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【全文】”異例”北朝鮮の「韓国人銃殺謝罪文」を読み解く。”連絡来た”だけで喜べない「南北の食い違い」

北朝鮮に求めた「説明」が思わず届き、韓国社会を驚かせている(提供:barks/イメージマート)

”北朝鮮からの手紙”が韓国で大きな話題となっている。

23日に発覚した北朝鮮領海上での「韓国人殺害事件」について、北からの説明が届いたのだ。なにせ今年8月に朝鮮半島全域を襲った集中豪雨の際には、南北を流れる川のダム放流すら通知せずに、韓国側の失望を買っていた。急な態度の変化に驚きが広がっている。

事の経緯はこうだ。

21日12時51分に国境近くの延坪島付近から、「漁業指導を職務とする公務員の男性(47歳)が漁船から失踪した模様。昼食時間に現れなかった」と行方不明の届け出があった。

韓国軍による飛行機や船舶での捜索が続くなか、22日の15時30分に韓国軍側が、この男性の居場所を突き止めた。救命胴衣を身に着け、浮遊物に捕まりながら北朝鮮領海に侵入。北朝鮮軍にこれを発見されていたのだ。韓国軍側はその後も韓国領土側から情報収集を続けたが、男性は21時40分に射殺され、その後遺体を燃やされたと確認した。情報は23時に国防省トップに共有された。

Google mapより、筆者が編集して作成
Google mapより、筆者が編集して作成

この後、1日以上経った23日の13時30分に韓国軍が銃殺の事実を発表。多くのメディアは「銃殺後遺体を燃やした」とショッキングに報じた。

これに対し、文在寅大統領が「直ちに北側に事情の説明を求める」と発言。

すると本当に返事が届いた。

25日に朝鮮労働党中央委員会統一戦線部名義で韓国大統領府に届いた「通知文」だ。

この話題については、翌26日午前まで大きな関心が続いた。韓国最大のポータルサイト「NAVER」政治部門でのアクセスランキング上位を独占する状態となった。

韓国での関心ポイントは「なぜ殺した?」

では、韓国ではどういった点で関心を持たれているのか。もちろん手紙が届いた点、それ自体は大きな話題だ。いっぽう、事件当日、24日のMBCのニュース番組でのやりとりが、韓国での疑問点を端的に記している。

キャスターが記者に対し、こう質問した。

「疑わしい人物がいたのなら、まずは身柄を確保して調査をしなければならないのでは?」

何の事情があるにせよ、なぜいきなり殺害してしまったのかという点だ。

記者はこう答えた。

「はい。これまでも韓国国民が北に渡るという事例は幾度かありました。おおよその場合は、聞き取り調査後、送り返すという処置をとってきました。過去の(保守・右派系の)朴槿恵、李明博政権時代に関係が良くなかった時代もそうしてきたのですが、現在は新型コロナの影響もあり、『国境地帯に接近する者に対する警備を厳しくする』という方針を採っていると思われます」

いっぽう、この「通知文」では問題は解決しなかった点も多い。南北で主張の食い違いがあるのだ。本文を全て訳しながら、読み解いていこう。

北「射殺と推定される事件が発生」

25日に韓国大統領府「青瓦台」が公表した北朝鮮からの通知文は下記のとおりだ。 

青瓦台御中

貴側が報道した通り、22日の夕方、黄海南道カンリョン郡クムドン里の沿岸水域で正体不明の人員1人が我々の側の領海深くに侵入し、我々の兵士たちによって射殺(推定)される事件が発生しました。

まず、本文が「貴側」という日本語には訳し難い単語で始まる。強いて訳せば「あなた様側」といったところか。韓国語の辞書では「主に手紙の文章で相手側が所属する団体を高める言葉」という意味は掲載されている。しかし、あまり見慣れない言葉だ。

「貴社」、「貴団体」、「貴協会」などの言葉を添えて、ビジネスレターを送るケースはよくあるが、この北側の文章では「貴」の次に「側」がつく。

「側」という言葉を使えば、「相手の“国土”、“領土”と言う表現を使わずに伝えられる」ということだ。一般的ではないが、南北のやりとりのなかでは度々使用されてきた言葉でもある。2013年12月に北朝鮮側からの軍事挑発が起きた際には韓国国防省側がこの言葉を用いて、北朝鮮側を批判した。北朝鮮側からの文書では1990年代前半にもすでにこの言葉で韓国を指す事例がみられる。

また、事件現場については、韓国メディア「朝鮮日報」が現場の位置を細かく記したグラフィックを掲載した。

不審侵入者は”大韓民国…”としか答えなかった

事件の経緯を調査したところによると、我々の側の対応水域の警備担当部隊が、漁業作業中であった正体不明の男性1人を発見したとの申告を受け、水産事業所の副業船から出動した。カンリョン半島(同郡内の小さな半島)手前の我々側の沿岸に、遊物に乗って不法侵入した者に(対し)、80mまで接近して身元確認を要求したが、最初は1、2度<<大韓民国... >>何某とごまかし、ずっと答えなかったと言います。

なぜ、男性は北朝鮮側に侵入したのか。メディアの見立てが2つの意見に分かれている。韓国メディアの多くは「越北(韓国を脱して北朝鮮入りしようとしていた)」とする。理由のひとつは「現場地点の海流に逆流するかたちで北の領土に入ったから」。意図的に泳いだのではないか、というのだ。また韓国側も「越北意思を識別できる」と発表した。

いっぽうで朝鮮日報などのメディアは、A氏周辺を取材。「SNSで子どもと仲良くしている姿をアップしており、北に渡ろうとする理由が見当たらない」「漁船でタバコを吸っている途中に誤って転落したのでは」という意見を発表している。

「聯合ニュース」は、現場近くの写真を掲載し記事を発信した。

我々の側の軍人たちの取り締まり命令に、引き続き口を閉ざし無言で応じなかったところ、(こちらから)接近し、2発の空砲を撃つと驚き、倒れながら正体不明の対象が逃げるような状況が作られたといいます。一部の軍人たちの陳述によると、(その男性は)倒れながら何か体に被るような行動をしたといいます。

韓国軍側は「最初の発見後、6時間後に射殺されたと推定」としている。北朝鮮側からは時間の経緯に関する説明はなかった。一方で、北朝鮮側は”なぜ殺害したのか”という点を暗に説明している。「問いかけに対し、返事がなかったから」「逃亡を図ろうとしたから」。仮に意思表示があったのなら、取り調べに取り掛かる理由となった。しかし実際に返答がない状態が続いたため、銃殺に至ったというのだ。

「朝鮮日報」は、現場近くの夜の様子を写真で紹介した。

現場の艦長の判断により射殺

我々の兵士たちは、艦長の決定の下、海上警戒勤務規定が承認した行動準則に基づいて10余発の銃弾を不法侵入者に向かって射撃し、この時の距離は40〜50mであったといいます。射撃後、何の動きも音もなく10 mまで接近して確認調査しましたが、正体不明の攻撃(対象)者は、浮遊物上にはなく、多くの量の血痕が確認されたといいます。我々の兵士たちは、不法侵入者が射殺されたと判断し、侵入者が乗っていた浮遊物は、国家非常防疫の規定に基づいて海上現地で焼却したとします。

現在までに、我々の指導部に報告された事件顛末の調査結果は、以上のとおりです。

このくだりには、韓国側との食い違いが2点含まれている。まず、「殺害方法」と「死体遺棄の方法」。

韓国軍は「銃殺後、遺体を燃やした」と発表した。

根拠を次の通り発表している。

「22日午後10時頃、防毒マスク、防護服を着用した北朝鮮軍が死体に油をかけ、40分間燃やした状況が国境のカメラで確認された」点、

「現場から40キロ離れた延坪島の監視カメラにも『火気と思われる光』が感知された」点。

しかし北朝鮮側の主張は違った。「大量の流血を見て(遺体は発見していないものの)死亡と認識」「(遺体ではなく)浮遊物を燃やした」それも「新型コロナ対策として国外から国外からの物質を国内に入れないため焼却した」とするのだ。

また、殺害の指示系統についても見解が食い違っている。北側はあくまで「現場の艦長の判断」と発表したが、一部の韓国メディアでは「本当は平壌に指示を仰ぎ、決定したのではないか」との声も挙がっている。これによって北の国家ぐるみの出来事かどうかが分かれるからだ。

「金正恩同志が謝罪を伝えろと」

これ以降の文脈は、日本のメディアでも多く報じられたのではないか。北朝鮮側が「韓国軍の発表内容」に遺憾を表し、また一方でまずは「南からの不審者を領海に入れないようにする」と宣言。さらに最高指導者金正恩氏からの謝罪の言葉も伝えたのだ。

我々は、貴側軍部が何らかの証拠に基づいた(過程説明の要求や)、我々に(対して)不法侵入者の取り締まりやその過程解明の要求もなく、一方的な憶測で<<蛮行>>、<<応分の対価>>など不敬な対決的色彩が深い表現を選んで使うことについて、大きな遺憾を表さずにはいられません。

我々の指導部は起きてはならないことが発生したと評価しながら、このような不祥事が再発しないように海上警戒監視と勤務を強化し、取り締まりの過程で小さな失敗や大きな誤解が生じうることがないよう、今後、海上での取り締まりの全過程を収録する体制を作るよう指示しました。

我々は、北南間の関係に明らかにつまらない作用をもたらす出来事が、我々の側の水域で発生したことについて貴側に申し訳ない気持ちを伝えます。我々の指導部は、このような残念な事件により、最近に少なからず積み重ねてきた北南間の信頼と尊敬の関係が崩れないように、さらに緊張して覚醒し、必要な安全対策を講じすることについて重ねて強調しました。

国務委員長金正恩同志は、ただでさえ悪性ウィルス病魔の脅威に辛苦している南の同胞を助けるどころか、我々側の水域で予想外の不幸な出来事が発生して、文在寅大統領と南側同胞たちに大きな失望感を与えたことに対して、非常に申し訳なく考えていると伝えるように仰いました。

起きた出来事についての貴側の正確な理解を願います。

朝鮮労働党中央委員会統一戦線部

2020年9月25日

この通知文を受け、保守系の「朝鮮日報」は「金正恩の”ごめん”の一言に喜ぶ文政権」と批判的論調を掲載した。現に青瓦台はこの通知文に喜んだのか、25日、追加的に水面下で南北首脳により交わされていた書簡の内容を全公開した。次の機会には、これを全文翻訳しつつ、「北朝鮮の態度転換」についての韓国側の見方を紹介したい。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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