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ケムに巻かれて煙分補給 SLやまぐち号40周年の謎を解く旅

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
D51に引かれて昭和の旅を体験できるSLやまぐち号 (撮影:村上義弘氏)

JR西日本の山口線で走るSLやまぐち号。

今年、運転開始から40周年を迎えます。

そのやまぐち号が、団体貸切列車として15日(海の日)に特別運転されるということで乗車してきました。

塩分ならぬ煙分補給です。

始発駅で発車を待つSLやまぐち号
始発駅で発車を待つSLやまぐち号

この日は時刻表に掲載されている運転日ではありませんでしたが、山口市阿知須(あじす)にある鉄道模型専門店「スモールワールド」の代表、石光修さんが発起人となってJRから列車をチャーターして、日本旅行が募集する形で実現したものですが、パンフレットを作るようなことはせず、ほぼ口コミとネットだけで5両編成の列車が満席になるという驚きの集客力です。

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大賑わいの出発前の受付シーン。地元のテレビカメラも取材に来ていました。

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列車が入線する前からホームにはたくさんの人。

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D51に推される形の推進運転で入ってきた列車は昭和の雰囲気が香るレトロ車両。

この客車を見て懐かしいと思われる方も多いと思います。

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最後部は展望車。戦前に東海道本線の特急「つばめ」などに使用されていた当時のデザインです。

この展望車はグリーン車扱いです。

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普通車の車内はこんな感じ。

昭和の香りがプンプンです。

でも、この車両は昭和のレトロ車両ではなく、実は2017年につくられた新造車。

どう見ても昭和の車両に見えますが、新潟トランシスという車両メーカーが製造したまったくのピカピカの新車なんです。

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トイレはこんな感じ。

便座がボタンで上がるシャワー付きトイレ。

こういうところはさすが新車ですね。

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こちらは洗面台。

このデザインは昭和20年代に製造された国鉄の客車の洗面台そのものです。

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最後部の展望車はグリーン車。

この座席のデザインも昭和の一等車です。

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西日本地区限定販売の40周年記念デザインの缶ビールをお供に、旅の雰囲気も高まります。

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途中数か所の駅で長めの停車時間があって、皆さん列車から降りて先頭の機関車の周りに集まってふれあいタイム。

小さな子供を連れたファミリーが多い列車なので、ちびっ子たちが大騒ぎです。

なぜ、山口線でSLが走っているのか?

今年運転開始40周年を迎えるやまぐち号ですが、なぜ山口線でSLが走っているのか、疑問に思われる方もいらっしゃると思います。

筆者は40年前の運転開始当時のことをよく記憶していますが、当時、赤字に悩む国鉄は、何とか新幹線に乗っていただく術を探していました。

昭和50年に山陽新幹線が博多まで開業し、当時の新幹線と言えば東海道山陽新幹線のこと。

東北新幹線も上越新幹線もまだ開通していない時代です。

その東海道山陽新幹線に乗ってもらう一つの方法として、当時人気が高かったSLを復活運転させることを考えました。

接続するのは新幹線の停車駅。

どこにしようかいろいろ考えた末に選ばれたのが山口線だったのです。

東京や大阪からできるだけ遠く、かつ、飛行機にお客様を取られないこと。

当時の山口宇部空港はプロペラのYS-11が就航するだけのローカル空港でしたから、「ここなら大丈夫」と国鉄が山口線を選んだのです。

筆者はまだ10代の学生でしたが、「国鉄はずいぶん意地悪なことをするなあ。」と思ったものです。

なぜなら、東京から山口線は当時はとても遠いところで、学生の身分ではそうそう簡単に出かけることができないところだったからです。

ただ、国鉄のもくろみは当たったようで、やまぐち号は大人気となりました。

今、新山口発10:50という時刻設定も東京からの「のぞみ」の始発に接続していますし、大阪方面からのお客様がらくらく日帰りできる設定になっているのです。

なぜSL運転が40年も継続しているのか?

国鉄からJRになって、その間40年間もSLやまぐち号は走り続けてきたことになります。

伝統のブルートレインなど、昭和の名列車が次々と消えていく中で、なぜこの列車が走り続けているのか。

蒸気機関車の整備や運行には他の列車と比べると莫大な経費がかかります。

にもかかわらず、JRはこの列車の運行を続けています。

乗車料金も普通列車扱いですから特急料金などの特別料金もかかりません。

乗車券にSL座席指定券520円を追加するだけで乗車できます。

始発駅の新山口から終点の津和野まで全区間乗車しても1660円。

同じ区間を特急列車に乗ったら2840円ですから、JRは商売っ気がないような気がします。

それでも40年間運転継続して来られたのは、やはり往復での新幹線利用ではありませんが、SLやまぐち号に乗車していただくために新幹線でいらしていただけるということなのでしょう。列車単体ではなく、その列車を走らせることでトータルに考えたら利益が出ると会社が判断しているということです。

JR東日本のエリアでも、たとえば秋田、青森県境の五能線というローカル線に観光列車が走っていますが、こういう列車を走らせても単体では五能線は赤字です。でも、観光客が往復新幹線に乗ってくれることで、トータルに見て利益が出るような仕組みになっているのです。

ガチなSL列車「やまぐち号」

そういう営業的なテクニックだけではなく、SLやまぐち号がこれほどまで長い間人気が継続しているその大きな理由は、このSL列車は「ガチ」だということです。

つまり、本気のSL列車。

どういうことかというと、一生懸命走る列車なのです。

単なる観光列車としての汽車ポッポではなくて、急な上り坂を機関車が息を切らしながら一生懸命走る。

それがやまぐち号の特徴です。

山口線はなかなかの山岳路線で、急勾配が連続します。

先頭の機関車は止まりそうになるほどゆっくりと登ります。

時速は20キロぐらいまで落ちて、乗っていて心配になるほどゆっくりになります。

「なんだ坂、こんな坂、なんだ坂、こんな坂」

機関車が息を切らして坂を登る姿を表現した昔の言葉ですが、まさしくこの言葉通り、煙をたくさん吐いてピストンを動かして坂を登る音が聞こえてきます。

これがSL列車の醍醐味です。

乗る方も、沿線で写真を撮る方も、どちらも大満足できるのがやまぐち号だということです。

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▲煙もくもくで坂道を登るやまぐち号

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▲沿線で撮影する皆様方もケムに巻かれています。

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▲上り坂のトンネルを出るとこんな状態です。

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▲「煙に巻かれますから車内へお入りください」とアナウンスがあっても、そんなことはお構いなしで子供たちは大騒ぎです。

このようにSLにとっての真剣勝負が見られるのが「やまぐち号」の最大の魅力なのではないでしょうか。

そしてこれが40年間その人気を保ち続けている理由だと筆者は考えています。

これからのSLやまぐち号

8月1日に40周年記念式典が新山口駅で予定されているようですが、これからのやまぐち号は、どうなっていくのか。

その点については筆者は明るい希望を持っています。

それは、JR西日本が専用の客車を新しくデビューさせたことと、今まで40年間先頭に立ち続けてきたC57型に変わって、力持ちのD51型を山口線に投入したこと。現在C57は修繕整備中ということですが、つまりは機関車2台体制になるということです。

ということは、JR西日本としては「まだまだやるぞ!」という気持ちの表れだと理解できます。

以前、JRの幹部の方にお話をお伺いした時に、「SLだけじゃ、赤字です。鳥塚さんがおっしゃるように、新幹線に乗っていらしていただくことで利益が出るのはもちろんですが、それだけではありません。SLをはじめ、観光用の列車を走らせるというのは、JRが地域に貢献できるということなんです。SLの写真を撮りに来るだけの方でも、地域に人が集まれば何らかの形で地域貢献になるでしょう。そのために観光列車があると考えています。」とのことでした。

ちょっと希望が持てますよね。

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列車に乗ってお客様に記念撮影サービスをするアテンダントさん。

山口県立大学国際文化学部文化創造学科の福田美咲さんと白石古都さん。

彼女たちは有志でボランティアで列車に乗り込んでお客様のご案内をしています。

このような地域に密着したサービスが展開されています。

車内だけではありません。

沿線の撮影地ではご多分に漏れず心無い輩によるトラブルが時々発生しています。

そういうトラブルに関しても土地の所有者と沿線在住の有志の皆様方が話し合いを行い、一つ一つ解決しています。

地域の皆様方も、時には顔をしかめる事象も発生していますが、それでもSLやまぐち号が走ることで地域が活性化しているということを肌身で感じていらっしゃるのでしょう。鉄道会社とファンと地域住民が、全員参加でこのSLの運行を支えていることがよく理解できた今回の旅でした。

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貸切列車で大人の遠足。上段右は窓から手を振る筆者です。(2枚とも撮影:村上義弘氏)
貸切列車で大人の遠足。上段右は窓から手を振る筆者です。(2枚とも撮影:村上義弘氏)

SLやまぐち号は夏休みから11月まで、基本週末運転です。

詳細につきましては、JR西日本SLやまぐち運行カレンダーにてご確認ください。

この夏休みはぜひSL列車で親子の思い出を作ってみてはいかがでしょうか。

※本文中に掲載の写真は村上義弘さん(山口市在住)撮影と表記があるもの以外は筆者撮影です。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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