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コロナ禍で見えたアメリカの深刻な劣化

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
92%のコロナ入院患者はワクチン未接種者という病院の公告。テキサス州、筆者撮影

ワクチンで見えたはずの光

 新型コロナ感染症との闘いが始まって1年半あまり。最初の頃はワクチンどころか治療法も確立しておらず、PCR検査数も医療者用マスクも人工呼吸器も足らないまま、アメリカは多数の犠牲者を出した。コロナ禍がはじまった当時はトランプ政権で、連邦政府と州政府はいがみ合い、データや情報共有も不十分だった。ロックダウンやマスク着用義務をめぐり不満と不安がつのり、市民と政府、市民同士も各地で衝突していた。

 多数の志願者による大規模治験によりmRNAワクチンが有効かつ安全であることが示されたことで、昨年末にはワクチンの接種を開始できた。今年に入りバイデン政権は積極的に市民へのワクチン接種を続け、目標の7月頭には7割近い大人が少なくとも1回の接種を受けた。今夏からはそれなりに日常を取り戻し、経済回復とともに失業した大人たちも仕事に戻り、子どもたちは学校に通えるはずだった。

 そんな計画は、デルタ株によって大きく変わってしまった。筆者の住む南部のテキサス州では8月上旬から学校が始まっているが、9月3日までにすでに5万人以上の公立学校の生徒が感染し自宅待機になったり、一時的な学校閉鎖を余儀なくされたりしている。子どもが学校に行けなければ、親は仕事に戻れない。州内の病院は小児病院を含め、コロナ病床も集中治療室も満杯だ。感染と不安が広がれば、外に食事や娯楽に出る人も減り再び経済も停滞する。

 アメリカには余るほどのワクチンがあるが、12歳以上の対象者で2回の接種を終えたのは約1億7600万人で接種率は62%にとどまっている(9月4日現在、注1)。8月23日には米食品医薬品局(FDA)がファイザー/バイオンテック社のワクチンを正式承認したが、それで急激に接種者が増えたわけでもない。

子どもの未来を奪う大人の対立

 今、病院を埋め尽くしているのは、ワクチン未接種で感染して重症化した人達だ。11歳以下の子供はワクチンを接種できないので、市中に感染が蔓延した環境で生活したり、家族が感染したりすれば、当然、子どもも感染する確率が高くなる。

 しかもアメリカではワクチンどころか、マスク着用をめぐりいまだに対立がある。学校でコロナ感染対策としてマスク着用ルールを実施したくても、「政府が個人の自由を制限すべきでない」との理由で、テキサス州知事らはマスクの義務付けや教員等へのワクチンの義務付けを禁じている。(ワクチン義務付けといっても、アメリカでは医療的、宗教的理由等があれば、当然、免除される)

 ダラスの公立学校をふくめ、いくつかの学区では子どもを守るために知事の命令に逆らってマスク着用ルールを実施しているが、「マスクをさせるのは、児童への虐待行為だ」と主張する親たちからの訴訟も起きている。公立学校には、家庭ではオンライン環境が不十分だったり、オンラインではうまく勉強できなかったり、経済的な問題で学校がないと昼食がたべられなかったりする子どもが沢山いる。

 子どもは学校にいって、友達や先生と一緒に勉強し、安定した日常生活を送ることで安全を実感したいはずだ。大人たちがマスクやワクチンをめぐって口論し合っている間に、子どもたちが日常生活に戻れる日が遠のいていく。それどころか、不運にもコロナ感染症のために親を失ってしまう子どもや、自分も感染してしまう子どもも出てきている。

 アメリカではこれまでに約400人の子どもが新型コロナで亡くなり、テキサス州でも8月26日までに59人の子どもがコロナで命を落としている。ワクチンにより多くは防げたはずの重症患者や死者を前に、精神的に追いつめられる医療従事者も少なくない。そうした思いで、テキサス州ダラス市のベイラー病院は「92%の入院患者はワクチン未接種の人です」という公告をだし、必死に接種を呼びかけている。

ワクチンでトンネルを抜けた国

 先日、CNNの海外ニュースで、アイスランドのコロナの状況を伝えていた(注2)。人口35万人の小さな島国で、12歳以上の市民の84%がワクチン接種を終えている。アイスランドもデルタ株に見舞われ感染が急増しているものの、重症化するケースが少なく、このニュースの収録時点では入院患者数は18人。5月以来、死亡者は一人もいないと言う。ワクチンが導入される前は、同じ病院で65人から75人の重症化患者をかかえていた。

 アイスランドのコロナによる死者数はこれまでに33人(注3)で、ほとんどがワクチン導入前の死亡者とのこと。番組内でインタビューを受けた市民は「もちろん、ワクチンはみんな受けてるわよ。市民として社会への義務のようなものでしょ」と話し、必要に応じてマスクをつかいながら、ほぼ普段通りの生活をしているようだ。

 アメリカは莫大な費用と科学者たちの努力や、治験に志願した多数の市民のおかげで、本当に1年で有効かつ安全なワクチンを作ることができた。アイスランドも同じファイザー/バイオンテック、モデルナ、J&J、そしてアメリカでは使っていないがアストラゼネカのワクチンを使用している。

 ワクチンは完全ではなく、ブレイクスルー感染も起きているが、頻度は低いうえに多くは感染しても無症状か軽症ですむ。自分も周囲の人もワクチンをうち、適切にマスクを使ったり、距離をあけたりして、感染リスクを下げるよう気をつけて生活すれば、感染確率はさらに減る。また感染してしまったとしても、医療体制に余裕があれば患者に対して迅速かつ手厚い対応ができる。

 今やテキサス州でも、入院できるまでに救急車や救急室で何時間も待たされたり、遠く離れた地域の病院を探したり、さらには集中治療室があくのを待ちながら自宅で死亡する人もでてきている。アメリカはすでに64万人以上の死者を出し、今も毎日、平均1300人がコロナのために死亡している。アイスランドにできたことが、資金も資源も技術力も何十倍、何百倍もあるアメリカにはできない。国の劣化は、市民意識の劣化からはじまるのだろう。アメリカ市民がお互いに社会を守る意識を再び共有できるようになる日はくるのだろうか。

関連リンク

注1 CDCのコロナ関連データリンク(英文リンク)

注2 CNN 5月以降、コロナ死が出ていないワケ(英文ビデオ、8月26日)

注3 ICELAND REVIEW (英文リンク、中段にアイスランドの感染数、入院数等のデータ有り)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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