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「今の法律」で労働時間を減らす本当の方法

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

電通ですら結べていなかった36協定

新入社員の過労自死事件に端を発した電通の長時間労働問題で、東京地方検察庁は7月5日、違法な時間外労働(労働基準法32条違反)で同社を略式起訴した。2015年10月から12月まで、時間外労働・休日労働に関する労使協定(36協定)で定めた上限50時間を、最大で約19時間超える労働を従業員にさせていたという。

同時に、驚くべき事実が明らかになった。実はその3ヶ月の間、本社において36協定が無効状態だったというのだ(ややこしいのだが、起訴にあたっては会社側の「故意」が必要であるため、今回東京地検は「無効だが有効」という判断をしている。会社側が協定を有効であると「誤解」していたということが理由だ)。

電通事件の焦点は、この「36協定」にある。「36協定」こそが、日本の労働時間規制の「要」(悪く言えば「抜け道」)なのだ。だが、この制度の内容はあまりにも知られていない。そもそも36協定とは何か。どんな場合に違法・無効となるのだろうか。そして、36協定を労働時間削減に本当に活用する方法はあるのだろうか?

「36協定」とは何か

ここで、基本的な知識をおさらいしておこう。労働基準法では、1日8時間、週40時間を超える労働は原則的に禁じられている。しかし、36協定を締結して上限の時間を定めることで初めて、時間外労働や休日の労働の命令が可能になる。

時間外労働は月100時間でも200時間でも可能になるし、1か月間1日の休日もなく連続勤務させることも、労働基準法上は合法的に可能になってしまう。それゆえ、この協定は労働時間規制の「抜け道」なのである。

ただし、36協定を締結するためには、労働者側の代表として「労働者の過半数で組織する労働組合」か「労働者の過半数を代表する者」が必要となる。電通は前者を満たしていたはずだったが、実は、そもそも協定を締結した労働組合の組合員数が、実は過半数を下回っていたということが、今回の顛末だった。

36協定が無効だったため、この3ヶ月間、電通本社の従業員は、1日8時間までしか働いてはならず、わずか1分残業しただけでも「違法(刑事罰の対象)」になる状態だったことになる。

このように、日本の労働時間規制は、「抜け穴」である36協定さえ結ばなければ、とても強力なのだ。したがって、この36協定が違法や無効になるケースをおさえておくことは、非常に重要である。今回の電通のように、「実は36協定が無効で、いつ刑事罰が下ってもおかしくない」状態の企業は少なくない。

経営者にとっても、働く側にとっても、「36協定」がどのような場合に有効であるのかは、死活的な論点だといってよいだろう。

こんな場合に、36協定は違法・無効になる

まずは、36協定をめぐって違法・無効となるケースを整理してみよう。

(1)協定を締結していない

そもそも、36協定を締結していない会社は多い。36協定を締結せずに時間外労働や休日労働を行わせると、労働基準法32条・35条違反となり、6ヶ月以下の懲役、30万円以下の罰金が課せられる。もちろん締結していなくても、1日8時間、週40時間という原則を守っていれば問題はないが、そんな会社は稀だと言ってよいだろう。

私たちに寄せられる労働相談を見ても、「36協定を見てみようと思って社内のイントラネットを探したけど、どうしても見つからなくて、本当になかった」という相談は珍しくない。また、社内で36協定を発見したのだが、有効期限(1年にしていることが多い)が切れていたというケースも頻繁にある。

(2)協定を周知していない

36協定には従業員への周知義務があり、周知していないと労働基準法106条違反となり、30万円以下の罰金が科せられる。だが、実際には従業員に長時間残業に対する意識が広がらないように、意図的に会社が隠蔽しているケースは非常に多い。

逆に従業員からすれば、自社の36協定の存在に疑問を持っていても、上司に存在を尋ねること自体が難しい状態だ。「36協定について質問するなんて、こいつは我が社を労基署に通報でもするつもりか?」と目をつけられるのではないかと恐れてしまうからだ。

それにもかかわらず、いざ労基署の調査や裁判、団体交渉で、協定を周知されていなかったことが問題になると、後から「聞かれたら見せられる状態だった。聞かれなかったから見せていない」と言い逃れに終始するというわけだ。

ちょうど、連合が「36協定に関する調査2017」を7月7日に発表しているので、紹介しよう。

この調査では、勤務先が36協定を締結しているかについては、「締結していない」が17.2%、「締結しているかどうかわからない」が37.6%という回答だった。締結していない約2割の職場に時間外労働がないとは考えづらいし、そもそも約4割が自社の協定の有無さえ知らないのだという。

さらに、職場が36協定を締結している回答者に周知の方法を聞くと、「社内に掲示されている」が31.4%、「イントラネットで閲覧できるようになっている」が28.1%、「担当部署(総務課など)に行けば閲覧できる」が18.4%、「周知されていない」が14.4%、「わからない」が21.5%となり、約4割が周知義務違反による労働基準法違反であることがわかる。

(3)協定が適切に締結されていない

今回の電通のように、36協定を締結した労働者側の当時者(労働者側代表)が不適切である場合も、36協定は無効である。無効のまま時間外労働や休日労働を行わせると、(1)と同じで、6ヶ月以下の懲役、30万円以下の罰金が課せられる。

今回の電通では、過半数の労働組合があるはずなのに、過半数を切っていたという異例な状態であった。だが、そもそも職場の過半数が所属する労働組合がない職場は少なくない。その場合は「労働者の過半数を代表する者」を適切に選出していなければ、36協定は無効である。選出方法は、「挙手」や「投票」が例として挙げられている。

実際はどうだろうか。私たちに来る労働相談でも、「代表者はいつも持ち回りで会社が決めてる」「会社が代表者を決めてメールで回覧が回ってきて、誰も異議を申し出なければ決定になる」というケースが頻繁にみられる。いずれも不適切な選出方法で、36協定が無効になる典型例だ。

先ほどの連合調査では、協定を誰が締結しているのかを36協定が締結されている回答者に聞いたところ、「わからない」が32.3%となっている。36協定を結んでいても、この約3割は選挙など適切な選出が行われておらず、協定が無効になる疑いが濃厚である。

また、過半数代表者が36協定を締結しているという回答者に、選出方法を聞くと、「挙手または投票により選出している」が35.9%、「会社からの指名により選出している」が25.2%、「一定の役職者が自動的に就任している」が14.5%となっている。36協定を締結し、代表の選出方法を知っているケースですら、実に約4割で無効が疑われるのである。

協定が「合法」になっても、労働時間が増えるだけ?

では、36協定が無効・違法だった場合、職場の労働時間は減るのだろうか。残念ながら、そうとは言えない。無効・違法でも、行政指導を受けたり、最悪でも罰則が科せられるだけで(最大でもたったの30万円だ)、労働時間を短くする義務は労基法上ないからだ。これは労働基準監督署の「限界」でもある。

とはいえ、36協定の問題が指摘されれば、会社も労働時間を削減するのではないかと思う人もいるかもしれない。しかし、そうしたケースの方がレアである。ある全国的な大企業の事業所の事例を紹介しよう。同社では従来、36協定の上限として60時間を定めていたのだが、実際にはその上限をはるかに上回る時間外労働を繰り返しており、今年の春に労働者の申告により労基署の行政指導を受けるに至った。

ところが、そこで会社が行った対応は、36協定の上限を99時間に引き上げるというものだった。実際の労働時間を少なくするのではなく、協定の上限を引き上げる。本末転倒だが、確かに労働基準法違反については「改善」されている。違法状態がなくなってしまった以上、労基署が会社に強制力のある指導をすることは不可能だ。いわば「労基署対策」である。労働基準監督官でもこの壁に阻まれて悔しい思いをする人は多いという。

自分たちで労働組合をつくるか、代表を選んでみよう

では、36協定はまったく無意味なのだろうか? それも誤った見方である。この法律の本来の趣旨は「抜け道」ではなく、やはり労働時間の規制を実現することにあるからだ。つまり、自分たちで新しく過半数の労働組合をつくるか、自分たちで労働者代表を選んで、実際に36協定の締結を巡って会社と交渉すれば良いのである。

そうすれば、36協定を結ばないことで、時間外労働を原則通り禁止することもできる。協定を結ぶにしても、月の時間外労働を数時間程度に抑え、休日労働をゼロにすることも可能だ。

確かに、大企業の事業所で数百人がいるような職場では、このハードルは高い。だが、小売業や飲食業、介護・保育などのサービス業のように、事業所の従業員の人数が数名〜20名程度と少ない職場であれば、過半数を占めるのは比較的容易である。

おわりに

今回は日本の長時間労働の「温床」ともいわれてきた、36協定について紹介してきた。この制度は現実には「抜け道」として利用されているが、本来は労働者側が労働時間を話し合いで決めるための法律である。読者の多にも「意外と使える」とおもっていただけたのではないだろうか。

小規模の職場であれば、なおさらその「威力」は大きいのである。

とはいえ、どうやって同僚に声をかけたらいいのか、どうやって企業と話し合ったら良いのか、経験がなければ難しいだろう。

実際にこの36協定を有効活用するには、企業の外にある労働組合・ユニオンの力を借りるのが現実的だ。彼らは、職場で労働組合を立ち上げるプロである。36協定を活用して、職場の労働時間を削減したいと思ったら、気軽に相談してみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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