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日本のイチゴは農薬まみれなの?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

そもそもの出どころは2~3年前の放送(NHK)だったらしいのだが、なぜか今ごろ「日本のイチゴが台湾の残留農薬基準に引っかかって輸入禁止になった。日本のイチゴは農薬まみれなのか?」という話題が、SNSで盛り上がっている。農薬の安全性に関してはさまざまな論点があるが、ここでは残留農薬基準の国による相違に絞って考えてみたい。

■日本の残留農薬基準は台湾よりも200倍ゆるい?

日本のイチゴでは生産に許可されているピメトロジンという農薬がある。日本での(イチゴにおける)残留農薬基準は2.00ppmで、台湾のそれが0.01ppmだから「日本の基準は台湾の基準の200倍」ということになり、日本は農薬天国!みたいな論調であったらしい。実際には、台湾に輸出したイチゴから検出されたピメトロジンは0.05ppmだったという報告が残っている(これでも「残留農薬基準オーバー」であることには変わりはないが、普通に食べて健康を害するような量ではない)。

日本の残留農薬基準は、2006年の食品衛生法改正によって大きく変わった。ネガティブリストによる規制からポジティブリストによる規制となった。ネガティブリストというのは、ある作物に「使ってはいけない農薬」が決められてあるもので、ポジティブリストというのは、その逆で「使ってもいい農薬」が決められてあるもの。

どちらでも、結局は同じなのではないかと感ずるかもしれないが、この両者にはものすごく大きな違いがある。ネガティブリストでは「そこに記載されてない農薬はすべて使うことができる」のに対し、ポジティブリストでは「そこに記載されてない農薬はすべて使ってはならない」ことになる。

ある農作物の栽培時にその農家が使わなくても、屋外の畑で作っている場合には、遠くから(他の農作物の栽培には使ってもいいとされている)農薬が風で飛んできて付いてしまうこともあるだろう。そういう場合はどうなるのか?ネガティブリスト制度の場合なら、その(飛んできた)農薬がリストに記載されていなければOK。しかしポジティブリスト制度では、その農薬がリストに記載されていなければOUT。農家にとっては死活問題だ。

ポジティブリスト制度といえども、風で飛んできたごくごくわずかな量でもOUTでは「やってられない」。その場合には「意図的に使ったのではあり得ないくらいに少ない濃度ならOKとする」という「最低限の濃度」が一律に定められてある。それが0.01ppm(というのが筆者の理解)。

■イチゴとイネでは害虫が違うので使う農薬も違う

残留農薬基準の決め方は複雑だ。毒性の強い農薬はNGで、毒性の弱い農薬はOKなどという単純な決め方はしてない。さまざまなケースを想定し、以下のようなことを考慮しながら、ポジティブリストに記載してある。

・そもそも、近年の農薬は毒性の強い物はそれほど多くはないのだが、毒性の比較的強い農薬は低濃度でしか使うことができず、毒性の弱い農薬はやや高濃度でも使うことができる。

・使える農薬の種類は、すべての作物に対して同じではなく、作物ごとに「使える農薬と使えない農薬」が決まっている。それは作物ごとに害虫(細菌やウイルスをも含む:以下同じ)が異なるからだ。イチゴは好むけどイネには寄りつかないような害虫を駆除する農薬は(その毒性の強弱とは関係なく)イネのポジティブリストには記載されてない。

・もちろん、地域(国)によって「使える農薬」が異なる。その地区(国)によって生息する害虫が異なるので、駆除するための農薬も当然に異なってくる。たとえば、日本に生息してない害虫を退治する農薬は日本では必要がない(ので、当然にもポジティブリストには記載されない)。仮に、ブラジルにしかいない害虫を駆除するために使った農薬が、ブラジルから輸入した作物に少しでも(健康を害しない範囲であっても)残留していれば、日本のポジティブリスト外の農薬なので法律違反となり、輸入することはできない。しかしまったくゼロというわけにはいかないので、前述した例の通り0.01ppm未満(0.01ppm未満というのは実質上ゼロということなのだが)ならOKとすることになる。この例をもって「ブラジルの農薬管理が日本よりもずさんだ」ということはできない。

逆に、日本で生息している害虫を退治するために日本では普通に(たとえば2ppmくらい)使う農薬でも、海外(たとえば台湾)では必要がないためにその国のポジティブリストには記載されてないこともあるだろう。その場合は、許容範囲はおそらく0.01ppm未満となるだろう。0.05ppmが検出されれば「残留農薬違反」となってしまう。だからといって、日本の農薬管理がずさんで「日本の農作物が農薬まみれ」だというわけではない。

■たくさん食べる作物には少量しか使えない

基本的に農薬は「毎日一生涯食べ続けても害を与えない量(ADIという)」未満でしか、作物に使うことを許されていない。そしてそのADIを、人が摂取する可能性がある作物に振り分ける。その結果、「Aという作物に使ってもよいXという農薬の量」が決定される。

ある農薬の「作物への振り分け方」の基本は「たくさん食べられている作物には少量、食べられる機会が少ない作物には多めに」配分される。たとえば、もしトマトとアーティチョークに同じ農薬が使われるとしたら、日本人がよく食べるトマトに使う基準は厳しくなるが、アーティチョークに使う基準はかなり緩くなる(はず)。つまり、食文化によって農薬の基準は異なる。国によって残留農薬基準が違うのは当たり前である。

「どんな作物をたくさん食べるか」は個人によっても違うだろうし、当然、食文化が異なるので国によっても大きく異なってくる。「毎日一生食べ続ける量」は全世界一律に定めることはできない。そのため、農薬の残留基準値は国によって相当に違ってくる。「数値が厳しい国のほうが安全に対する意識が高く、数値が緩やかな国は安全に対する対策が甘い」というような単純な話ではない。

なお、「個人の違い」は「平均的な食べ方をしている人」を基準にする(国民健康・栄養調査成績などを基に算出する)ことで考慮。なので、もし特定の農作物を「普通の人よりも大量に毎日食べ続ける人」がいたら、農薬による健康被害にさらされるかもしれない。

こう書くと、「ホラ、危険な人もいるじゃないか」というかもしれないが、それは相当に極端な例(量)の場合である。そういう人は、農薬による健康被害よりも、栄養バランスの崩れによる健康被害を心配するほうが先であるような気がする。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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