鉄火場に油を注ぎかねないカジノ実施法
カジノを含む統合型リゾート(IR)実施法が7月20日、国会で可決成立しました。2020年代前半にも開業させようとのこと。観光客である訪日外国人を呼び込み、伸びているインバウンド需要をさらに加速させるのが狙いのようです。
ラスベガスやマカオにあるようなカジノを地域限定(当面3カ所)で合法化して促進するという内容でアベノミクス3本の矢の最後「成長戦略」の目玉とされます。
筆者は必ずしもカジノに反対ではありません。ただし次のような仕組みならば。
まず、客は外国人富裕層に限定します。日本国民を交えるとインバウンド需要にならないし後述するギャンブル依存症が心配だからです。日本人富裕層もNG。製紙業大手の大王製紙、井川意高前会長のように会社のカネを借りてカジノでスッてしまうと雇用に悪影響を与える恐れが出てくるのです。井川氏は会社法の特別背任に問われました。経営者など会社に責任ある「特別」な立場の者が事業を伸長・維持すべき「任」に「背」いた罪です。なお既に仮釈放されている井川氏を実名で紹介したのはご自身が本件に関わる著作を出しているためで他意はございません。
一説には世界の大金持ち上位8人が持つ資産と世界人口の約半数の資産がほぼ同じとか。こうした大富豪だけに賭けてもらって大いに散財していただきます。基本レート1億円でも10億円でも結構。上位8人は誰でも知る有名人なので実況中継したら胸熱! 高視聴率間違いなしです。
胴元(主催者)は日本企業に限定して高ーい法人税を課し、国民の役に立てましょう。
以上の私案に基づくと今回のIR実施法はいくつかの点で疑問が残りました。
6000円で1週72時間連続入り浸りが可能
2017年9月、厚生労働省は国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)が担った「ギャンブル依存症」(病的賭博)についての推計を発表しています。調査対象は75歳未満の成人男女1万人。初の面接による全国調査でした。その結果、依存症の疑いがある人が全国に約70万人いると推計しました。男性1・5%、女性は0・1%。平均年齢は46・5歳で掛け金は1カ月平均約5・5万円。
一生の間で一度は依存症であった疑いがある人は約320万人(3・6%)。調査方法が異なるので単純比較はできないものの同じ判定基準で調べた諸外国の結果が1~2%以下なので国際的にみても「おおむね高い」と想像できましょう。
突出してお金を使っていた(約8割)のが「パチンコ・パチスロ」です。刑法は185条と186条で賭博を禁止していて、例外が競馬、競艇(ボート)、競輪(自転車)、オートレース(オートバイ)です。胴元が国や自治体なので公営ギャンブルと総称されているのです。パチンコ・パチスロは「賭博禁止の例外」ではなく「遊技」であるそうな。
すでに立派なギャンブル王国の日本で新たに開帳されるカジノへ「ギャンブル依存症を助長させる」と批判されるのは当然でしょう。そこで法は規制として1)入場回数を週3回および28日間(ほぼ1カ月)で10回に制限。マイナンバーカードによる個人確認2)日本人および国内居住の外国人の入場に6000円を徴収、などを打ち出しています。
これで庶民がギャンブルにドはまりするのが防げるでしょうか。一攫(かく)千金を目の前にして6000円を惜しむとは考えにくいし、仮にカジノが24時間営業可となれば×3日=72時間「賭場」にいられます。パチンコですら午前0時が閉店時間なのに。
マイナンバーカードを使うというのも勘ぐりたくなるところ。2013年に法が可決成立したもののカードは遅々として普及していません。まさかバクチで一挙に広めようと考えてはいないでしょうか。
「外資による搾取」懸念の是非とカジノ税
胴元は公営ギャンブルと異なり民設民営と決まりました。一部で公正性を保つため国などが関与すべきという声もあります。しかし先に紹介した公営ギャンブルは言い換えれば民間締め出し。天下り先確保の批判も後を絶ちません。
とりあえず事業者は日本法人となります。ここで気になるのは海外でノウハウのある外資が出資して事実上、外国資本の元に置かれる可能性。反対派は「日本の富が搾取される」風の批判を展開しています。
確かにその可能性はあるでしょう。ただIR実施法は単なる賭場開帳合法化ではなく事業者は会議場やらショッピングモールやらの「統合型リゾート」を作らなければなりません。そこに外資が流れ込んでくるならば日本にとって決して悪い話ではないはずです。またカジノを除く「統合型リゾート」部分には日本企業も蓄積があります。「遊技」カウントのパチンコ・パチスロ業界も実質はギャンブル(少なくとも厚生労働省はそうとらえている)なのでカジノ運営自体のノウハウがまるでないともいえますまい。
むしろ心配なのは事業者のカジノ収入の30%を納付金として国と立地自治体に入る(いわゆるカジノ税)と決まった点。事業はもうかる見込みがあるから展開され、統合型リゾートの利益の大半はカジノでしょう。そこから30%吸い上げるとは賭けられたカネの相当分が勝者に分配されない、ないしは敗者が負担する形となる可能性大。仕組みが異なるので単純比較できないとはいえ日本中央競馬会の払戻率(要はテラ銭)が25%。長く打てば必ず損をする事態に陥りましょう。
代貸しがジャンキーに駒を回す「特定金融業務」
実施法案が明らかになって一番驚いたのは「特定金融業務」の容認でした。いわゆるカジノ金融です。一定の預託金を納めた日本に住まない外国人や日本人に事業者が2ヶ月間無利子で貸し付けられ、期限を過ぎたら年14.6%の違約金がいきなり上乗せされるのです。14.6%はおそらく消費者契約法の準用ないし明治時代から残る日歩4銭の慣習を年に換算した額でしょう。かなりの高率といえます。
不可解なのは預託金の額や貸金の上限が謎なところ。何やら「預託金があるから大丈夫」風な装いですけど最低額が1万円や10万円で、それさえ預かっていればいくら貸してもいいではストッパーになり得ません。時代劇に出てくる丁半博打で代貸しが駒を回すのと大して違いますまい。
2ヶ月間無利子はむしろ借りようという動機付けになりましょう。熱くなっているギャンブラーが多少の預託金を納めていたがために胴元から大借金し「2ヶ月もあれば勝てる」と大勝負に出れば大抵負けます。期限が過ぎたら借金+高利の返済。しかも債権回収業者に「取り立て」が依頼できるのです。破産者続出促進案といっても過言ではないと思います。
マネーロンダリングへの不安
カジノにつきもののマネーロンダリングへの不安も絶えません。例えば05年9月にアメリカが中国・マカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」が北朝鮮の政府機関や関連企業によるマネーロンダリング(資金洗浄)などに関与した疑いがあるとして米金融機関に取引禁止を命じたケース。米国愛国者法(反テロ法)は311条に「マネーロンダリングの大きな懸念」がある外国銀行等との取引停止と口座凍結を米国銀行に命じられるとあり、BDAの幹部が北朝鮮当局者と手を結んで米ドルの偽札を含む現金を預け入れた上で市場に流通させていたと米政府にみなされました。
舞台となったマカオは1999年までポルトガルの植民地でカジノが盛ん。中国に返還後も「特別行政府」として本国から相当の自治権をもらっています。そうした性質上「あやしい金」が行き交うとかねて疑われてきました。同じような事態を招かないとの保証は何もないのです。
お飾りになりかねない「カジノ管理委員会」
カジノが適切に運営されているかを監督する目付役として新設される「カジノ管理委員会」も実効性が疑問視されます。業務停止を含む強い行政処分権限を持ち、内閣府の外局に置かれる独立性の高い「三条委員会」として発足します。もっとも委員はたった5人。
三条委員会だからビシバシ取り締まれるかというと疑問が残ります。比較的活躍している公正取引委員会ですら今なお「吠えない番犬」の汚名をそそぎきれずにいるし、警察庁を監督する国家公安委員会に至っては大臣委員会であるにもかかわらず「お飾り」との酷評も。過分な期待は禁物です。