んでいる。
温かさあふれる福井球団のみなさんに聞いた。
■“人生の師”・田中雅彦監督
片山選手が野球だけでなく“人生の師”として尊敬する田中雅彦監督は、懐かしそうに3年前の出会いを振り返る。当時はバッテリーコーチと捕手という関係だった。
「僕は藤井(彰人、現阪神タイガース・バッテリーコーチ)さんとの入れ替わりだったから、まず藤井さんに聞くでしょ、どんな子かって。すると、能力はひょっとすると楽しみかもしれないけど、ちょっとチャラチャラしてると(笑)。
だからほんとに最初は『人として』っていうようなことばっかり話していた。周りに信用してもらえるような人間にならないと、というところから」。
寝坊をしたり、格好も奇抜だったり、どこまで野球に割いているのかわからないような時間の使い方だったり…。そういったことをひとつずつ話し、改めるよう説いた。
しかし1年一緒に過ごし、翌年に戻ってきたときには変わっていたという。
「もう目の色が違った。ほんとに覚悟を決めて帰ってきたなって感じで」。
本気でNPBに行くんだと腹をくくった愛弟子を、田中監督も全力で後押ししようと誓った。
■誰よりも敏感に空気を読む
バッテリーコーチに就任した直後、キャッチャー陣で釣りに行った。
「僕も釣りが好きで片山たちも好きやったから、夜釣りに行ってバーベーキューしよって言って。おもしろかったなぁ」。
楽しく過ごす中で、片山選手の性格を見抜いた。
「あいつはね、すごく空気を読むというか、人の反応をけっこう見る。敏感なんですよ。だから、これ以上は踏み込んだらあかんなという感覚を、一番持ってる」そうで、「僕に対しても、やっぱり一線を引いている」という。
どれだけ距離が近づいても“なあなあ”にならない。今でも「これは田中さんに失礼だ」というようなことは絶対に口にしない。
「だから、ほんとになんでもかんでも話すというより、あいつの中でいろいろ消化して、これは相談できるかなっていうのしか言ってこない。
今も『電話したいんです』っていつも言うから『してこいよ』って言うけど、やっぱり遠慮する。まぁでも、僕に電話したところで、言われる答えは本人もわかってるからかもしれない。
ほんとに決意が固まって後押ししてほしいときは、電話してくるんじゃないかと思う」。
試合中もそうだった。田中監督の心の動きをもっとも敏感に察知していた。
「僕がイライラしてるのとか、そういう雰囲気を一番感じられるやつ。それってキャッチャーとしても大事な感性だから」。
その“感性”を、田中監督は高く評価しているのだ。
■あふれる愛情は不変
今は手を離れた愛弟子には、現在の指導者から教わることをうまく吸収して、成長してほしいと考えている。
「指導されることは自分の引き出しになっていくわけやから、いろんな人の話を聞いて、財産にしてほしい。苦しいこともあるかもしれないけど、どう消化していけるか。自分を見失わないようにしながらね」。
選手として幅が広がるようにと願うばかりだ。
そして愛情も不変だ。
「あいつが僕のことをいろいろ言ってくれるっていうのは、僕があいつを好きだから、その愛情を感じてくれたんだと思う。言うことや怒ることに対しても、『あぁ、俺のためやな』って素直に感じてくれてたんじゃないかな」。
ここでふと田中監督は、高校時代のコーチのことを思い出したようだ。
「僕もそうだった。高校のときの清水さんていうコーチが鬼コーチで。いろいろあったけど、一回も恨んだことない。PLの選手はみんなそう。見るだけで怖いけど、そこに愛情がある。何があっても『自分が悪い』って思える、その清水さんに対しては」。
自身が体験してきたように、田中監督も片山選手に愛情をもって接してきた。そしてその愛情は、片山選手にしっかりと伝わっている。
■頑張れる子だから期待する
支配下にたどり着いたことについては「嬉しいけど、まだまだ。プロ野球選手になることが夢というよりも、プロ野球で活躍するのが夢だから」と手放しでは喜ばない。
「僕自身がプロ野球選手になるのが夢的な部分があったから、ほんとに極みまでいけなかった。それじゃ結局、メシ食えないんで。
やっぱりプロに入ってレギュラーを獲って活躍するのが目標、っていうところまで言えるような選手にならないといけない。だから、むしろほんとにここから」。
「とにかく少しずつ。飛び抜けてステップアップはできないから、コツコツと今やってる姿っていうのを継続するのが一番。
1年だけ頑張るんやったら、誰でもできる。もがけば必ず結果が出るから、頑張り続けるしかない。頑張れる子だと思うから。期待してますよ、僕は」。
人間味があって、しかしその分、勘違いもされがちな性格もすべて把握している。田中監督にとってはそれが、可愛くてしかたない。そんな愛弟子に熱いエールを送っていた。
■福沢卓宏ピッチングコーチ
そのほかのみなさんの声も届けよう。
福沢卓宏ピッチングコーチはこう評する。
「ピッチャーの気持ちを汲み取ってくれるキャッチャー。こうしたいからこうしようって。
よく話をしてくれたし、試合前からイメージをしながら入れているという意味で、よくピッチャーを引っ張ってくれた」。
昨年のドラフト会議を思い出し、「今まで自分が関わった子がドラフト指名されるという経験がなかったから、なんか不思議な感覚だった。現実かどうか把握するのに時間がかかった」と笑顔を見せる。
「去年1年一緒にやってきて、ずっと頑張る姿を見てきた。やり続けたのがほんとすごいなと思う。今後は、1軍で出てるところをテレビの前で応援できる日が早くくるといいなと思う」。
そのときはまた違った、不思議な感覚に陥るのかも知れない。
■清田亮一選手兼任コーチ
清田亮一選手兼任コーチは、昨年は同じポジションを争う間柄でもあった。それでも「指名されたときは率直に嬉しかった」と懐が深い。
「出会ったときは一番嫌いだった(笑)。あのテンションでグイグイくる感じ。多少、(後から入ってきた)僕への敵対心もあったんだと思う」と、最初の印象は最悪だったようだ。
それが「オープン戦に入ってシーズンが始まるくらいから変わってきたかな。野球になったら、目指している場所は同じだし。片山のほうからどんどん寄ってきた」と、いつしか距離は縮まった。
「どんどん打ち解けて、常に話していた。(移動の)バスの席も前と後ろで、あいつ、寝かせてくれなかった(笑)。くだらない話もしたけど、やはりおもには野球のことばかり。その日の試合のこととか。とにかく熱いやつだから」。
そんな盟友に「素直に頑張ってほしいって思う」と激励の言葉を口にしていた。
■エース・濱田俊之投手
エースとして何試合もバッテリーを組んできた濱田俊之投手はこう話す。
「3年経って、やっと息の合ったリードができるようになった。最初は(片山の要求が)自分の投げたい球と違って、よくベンチでもケンカした(笑)」。
キャッチャーとして、常に“根拠”をたいせつにしている片山選手だ。
「あいつは先輩でも言いたいことはしっかり言うから。あっちが積極的に意図とか言ってくるので、去年はほとんど首も振らなかったし、リズムよく投げさせてくれた。
どのピッチャーに対しても、人それぞれのタイプがあるというのを研究して、どのピッチャーに対しても合わせられるよう頑張っていた」。
かつての女房役の活躍を楽しみにしている。
■しのぎを削った荒道好貴選手
荒道好貴選手とも長い付き合いになる。
「けっこう周りからは仲いいと思われてるけど…まぁ仲いいっちゃいいけど、練習中は会話しない。野球をしにきてるので。普段も野球の話はするけど、プライベートの話はほとんどしていない」。
なんだか厳しいコメントだが、それはお互いの力を認め合っているからだ。
「片山はプロに行きたいっていう意識が誰よりも上回っていた。飛び抜けてレベルが高いわけじゃないけど、姿勢が全然違った。そういう面では誰よりも優れていた」。
もっとも近くで見ていたからこそ、その意識も姿勢も伝わってきた。
「去年の冬、チームに帰ってきたとき、体がすごく大きくなっていた。以前はそこまでじゃなかったのに。それからも毎日のようにトレーニング施設にも行っていた。そういう意識がすごかった」。
その変化し成長していく姿は、賞賛に値するとうなずく。
■後を継ぐ坂本竜三郎捕手
片山選手の背番号「22」を自ら望んで継承した坂本竜三郎捕手は、直接深い話をしたわけではないが、2度の対戦のとき、「経験値が違うなと思って、同じキャッチャーとしてずっと見ていた」と、その姿に感銘を受けた。すっかり虜になっている。
「すごく尊敬できる人だし、もともとのレベルが育成選手じゃないと思う。支配下になって当然の選手。キャッチャーとして、いるだけで存在感があるし、ピッチャーをリードするのがうまい。
配球の意図がわかりやすい。ジェスチャーとか声かけがわかりやすい」。
間近で見てすぐ、自身も“片山スタイル”を取り入れるようにした。坂本選手にもっとも刺さったお手本だ。
しかしそう言いつつ、若き捕手は強気な面を見せる。
「でも、いつか超えますけど!」
そう、いつか…。NPBの1軍の舞台で新旧「22」のふたりが対戦する日が来ることを願う。
■大松尚逸選手は、自身の経験も踏まえての金言
今年、福井ミラクルエレファンツに新加入した大松尚逸選手は、一緒にプレーをしたわけではないが片山選手のことを気にかけ、こんな言葉をくれた。
「NPBに入って、自分のこれまでのやり方と違うこともあるかもしれない。でもそこから何か得られるかもしれない、これをやったら自分にとってどうプラスになるんだろうと思って取り組むべき。違うと思ったことが、たどり着くところは同じということもある。
やってみないとわからないし、それがまた新たな自分の引き出しになる。やってみることで必ず自分に得られるものがある」。
おそらく自身も若いころに何がしかの経験があるのだろう。そしてこうも言った。
「心の持ちようが態度に出る。もし悪い態度をしていたら、そういうのは必ず首脳陣は見ている。でも前向きに取り組むと、それも態度に出る。常にそういう気持ちでやることが大事だよ」。
NPBの第一線で14年間、活躍し名を馳せた男の言葉はズシリと響く。
多くの人々に愛されている片山雄哉選手。
古巣の人々をもっともっと喜ばせてあげてほしい。
(撮影はすべて筆者)