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川淵氏も「感慨無量」 大物Jリーガーから官僚まで集結するクリアソン新宿のスゴさと課題

大島和人スポーツライター
(C)2020Criacao

Jリーグは企業や組織が母体になったチームが主流を占めている。しかしJ2昇格を決めたSC相模原は元日本代表の望月重良氏が個人で立ち上げ、県リーグからステップアップしてきたクラブだ。そのような例は、おそらく今後も増えるのだろう。今回はやはり「一から」の立ち上げでJリーグ入りを目指すユニークなクラブを紹介したい。

川淵元チェアマンも注目

ポルトガル語で「創造」を意味するクリアソンという単語を、スポーツの記事で目にすることが増えている。日本経済新聞のような大手の媒体でも、クリアソン新宿(Criacao Shinjuku)の話題が記事になった。12月2日にはJリーグの初代チェアマンである川淵三郎氏が「今朝の日経、新宿発Jへキックオフ、を見て感慨無量」とツイートしている。

もっともクリアソン新宿はJ1のビッグクラブでない。2020年の関東1部を10チーム中5位で終えたサッカーチームで、J1から数えて5部に相当するカテゴリーを戦っている。将来のJリーグ入りを目標に掲げ、11月30日には「Jリーグ百年構想クラブ」の申請も済ませている。

今季のクリアソン新宿にはGK岩舘直、DF井筒陸也、FW岡本達也ら7名の元Jリーガーが在籍していた。来季はJリーグ通算で400試合以上の出場歴を持つ小林祐三(サガン鳥栖)の加入も決まっている。

しかしクリアソン新宿の活動形態はユニークで、コアなサッカーファンには謎めいた印象を与えているように思う。端的に言えばどうお金を集めているのか、そしてなぜ人が集まっているのかという不思議さがある。

新宿区に根ざした活動

もちろんJリーグ入りを目指すクラブ、元Jリーガーがプレーしている地域リーグのクラブは全国各地にある。さらにクリアソン新宿はピッチ外でも、新宿区に根ざした地道な活動を続けてきた。

新宿区は住民の10%以上が外国人という多文化共生の土地。例えばガンバ大阪のタビナス・ジェファーソン選手は新宿育ちで、フィリピン人の母とガーナ人の父を持つマルチレイシャルだ。そんな地域の交流深化を目的に、クリアソン新宿は昨年5月に「グローバルカップ」を開催している。ブラジル、カナダ、韓国、セネガル、中国、ネパールと日本の7カ国による「ミニワールドカップ」だ。

11月24日には、新宿区とクリアソン新宿の間で包括連携協定が締結された。項目は「スポーツ振興」「学校と地域との連携」「多文化共生」「健康寿命延伸・健康づくり」「観光・産業振興や地域商店街の活性化」と多岐にわたる。

百年構想クラブの申請も、当然ながら新宿区の承認を受けたものだ。他に新宿区サッカー協会、東京商工会議所の新宿支部、商店会連合会といった広範なステイクホルダーからの支援も得ている。

代表の丸山和大はこう口にする。

「新宿には今、コロナという共通の敵がいる。飲食店を含めたサービス業の皆さんが、サッカーで新宿を盛り上げることに対して本当に好意的です」

ゴミ拾いのようなスポーツと無関係な地域貢献活動も (C)2020Criacao
ゴミ拾いのようなスポーツと無関係な地域貢献活動も (C)2020Criacao

30名弱の社員で研修などの事業も

プロスポーツの立ち上げは不確定要素が多く「勢い」「ハッタリ」で乗り切るケースも過去に多く見てきた。だがクリアソン新宿には投資先行、話題先行の背伸び感がない。新型コロナ問題による影響が大きかった20年10月期こそ赤字決算を見込んでいるが、経営的にも13年の実質的な創業から19年まではずっと黒字を続けていた。

サッカークラブ事業と、新卒や中途の人材系サービス、研修やイベントのアスリート事業が売上の3本柱だ。大学の体育会学生に対するチームマネジメントセミナー・就職活動セミナーなどは「人材系サービス」の分かりやすい例だろう。

クラブ事業について言うと関東リーグは入場料収入を見込めず、広告宣伝の効果もほとんどない。クラブのパートナーは現在10社だが、研修などのアクティベーションを通して企業側にメリットが発生する仕組みを作っている。

クリアソン新宿の運営会社となる「株式会社クリアソン」の社員は現在30名弱。そのうち17人はクラブ事業部のメンバーだ。ただし兼務が前提でイベント、企業研修があればクラブ事業部のメンバーも参加する。

社員数は既にJ2の中堅クラブ程度の規模感がある。元Jリーガーたちも今はアマチュアで、クラブ事業部をはじめとする事業部で勤務している。水・木は終業後に区内の落合中央公園で練習し、土日に試合へ出る……という活動形態だ。

サッカーと仕事の両立は「得」

井筒陸也は初芝橋本高、関西学院大でキャプテンを務め、2016年から3シーズンに渡って徳島ヴォルティスでプレーしていたディフェンダーだ。2018シーズンの彼はJ2で33試合に出場し、キャリアハイも達成した。そこを転機と見定めてプロを引退し、2019年からは株式会社クリアソンの社員となっている。

井筒はこう説明する。

「自分は小さいころからビジネス、仕事にチャレンジしたい気持ちもありながら、ずっとサッカーをしてきました。でもサッカー界は0か100かで、もうサッカーをしたら仕事ができない感じがあります。『サッカーもして仕事もしてすごく大変』と言われますけど、僕は両方できて得に感じています。ビジネスは自分がどうお客さんに価値を届けたらいいのか考えて、届けることができる。サッカーとは違った楽しさがあります」

井筒はクラブの広報・PRを務め、営業でも重要パートナーの2社を任されている。新宿区との協働にも関わり、先日は東商新宿の講演会に登壇。新宿区内の重鎮、経営者ら120名を前に1時間半の講演をこなした。

Jリーガーが「声を掛けてもらえる人材」に

丸山代表は以前「クリアソンから(優秀な人材が集まることで知られる戦略コンサルタントの)マッキンゼーに行くような人材を出したい」と筆者に語っていたことがある。学問と同じく、スポーツには人を育てる効果がある。プロサッカー選手を引退したあとに一般企業へ入社する選手は多いし、中には一流とされる企業に就職する選手もいる。しかし「プロスポーツ選手崩れ」のセカンドキャリアについて、社会がポジティブな印象を持っているとはいい難い。

クリアソンは元Jリーガーが、ビジネスマンとしてステップアップする場になる。丸山は言う。

「井筒もそうですけれど、色んな企業から声を掛けてもらえる人材には間違いなくなっています」

「デコボコ」した人材が融合する文化

もちろんクリアソンの社員は元Jリーガーだけではない。代表の丸山は元大手商社社員で、そのようなビジネスエリートも多い。元総務省のキャリア官僚だった女性社員もいて、行政とのやり取りで必要な書類作成では無類の強さを発揮したという。

元Jリーガーでも井筒は大卒後にプロ入りしたが、岩舘直や小林祐三は高卒でプロ入りしている。岡本達也のようにプロ→大学→プロという経路をたどった選手もいる。

丸山はこう述べる。

「色んな意見の違いは当然ありますが、それが逆に強みになることもあります。例えば岩舘が持つJリーグで8年間、試合に出なくても必要とされた力はスペシャルなものです。うちの会社は結構デコボコしていて、勉強が強烈にできる人間がいるし、井筒みたいに『このチームをどうつくるか』にこだわってきた人間もいる。行動に長けているタイプもいる。それをリスペクトし合える文化を、すごく大事にしています」

文武官民と様々なバックグラウンドを持った人材が、青臭い表現を使えば同志的に結合している会社ーー。それが筆者のクリアソンに対する印象だ。丸山はこのクラブの代表だが、決してカリスマタイプではない。もちろん強烈な情熱の持ち主だが、ソフトに相手の話を聞き「ノセる」「巻き込む」のが上手いタイプだ。

とはいえ、どういう仲間を受け入れるかは大切だ。クリアソンは過去のチームマネジメントセミナー・就職活動セミナーが財産になっている。丸山と井筒は関西学院大サッカー部を対象としたセミナーを通じて知り合った。クリアソンは社員にせよ、選手にせよ、お互いを理解した上で採用している例が多い。結果的にミスマッチも起こりにくくなる。

広報・PRを担当する井筒も元Jリーガー:筆者撮影
広報・PRを担当する井筒も元Jリーガー:筆者撮影

「サッカーを使って何ができるか」を考える

「5部」とはいえ、関東1部レベルになればプロ契約の選手も当たり前にいる。対するクリアソン新宿は「働きたい」「ここで成長したい」という人材を社員として採れる。報酬でなくコンセプト、そこで積める経験に惹かれて人材が集まってくる。それが彼らの持つ唯一無二の特徴だろう。

クリアソンのコンセプトについて井筒はこう説明する。

「自分たちはサッカーをするために集まっているのでなく、サッカーを使って何ができるんだろうと考えている。社会、新宿区、チームメート、内部の人間たちに対しても、サッカーを使って何ができるんだろうと考えています。それを成すために、サッカーをむちゃくちゃ頑張ってやっている。そういう集団なのかと感じています」

丸山も述べる。

「社会を豊かにする手段は、サッカー以外にもいっぱいあるじゃないですか。サッカーで相対的に価値を発揮できる領域は何だろう?というときに、新宿なら色んな国籍、ジェンダーといった、いわゆるダイバーシティをつなぎ合わせる役割があります。あとは子どもの運動機会提供も当然そうですね。サッカーは万能ではないので、陸上が良ければ陸上もします。ビジネス的な解決が良ければそれもします。そんな感じです」

課題は昇格と百年構想クラブ承認

クリアソン新宿は理念があり、地域密着の実態があり、人材もいる。経営面も堅実で、さらに新宿区や東京23区というマーケットは極めて有望だ。

一方でJリーグ参入となれば、それは容易でない。関東1部→JFL→J3→J2→J1という階段では、おそらくJFL入りが最大の難関だ。関東には栃木シティやVONDS市原のようなJ3級の体制を持つクラブもあり、関東を勝ち抜いてもその先には過酷で知られる全国地域サッカーチャンピオンズリーグがある。

それ以上の難関が、ライセンス取得かもしれない。地域リーグ勢では栃木シティ、VONDS市原、南葛SC(20年は東京都1部)の3チームが既に百年構想クラブとして認められている。クリアソン新宿も11月に申請を済ませているが、承認されるかどうかは流動的。スタジアム確保という難題が、彼らの前に立ちはだかっている。

念のため説明すると新宿区には2019年に完成した68,000人収容の新国立競技場がある。神宮外苑の再開発に伴い、秩父宮ラグビー場も渋谷区から新宿区に移ってくる。また東京商工会議所新宿支部を筆頭に、クリアソン新宿が国立競技場を使えるように後押しする動きはある。

しかし関東リーグやJFL、J3のクラブが新国立や新秩父宮をホームとして押さえることは現実的でない。クリアソン新宿が毎試合3万人、4万人を集める人気クラブとなれば話は別だが、彼らがステップアップするまでの「移行期間」のやり繰りが難題になる。

なぜ23区にJクラブが生まれないか?

イングランドのプレミアリーグは人口900万人のロンドンに6つのクラブが集中している。JリーグにもJ1のFC東京、J2の東京ヴェルディ、FC町田ゼルビアといった名は挙がるものの、人口965万人の東京23区にクラブが一つもない。地方偏重は良くも悪くもJリーグの特徴と言ってもいい。

プロ野球には読売ジャイアンツや東京ヤクルトスワローズのような都心の球団がある。Bリーグもサンロッカーズ渋谷があり、他にも23区進出の動きがある。仕事帰りに寄っていける、買い物や歓楽の「ついで」に足を運べるーー。Jリーグがそのような敷居が低いエンターテイメントとなれれば、新たなファン層の開拓にもつながるはずだ。

サッカーでも「都心にクラブを持ちたい」と考えたオーナー候補はいるはずだ。実際に南葛SCは葛飾区との提携から、スタジアム建設の動きを見せている。

一方で千代田区や新宿区、渋谷区のような都心に近づくほどスタジアムの確保は難しい。想定可能な一つのストーリーは、他の都道府県にあるビッグクラブを東京に移す方法だろう。現実に鹿島アントラーズに対して、東京移転を前提とした買収オファーがあったと聞いている。しかし地方からクラブを「奪う」形がいいとは思えない。

「ビッグクラブ候補」をどう育てる?

クラブライセンスはJリーグを豊かにするためのもので、その成長を邪魔するものではないはずだ。熟議は必要だろうが、制度や運用は現状に合わせて変えていい。

新宿はスポーツを必要としている土地の一つだろう。クリアソン新宿はそんな地域に浸透しつつある有望なビッグクラブ候補で、そのポテンシャルを引き出せないのはもったいない。東京23区に関してはホームスタジアムの必要要件を緩和し、「仮住まい」を認める運用があるべきだ。

東京都内には1万人以上を収容できるフットボール場が、ラグビー専用の秩父宮しかない。ただしJ3以下の試合なら開催できるスタジアムがいくつかある。

・味の素フィールド西が丘(北区)

・駒沢オリンピック公園陸上競技場(世田谷区)

・夢の島競技場(江東区)

・江戸川区陸上競技場(江戸川区)

・多摩市立陸上競技場(多摩市)

・AGFフィールド(調布市)

高校サッカー、大学サッカーの重要なカードも、こういった競技場で開催される。また西が丘を除けば陸上競技場で、他競技との調整も必要だ。だからこういった会場を「1クラブが押さえる」ことは難しい。ただし都や区のサッカー協会が押さえられる枠はある。

東京都内にはクリアソン新宿の他にも、意欲的な活動をしている、楽しみなクラブが複数ある。都のサッカー協会が中心になって、カテゴリーや人気に応じたスタジアムの割り振りを調整してもいい。

もちろん厳しいライセンス基準があるから、それをクリアする努力も引き出された。Jリーグの発足から30年近くが経ち、サッカー文化は全国に広がっている。テゲバジャーロ宮崎のJ3入りが決まり、Jクラブがない県はもう7つしか残っていない。一方で都心のJクラブがまだ一つもない。それはサッカー界が令和に向けて抱える課題だ。

クリアソン新宿のようなサッカー文化、Jリーグを発展させる大切な「芽」を伸ばせる環境が用意されることを願いたい。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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