“誤振込事件、電算機詐欺で起訴”検察は裁判所を舐めているのか。無罪主張しなければ、弁護過誤の可能性も
山口県阿武町が新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4630万円を誤って1世帯に振り込んだ問題で、誤振込口座の名義人の町民が、電子計算機詐欺罪で逮捕・勾留されていたが、昨日(6月8日)、検察は、同罪での起訴を「強行」した。
本件での電算機詐欺罪の適用が、「無理筋」であることについては、いずれも、Yahoo!ニュース個人で、逮捕直後に甲南大学名誉教授で刑法学者の園田寿氏が《【給付金誤振込み事件】電子計算機使用詐欺罪の適用は疑問だ。》と題する記事を投稿され、その後、私も、【“4630万円誤振込事件”、「電子計算機使用詐欺」のままでは無罪】と題する記事を投稿した。
さらに、朝日新聞の言論サイトの「論座」にも、5月26日に園田氏が【誤入金4630万円を使い込み それでも罪に問うのはきわめて難しい】と題して、改めて本件を犯罪に問うことの困難性を指摘し、私も、【4630万円誤送金問題 町の実名公表、警察の逮捕、メディアの犯罪視報道の「異常」】と題し、本件での電算機詐欺罪の適用だけでなく、2017年の森友学園の小学校建設の際に国の補助金不正受給をめぐって籠池泰典氏夫妻に対して補助金適正化法違反ではなく詐欺罪を適用した問題も含め、罪刑法定主義が蔑ろにされている現実を指摘した。
このような刑法学者の園田氏と刑事実務家の私が、本件での電算機詐欺罪成立否定説を唱えたのに対して、これまで、異論・反論は全く出されていない。法解釈として、法適用として、法律家の中ではほとんど一致した見解であるように思うが、電算機詐欺罪で勾留請求した検察は、全く動じる気配を見せず、起訴に至った。
これを受けて、園田氏は、早速、【阿武町誤振込み事件 電算機使用詐欺での起訴は無謀だ】と題する記事をアップしている。そこでも書かれているように、本件に電算機詐欺罪が適用できない理由は、
ということであり、誠に単純だ。
ところが、入手した「公訴事実の要旨」によると、検察官の起訴事実は、次のような内容のようだ。
この公訴事実では、誤振込された預金を、「オンラインカジノサービスの決済代行業者であるC社にその利用料金の支払をすることにより同サービスを利用し得る地位を得ようと考え」た場合は、「振込依頼等をする正当な権限がない」のに、「正当な権限に基づいて同口座からD銀行E支店に開設された前記C社名義の普通預金口座に400万円の振込を依頼する」旨の情報をオンラインシステムに記録させることは、「虚偽の情報」を与えて「不実の記録」を作ることになる、ということのようだ。
この理屈を前提にすれば、民事上、有効な預金債権を取得している口座名義人であっても、それが「正当な権限に基づくもの」でなければ、預金の振替や振込を行うことが電算機詐欺罪に当たり得ることになる。
ここでの「正当な権限」があるかどうかは、誰がどう判断するのだろうか。単に、預金を、同じ銀行の定期預金に振り替えた場合、或いは、証券会社の口座に振り替えた場合はどうだろうか。証券会社の場合、株の信用取引のような元本保証が全くない用途もあれば、MMFのような、すぐにも換金可能な金融商品もある。これらの場合、「正当な権限」があると言えるのか。
誤振込された口座の名義人が、中小企業経営者で、1か月後に同程度の確実な入金が見込めるが、当面の運転資金がなくて従業員の給料が払えない状況だった場合、誤振込の資金を一次的に給与支払いに回すために振り込む場合はどうだろうか。
また、「経費を架空計上して確定申告して、税金の還付を受けた」との疑いをかけられている場合、その還付された税金を他の口座に振込む場合は「正当な権限」がないとされる可能性があり、不正還付について、税法上、修正申告や追徴課税が問題になるのとは別に、電算機詐欺罪での処罰もあり得ることになる。
そもそも「正当な権限」の有無で、電算機詐欺になったり、ならなかったりするということになると、ネットバンキングで預金取引をする際にも、余程考えないと、危ないということになる。本件の検察官の起訴状は、そのような「恐ろしい事態」も生じさせかねない、全く不当極まりないものと言わざるを得ない。
しかし、検察官がこのような公訴事実で起訴してしまった以上、後は、裁判の行方に注目し、裁判所の適正な判断に期待するしかない。
上記のとおり、園田氏と私がヤフーニュース記事だけでなく、「論座」にも記事を投稿して、一貫して電算機使用詐欺罪の成立を否定しているのを、検察も読んでいないとは思えない。その上で、このような「あられもない公訴事実」で敢えて電算機詐欺罪で起訴するというのは、一体、どういう神経をしているのだろうか。
「このような公訴事実でも、裁判所には、世の中の反発を受けるような無罪判決を書く度胸はないだろう」と考えているのだとすれば、あまりに裁判所を舐めているとしか言いようがない。
結局のところ、裁判に注目するということにならざるを得ないが、そこで、唯一、懸念されるのが、弁護人が法的主張をせず、有罪を認めてしまうことだ。もし、弁護人が、法的には無罪主張が可能であること、電算機詐欺罪が成立しないとの指摘があることを被告人に説明せず、法律上の問題点を認識させずに、公訴事実を全面的に認める弁護活動を行い、有罪判決に至ったとしたら、正当な弁護活動とは言えず、弁護過誤となる可能性があるのではないだろうか。
事実関係には争いがない場合に法律上の無罪主張をするかどうかは、一般的には、弁護人としての判断の問題であろうが、少なくとも、本件のように社会的に注目された事件で、法律上の無罪主張が可能であるという指摘が公然と行われているのであるから、それについて説明した上で、被告人自身に無罪主張を行うかどうかを判断させることが、弁護人としての義務と言えるだろう。