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ソーシャル・リスニング:人々の不安や疑問に耳を傾ける

谷口博子東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)
米国マサチューセッツ州で新型コロナ対策の行動規制に反対する人々(2020年5月)(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が中国・武漢市で確認されてから、まもなく1年半になる。三密回避やマスク着用の呼びかけ、感染状況のモニタリング、社会経済活動への制限、ワクチンの開発・接種など、感染収束を目指してあらゆる手が講じられている。国や地域で感染状況や社会背景は異なるが、共通しているのは、いかに市民に感染対策に参加してもらうかだ。

エボラウイルス病の対策で「コミュニティ・エンゲージメント」が対策の鍵の一つとなったことは以前の回で紹介したが、新型コロナ対策においても、コミュニティ・エンゲージメントをテーマにした研究や実践報告が少しずつ発表されている。

人々の不安や疑問に耳を傾け、流言飛語を把握する

そうした報告の一つに、「ソーシャル・リスリング」の事例がある。

「ソーシャル・リスニング」はもともと、マーケティングやブランディングの分野で広く用いられている手法だ。消費者のし好やニーズを調査して商品やサービスの開発に取り入れたり、企業や商品などに対する社会的イメージを調査して、それをブランドづくりに反映したりする。

今回紹介する「ソーシャル・リスリング」は、国連児童基金(ユニセフ)とパートナーが、アフリカ東部・南部の国々で、新型コロナ対策の「リスク・コミュニケーションとコミュニティ・エンゲージメント」の一環として行っているもの。市民の懸念や疑問、噂などをモニタリング・分析して、対策に反映しようとしている。2月末に発表された論文では、ケニア、コモロ連合(東アフリカ、インド洋のコモロ諸島の島々から成る国)、マダガスカル、マラウイ、ザンビアでの取り組みが紹介された[1]。

情報発信は、コミュニティ・リーダーや宗教指導者の協力も得て

このソーシャル・リスリングの目的は3つ。

(1) 新型コロナに関連する噂を地域レベルで追跡・分析して、誤った情報が、対策として推奨される行動変容や提供されるサービスの利用などにマイナスの影響を及ぼすのを軽減する

(2) 市民の懸念や噂に対応し、市民が求める情報を提供できるデジタル・コミュニケーションのあり方や実施方法を把握する

(3) 新型コロナ対策用のSNSモニタリング指針を各国事務所に提供し、風評の追跡・管理能力を強化する

リスニングを行うチャネルは、SNSやその他のオンラインツール、テレビ、ラジオ、電話のホットラインやSMS、コミュニティのリーダー、ユニセフの携帯電話のメッセージ・アプリU-Report(意見交換やアンケートへの回答ができる)や情報提供アプリInternet of Good Things(子どもの権利や母性保健、感染症などの情報を提供)などで、各国の状況に合わせて選択されている。分析結果は国レベルのコミュニケーションやコミュニティ・エンゲージメント対策に反映されるほか、地方の保健担当者や、コミュニティのリーダー、宗教指導者らに共有し、正確な情報の発信や市民の巻き込みを効果的に行っていくことを目指している。

課題は、ぼう大な情報の処理、ツールの適性、タイムリーさ……。実際の効果は?

新型コロナの状況が早いスピードで変化する中、人々の心配事や疑問、風評も刻々と変化する。多様なメディアが発達した今、ぼう大な情報を機を逃さないよう短期間で収集・分析・反映していくのは、人も時間も予算も掛かる。収集・分析の質も担保されなければならない。

根拠のない情報も交じった過剰な情報拡散(インフォデミック)はデジタル・メディアを中心に起きているが、非デジタル・メディアを含めた情報や分析結果のすり合わせも課題だという。また、既存のSNSやモニタリング・ツールはビジネスやブランディング用に開発されているため、長期的には専用ツールを準備するほうがよいと筆者らは提案している。

この論文では、主に目的と方法が紹介されているが、実際、このソーシャル・リスニングが新型コロナ対策にどのようにどれだけ生かされているか、最終的にコミュニティやコミュニティ・エンゲージメントへのインパクトはどうかを今後検証していくことになる。コミュニティ・エンゲージメントに関する論文や報告書などを分析した研究では、公衆衛生上の危機に直面する機会の少なかった高所得国には関連記録が少ないとの報告もある[2]。今後、市民の巻き込み・連携に関して多様な事例が――成功例も、そうでない例も、背景・要因とともに――共有され、新型コロナ対策にも将来の危機対策にも応用されていくことを期待したい。

[1] Sommariva S, Mote J, Ballester Bon H, et al. Social Listening in Eastern and Southern Africa, a UNICEF Risk Communication and Community Engagement Strategy to Address the COVID-19 Infodemic. Health Secur 2021; 19(1): 57-64.

[2] Gilmore B, Ndejjo R, Tchetchia A, et al. Community engagement for COVID-19 prevention and control: a rapid evidence synthesis. BMJ Glob Health 2020; 5(10).

東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)

医療人道援助、国際保健政策、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ。広島大学文学部卒、東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻で修士・博士号(保健学)取得。同大学院国際保健政策学教室・客員研究員。㈱ベネッセコーポレーション、メディア・コンサルタントを経て、2018年まで特定非営利活動法人国境なき医師団(MSF)日本、広報マネージャー・編集長。担当書籍に、『妹は3歳、村にお医者さんがいてくれたなら。』(MSF日本著/合同出版)、『「国境なき医師団」を見に行く』(いとうせいこう著/講談社)、『みんながヒーロー: 新がたコロナウイルスなんかにまけないぞ!』(機関間常設委員会レファレンス・グループ)など。

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