「ズバリ」予報と「幅」予報 どちらが良いのか
天気予報で「暖かいと言っていたのに、寒いじゃないか」という経験をされた方は少なくないでしょう。去年には首都圏で「雨と言っていたのに、実際は大雪」で、交通の混乱などに巻き込まれた方も多いのではないでしょうか。気象解説者のひとりとして、耳が痛いです。テレビやネットなどで「ズバリ」と伝えられてしまう予報・解説の問題点や上手な利用法をご紹介します。
「暖かくなると聞いていたのに…寒い!!」
2014年1月30日(木)、近畿地方。
前日夕方の予報では、午前中を中心に雨が降るものの南風が吹いて比較的気温が高くなるだろうと予想されていました。京阪神付近では日中の予想最高気温が12~14℃くらいで、3月並みの気温になる見込みとされ、雨のわりに気温は高めとの予想でした。
しかしふたを開けてみれば、実際にはそこまで気温は上がりませんでした。日中(9~18時)の最高気温は、大阪で10.0℃(前日夕方の予想は12℃)、奈良で7.8℃(同14℃)。奈良では、予想していた気温より約6℃も低い気温で、前日夕方の天気予報を見て「暖かくなる」と判断して服装を選んだ人には「寒くて散々な目に遭った」という方もいらっしゃったかもしれません。
日中、気温を上昇させると予想していた南寄りの風が実際は吹かなかった地域があり(吹いてきたのは夕方以降)、結果として朝からあまり気温が上がらないまま夜を迎えてしまった所も多かった、というパターンでした。
(南風が吹いた夜にはじわじわと気温が上がり、最終的に大阪は11.3℃(23時39分)、奈良は10.2℃(23時52分)まで気温が上がっています。)
予期しないハズレだったのか
近畿地方で予報・解説に携わっている気象技術者には、前日の夕方の時点で「イヤな雰囲気」を感じていた人も少なくないと思います。私もそのひとりでした。本州南岸を前線が東へ進むパターンで、同じように気温が上がらず、痛い目を見たことが過去に何度もあるからです。
予報の基礎となるスーパーコンピュータのシミュレーションでは「南寄りの風が吹き込む→気温も上がる」と示されていましたが、実際には「山地に阻まれるなどして、予想よりも南風が吹かない→気温はあまり上がらない」という展開で、予想気温が大きく外れるという経験をしている技術者も多いのです。いつも必ずしもそうなるのではありませんが、そうしたハズレを苦い経験として記憶していることも多いわけです。
つまり、
◆ 現時点の可能性として、最も高いのは
「南寄りの風が吹いて、日中、気温が12~14℃くらいまで上がる」というシナリオ。
◆ 可能性のひとつとして、
「南寄りの風があまり吹かず、あるいは、吹くのが遅く、
日中はあまり気温が上がらず9~10℃くらいに留まる」というシナリオもあり得る。
という、大きく2つの展開(シナリオ)を頭に浮かべていた予報者・解説者も少なくなかったのではないでしょうか。
ただ、ここでひとつ問題が出てきます。
こうした状況を、「天気予報」としてはどう発表するのか。
気象台や民間気象会社が発表する天気予報では、示される予想気温の値は、基本的には「ひとつ」なのです。こうした2つの展開があり得る際にも、どちらかひとつだけ示す「ズバリ」予報になってしまう根本的な危うさがあるのです。結論である数字を見ただけでは、どの程度の信憑性・自信度があるのか、「ほぼ確実に14℃」なのか、「可能性は最も高いが、そこまで上がらない可能性も多分にある14℃」なのか、分かりません。
今回も、最も可能性の高い「12~14℃」が予報として出され、この数字を見ただけでは「暖かくなるんだ」と断定的に思ってしまった方が多かったのかも、と推察されます。
気温だけではない予報の「幅」
2013年1月14日(月)・成人の日の関東地方。
前日夕方の予報では、東京都心では雨の可能性が高く、積雪の可能性は低いとされていました。しかし、東京都心でも昼前から雨が雪に変わり、結果として積雪が8センチに達する大雪に。交通が混乱し、市民生活に大きな影響が出たことを記憶している方も多いでしょう。
これまでも各方面で伝えられていますのでご存知の方も多いかと思いますが、首都圏など本州太平洋側の雪の予報は本当に難しいものです。
降水をもたらす低気圧のコースや発達の程度により、まず、降るか降らないか、降るのであればどのくらいの量になるのか、大きく異なってきます。さらに、上空や地上の気温がわずか1℃違う程度で雨が雪に変わることも。
気温は比較的高めという予想だったものが数℃低くなってしまい、しかも降水量が多いという事態になると、「雨の予報だったのが、実際は大雪」という非常に危険な状態に至ってしまうのです。
上述の通り、わずか1℃程度の差(予測シミュレーションでは誤差の範囲)で結果が大きく変わるということは、予報者・解説者なら誰でも知っています。雨か雪か微妙な気温の際には、気象庁の予報では「雨か雪」という表現も使われますが、テレビやネットの天気予報では、より可能性の高いほうが天気マークとして選択され、表示される場合が多いです。「雨か雪」の予報でも、表示される天気マークは「雨」で、このマークだけ見た人は「あ、雨か」と安心してしまう心配もあります。
また、
◆ 可能性が最も高いのは、「雨」で推移するシナリオ。
◆ しかし、もし気温が予想より1~2℃低くなってしまうと、
雨がすべて雪に変わり、都会でも交通などに影響が出るような積雪になる。
という「幅のある」状況であっても、天気予報として発表される際には、心配される過程が省略されて「雨」と絞り込まれて伝えられ、天気マークがひとり歩きする危うさもあります。
「ズバリ」予報と「幅」予報
ひとつの天気・ひとつの気温を「予報」として発表しなければならないという制約がもしあるのであれば、それに付随する「解説」でフォローできるのではないか、というのが私の考えです。
気温の幅にしても、天気の幅にしても、
「最も可能性が高いのはこうですよ、しかし今回はそうならない可能性も多分にあって、その場合はこうなります。その理由は……」
というように、気象解説者は丁寧に伝える技術・姿勢・態度が必要ではないでしょうか(もちろん、「幅」が今回はどの程度あるのかを見極めるためのスキルも必須です)。実際に、上記2つの事例でもそのような気象解説も見かけました(私もその姿勢で臨みました)。
また、気象台から発表される各種情報にしても、「結論」であるひとつに絞り込んだ予報だけでなく、その誤差幅や自信度にかかわる情報をもっと積極的に発表してもらえれば、一般市民の方も私たち気象解説者も、より賢く利用できるような印象を持ちます。
しかし、幅のある解説をすると、丁寧に解説しても「で、結局はどっちになるの?!」と元も子もなく言われることが多いのも事実です。「保険をかけたな」と揶揄されることもあるくらいで、なかなかツラいところです。
ハズれるリスクも知ったうえで、まどろっこしいことは言わずに「ズバリ」と言ってほしいという人、自分でじっくり考えて行動を決めたいので、丁寧に「幅」を伝えてほしいという人、やはり皆さんいろいろでしょう。
天気予報は自然科学であり、市民生活や防災行動に影響する社会情報でもあります。「ズバリ」と言いやすい時も言いにくい時もあります。情報を伝える立場から言えば、幅を知ったうえで各々が行動を決める、という利用の仕方が賢明だと思うのです。
ネットなどで手軽に天気予報にアクセスできるようになった反面、マークや数字だけでは分からない「幅」を見逃しがちになっているのかもしれません。私たち気象技術者の解説・コンサルを上手に使っていただいて、天気予報をより賢く利用していただければと思います。もちろん、予報の「幅」を少しでも小さくできるように、気象技術者は予測技術の向上・開発に全力で臨んでいく必要があるのは言うまでもありません。