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トムのミイラ映画の失敗で、ジョニデの企画も消えた『透明人間』。低予算で作ったら、大成功!

斉藤博昭映画ジャーナリスト
「痕跡」はこのように残る。それが『透明人間』の怖さ

数年前、ユニバーサル映画の「ダーク・ユニバース」という壮大なプロジェクトに、映画ファンの心は躍った。マーヴェル・シネマティック・ユニバースやDCエクステンデッド・ユニバースのように、アメコミヒーローの「ユニバース」が成功を収めるなか、ドラキュラフランケンシュタイン半魚人など、ユニバーサル映画が誇る歴代のモンスターキャラを主人公にした映画を、現代のテクノロジー、スターのキャストでリブートし、やがては各キャラがクロスオーバーするモンスター版の『アベンジャーズ』のような映画も生まれる……。そんな期待の下、第1弾としてトム・クルーズ主演で『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』が公開されたのは、2017年。

「マミー」とは「ミイラ」のこと。1932年の『ミイラ再生』をリブートしたこの作品は、残念ながら評価、興行収入ともに惨敗。映画批評サイト、ロッテントマトでは批評家16%という低支持で、「トム・クルーズの主演作では最低の作品」などという批評も出たくらい。ユニバーサルはもともと、2014年公開の『ドラキュラZERO』をダーク・ユニバースの第1弾にする予定だったが、あえて『ザ・マミー』で華々しく始めることにしただけに、この痛手は大きかった。第2弾として『美女と野獣』のビル・コンドン監督による『フランケンシュタインの花嫁』が2019年公開予定だったものの、無期延期になったまま。そして同じく企画が進んでいた、ジョニー・デップ主演による『透明人間』のリブートも、脚本家が降板してから宙吊り状態になって、そのまま立ち消えてしまった。『ザ・マミー』でラッセル・クロウが演じたジキル博士による秘密組織が、アベンジャーズのような世界観に広がる予定だったのに……。ダーク・ユニバースは実質的にストップしており、ユニバーサルは自社が権利をもつクラシックなモンスターたちを、気鋭の才能に託すという方向にシフト。そしてダーク・ユニバースとは関係なく、新たな『透明人間』が誕生した。そして、これが大成功と言ってもいい結果になったのである。

今回の『透明人間』のプロデューサーは、ジェイソン・ブラム。『パラノーマル・アクティビティ』から、M.ナイト・シャマラン作品、そしてアカデミー賞作品賞候補にまでなった『ゲット・アウト』まで、ホラーを手がけたら右に出る者ナシ。というより、現在のハリウッドを代表するプロデューサーの一人である。このブラム、『ザ・マミー』で雲行きが怪しくなったダーク・ユニバースの再構築への興味もあったようだが、とりあえずユニバーサル側とは、この『透明人間』を作ることで合意した。

『透明人間』はアメリカで2月に公開。新型コロナウイルスによる劇場閉館の前に滑り込み、1位デビュー。全世界でも1億2000万ドルを超える大ヒットを記録した。驚くのは製作費で、700万ドル。『ザ・マミー』の製作費が1億2500万ドルと言われているので、その差は歴然。およそ20分の1である! そんな低予算ながら大ヒット、しかも作品の評価が圧倒的に高く、ロッテントマトでも批評家91%、一般88%となっている(7/5現在)。

この成功の理由は何か? 『透明人間』という題材に対して、観客が「観たいと思うもの」を描いたからだろう。それは……

1)見えない何かが近くにいるという、得体の知れない怖さ

2)その存在を知った主人公。しかし誰にも「見えない」ので周囲には信じてもらえない

3)現代の映画としての、透明人間の説得力

今回の『透明人間』はこれらをすべてクリアする。1)に関しては、監督が「ソウ」シリーズなどのリー・ワネルなので、ホラー/スリラーの演出があまりに的確。視覚的には存在しない相手の「気配」を感じさせ、やがて物体の動きや痕跡などで、その存在を察知させる「じわじわ来る」恐怖感が増幅していき、見せ場では激しく盛り上げる。そのバランスが超絶妙。

2)では、ヒロイン役にエリザベス・モスをキャストしたことが効果的。ドラマ「ハンドメイズ・テイル 侍女の物語」などで実力は折り紙つきだが、トップスターというわけではない。いい意味での「不安定」な存在感が、周囲の人々に、そしてわれわれ観客にも狂った女性のように映る。透明人間が主人公の錯覚かと感じさせることで、ドラマ自体はどんどん面白くなっていく。トム・クルーズやジョニー・デップ級のスターが出なかったことで、製作費も抑えられた。

エリザベス・モスの狂気の演技にも背筋が凍る
エリザベス・モスの狂気の演技にも背筋が凍る

そして3)に関しては、なぜ透明人間が現実に現れたのか、納得のいく論理が示され、リアルな物語として迫ってくる。そもそも透明人間にしても、ミイラにしても、ドラキュラにしても「クラシック」なムードが持ち味。あまりに現代的にアップデートするとその持ち味が失われるが、今回の『透明人間』は演出でクラシカルな恐怖を醸し出しつつ、要所で現代的な説得力を与えたことが成功の要因ではないか。

現代といえば、「見えないものに対する恐怖心」が、新型コロナウイルスと合致してしまった。見えない何かにこそ、人間は味わったことのない恐怖で、予想不能な行動や思考へ導かれることも……。偶然とはいえ、あまりに予言的な『透明人間』は、コロナ禍の現在、観ることで、さまざまな想像力も広げることになった。その一方で、息苦しい日々を送っている人にとって、映画館でひととき、まったく別の世界へトリップするという意味では、いま最高の一本であるような気もする。

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『透明人間』

7月10日(金)、全国ロードショー

配給/東宝東和

(C) 2020 Universal Pictures

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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