23535人を集めた世界女王との第2戦。敗戦の中で新生・なでしこジャパンが踏み出した確かな一歩
23535人を集めた注目の一戦
2日に行われたアメリカ女子代表との一戦で3-3の打ち合いを演じたなでしこジャパンは、5日、同じく世界女王との第2戦に臨んだ。
13時キックオフとなったこの試合は、アメリカが2-0とリードで迎えた後半30分過ぎに激しい雷雨となり、急きょ中断。サスペンデッドの判断が下される異例の事態に。
試合が成立するかどうかはFIFAの判断が待たれるが、ある意味においては90分よりも濃密な時間に感じられた、その「75分間」を振り返る。
チームは、第1戦の翌日にオハイオ州クリーブランドに移動。国内でも2時間の時差があり、1600mの高地から移動してきた選手たちの疲労は色濃く、移動日の3日に加えて試合前日の4日午前も練習が急きょオフとなった。全員が集まってトレーニングできる時間は限られており、貴重な時間ではある。だが、所属チームで主力でもある20人の選手たちは、国内リーグも含めて9日間で3試合をこなすハードスケジュール。時差と移動続きの中、高倉麻子監督はコンディショニングに最大限配慮をしつつ、2戦目に臨んだ。
第2戦の会場となったのは、五大湖のエリー湖のほとりにそびえるFirst Energy Stadium。73200人を収容できる大きなスタジアムだ。普段はアメリカンフットボールの会場として使用されており、通常のグラウンドよりも芝は長め。また、ピッチの中央が盛り上がったような作りで、横幅が狭く感じる。そびえ立つような傾斜のスタンドが作り出す雰囲気は、迫力満点だ。
そして、5日。スタジアムには23535人の観客が詰めかけ、ワールドカップさながらの雰囲気を演出した。
湖の影響で周辺の天候は変わりやすく、この日も午後から雷雨の予報は出ていた。しかし、空はそんな予報が信じられないような晴天。
現地時間午後1:00、キックオフの笛が鳴った。
世界女王の貫禄
日本は1試合目からスタメン7人を入れ替えて臨んだ。GK山根恵里奈、DFラインは右から川村優理、高木ひかり、熊谷紗希、宇津木瑠美。ボランチは阪口夢穂と中里優、両サイドに杉田亜未と増矢理花、岩渕真奈と菅澤優衣香が前線に並ぶ。
「(1試合目から)守備の細かい修正はありますが、それもすべて攻撃のため。攻撃にかかった時のパスの質や、イメージの共有、動き出しの速さといったところが大事になってきます」
試合前にそう高倉監督が話したように、この試合のテーマの一つは、「攻撃の質」を高めることだった。
しかし、実際にそのサッカーをピッチで体現したのは日本ではなく、アメリカの方だった。この試合でアメリカはシステムを(1試合目の4-4-2から)4-3-3に変更。スピードのあるクリスタル・ダンを右に、最もテクニックがあると言われるトビン・ヒースを左に配置。前線から激しい圧力をかけて日本を自陣に釘付けにしたのだ。
連携の未熟さゆえ、スピードやパワーなどの個の力の差が顕著になってしまったことも押し込まれた一因だろう。司令塔を務めたボランチ、阪口夢穂の言葉がそれを物語る。
「相手が前から来ていることをチーム全体が怖がっていたのかなと。『かわせたらチャンスになる』という風に考えられなかった。スピードや、どこにボールを置くかといった技術の大切さを再確認させられました」
守備からスムーズに攻撃へと移るべくラインを高く設定する日本は、両サイドバックの裏のスペース、特に杉田と川村の右サイドを徹底的に狙われた。
そんな中、幾度となくピンチを救ったのが、この試合でスタメンに抜擢された守護神、山根だ。
「ピンチに失点するかしないかでチームの流れは大きく変わると思うので、今日は『絶対に逃げない』と決めていました。チーム全体がラインを高くした中で、GKはゴールを守ることだけじゃなくて、『裏のボールを奪う』ということも求められてくると思うんです」
188cmのリーチを生かしたハイボールの処理だけでなく、至近距離で迎えた1対1の場面も相手から目を顔をそらすことはなかった。だが、日本はそんな山根の奮闘を生かすことができない。パスをつないで相手のプレッシャーをかいくぐる時間帯もあったが、前線にボールが収まらず、フィニッシュに持ち込めない。緩い横パスをさらわれるなど些細なミスからピンチを招く場面が増えると、流れは一気にアメリカに。前半20分以降は、猛攻に晒された。
そして前半27分。ハーフウェーライン前でFKを与えると、中央に入ったボールを杉田がクリアミス。拾ったロングがすかさずクロスを送り、ファーサイドからセンターバックのジョンストンが走り込む。僅かにオフサイドだったが、判定は「ゴール」。不運だが、その一つ前で防げた失点だった。
ハーフタイム、高倉監督は前線とサイドに運動量の豊富な千葉園子と中島依美を投入。
「前からの圧力があったので、裏を狙って相手のディフェンスラインをひっくり返すために『空いたスペースで受けて、そこから中盤でつないで展開していこう』と伝えました」(高倉監督)
相手にやられたことを、今度は日本がやり返すーー。後半に向けた指揮官の交代策に、そんな意図が読み取れた。
56分には川村に変えて有吉佐織を投入。岩渕が低い位置まで降りてきてタメを作り、サイドの千葉が空いたスペースを目指して駆け上がる。「詰まり」は解消されたように見えた。
だが、流れが変わりはじめたところで、今度は左サイドの裏を狙われる。62分、ダンが一瞬のすきをついて裏を取った。クロスを入れると、「日本キラー」のモーガンが走り込む。ボールが出た瞬間、ダンはオフサイドポジションにいたが、またしても見逃された。
0-2。
日本にとって失うものは何もない。横山久美をトップに、佐々木繭を左サイドに投入し、指揮官は次々と攻撃的なカードを切っていく。「ピッチに立つ全員が同じ絵を描く」ため、チームとしてのチャレンジが試される残り30分間を迎えた。
しかしーー。日本に反撃の機会が与えられることはなかった。60分過ぎから、晴天だった空がみるみるうちに雲に覆われ、雷鳴が轟く。再開の目処は立たず、試合が中断されてしまったのだ。
「今からエンジンがかかるところだったのに。いろいろと試したいこともあった」
ミックスゾーンに現れた高倉監督は、悔しそうに言った。
2戦を通じて見えたもの
75分間とはいえ、世界女王の底力と意地を見せつけられるには十分だった。
「失点シーンは、ミス絡みでもったいなかったと思いますけれど、それも自分たちの実力です。相手のプレッシャーをはがすことができなかった。前と後ろのタイミングが合わず、ビルドアップも不安定でした」
数えきれない修正点を整理するように、一つ一つ挙げていく。
2得点ともオフサイドが見逃されなかったら、まったく違う結果になっていた可能性もある。だが、ジャッジに対する不満を口にすることはなかった。75分間の中で迎えたピンチの数を考えれば、失点も含めて、すべて修正材料にしたい思いもあるだろう。
1分1敗ーー2つの試合を通じて多くのミスもあったが、世界女王に積極的にトライしたからこそ生まれたミスでもある。特に2戦目の完敗は、鮮やかですらあった。2万人が入ったアウェイで、世界女王にも物怖じしなかった若い選手たちの姿勢は、経験のある選手たちにも刺激を与えていた。
「国歌斉唱をした時が一番感動したし、興奮しました。今まで、自分が経験したことのないようなスピードやパワーをなでしこジャパンの一人としてピッチに立って体感できたことが嬉しかったし、楽しかったです」(中里)
チームで最も小柄だった(148cm)ボランチの中里は、横パスを長い足にさらわれる場面もあったが、30cm近く差のある相手の懐に入り込み、球際の強さを見せた。
「トライ&エラーだよ、と、(熊谷)紗希さんに言われました。やってみないと失敗もできないので、チャレンジしたいです」
試合前にそう話していたセンターバックの高木は、ダイナミックに弾き飛ばされてシュートを許した場面もあったが、攻撃では持ち味のロングフィードを成功させた。
正GK争いも激化するだろう。第1戦の山下杏也加と、第2戦の山根は2人合わせて5失点しているが、それぞれに「伸びしろ」を見せてくれたように思う。
「(アメリカのGK)ソロと最後に握手している時にまじまじと見てしまいました。彼女は本当にビッグプレイヤー。目標にしながら、自分らしさを見失わないように一歩一歩上っていきたい」(山根)
そんな中、今回唯一出場機会がなかったのがGK池田咲紀子だ。試合中、ピッチを食い入るように見ていた背中が印象に残る。この悔しさをバネに、国内リーグでの活躍を期待したい。
フル代表で初の指揮をとった高倉監督は、2戦を通じ、GK池田以外の19人をピッチに送り出した。何人かは複数のポジションで起用するなど、積極的な起用も光った。ピッチ内外で選手とコミュニケーションを重ねたことも、選手たちの伸び伸びとしたパフォーマンスを引き出した一因だろう。
「高倉監督と大部コーチは、普段はよく冗談を言っていて面白いんですけど、サッカーになると怖い。本気で言っているのか、冗談で言っているのかたまに分からない時もあるんですが(笑)基本的にプレーをしている時はぴしっとしていないといけないなと思います」(村松智子)
この2試合で選手たちが示したパフォーマンスから、今後に向けた戦力の見極めも進んでいるはずだ。
「ボールを繋ぎながら、細やかで丁寧なサッカーをしていく。それだけ細かいところに気を遣うサッカーなので、ちょっと綻びると修正するのも大変です。フィジカル的な要素ももちろんですけれど、より技術的なことや、状況判断をもっと要求していきたいと思います」(高倉監督)
高倉監督とアメリカのジル・エリス監督は、お互いに育成に携わる中で両国の良さや、理想について語り合ってきた仲でもあるという。ピッチ上で旧交を温める場面も見られた。今回の遠征を一つのきっかけに、再び国際舞台で世界女王の座を争えるような良いライバル関係を築いていけたら理想だ。
濃密な8日間のアメリカ遠征を終えた新生・なでしこジャパン。2020年に向かい、チームは確かな一歩を踏み出した。