虐待ではなく、事故の可能性も… 「揺さぶられっ子症候群」を考える
2017年12月7日、『「揺さぶられっ子症候群」問題を見極める』と題した勉強会が千葉で開催されました。
会場には全国各地から医師、弁護士、法医学者、法学者、児童相談所職員、また、我が子が「揺さぶられっ子症候群」と診断され、虐待を疑われた母親らが集まり、活発な議論が交わされました。
「揺さぶられっ子症候群」という言葉、聞いたことがあるでしょうか? 英語では「Shaken Baby Syndrome」(シェイクン・ベイビー・シンドローム)と言い、その頭文字を略して世界的には「SBS」と呼ばれています。また、「虐待性頭部外傷(Abusive Head Trauma)」、略して「AHT」と表現されることもあり、これらの理論は、今から約、46年前にイギリスの医師によって提唱され、世界各国に広がっていきました。
その内容は、
「乳幼児の頭部に、硬膜下血腫・網膜出血・脳浮腫という3つの徴候がそろっており、交通事故や3メートル以上の高位からの落下事故の証拠がない場合は、SBSやAHT である可能性が極めて高い」。
つまり、こうした診断が下された場合は、体に目立った傷などがなくても、一緒にいた大人による激しい揺さぶり、つまり“虐待”を疑うべきである、という理論です。
日本でもここ数年、乳幼児が「揺さぶられっ子症候群」と診断されたことで、親や祖父母が「殺人容疑」や「傷害容疑」で逮捕され、有罪となるケースが相次いでいます。
先週も以下のような報道がありました。
■生後4ヵ月の長男を虐待 母親(32)逮捕 容疑を否認
逮捕されたのは障害者支援施設職員の容疑者。容疑者は6月に八尾市内で当時生後4ヶ月の長男を激しく揺さぶり、頭などに大怪我をさせた疑い。長男は脳や目に後遺症が残る可能性があるという。警察によると託児所でけいれんの長男を容疑者は病院へ。虐待の可能性が浮上した。医師が検査した所、乳幼児揺さぶられ症候群の疑いが強まった。容疑者は「長男が喜ぶので高い高いをしていた。」「ベッドのところで頭をよく打っていた。」と話した。「故意に暴力を振っていない。」と否認した。(2017.12.05 朝日放送)
しかし、逮捕された保護者の中には、この事件のように「ケガの原因は暴力ではない」と容疑を否認する人が少なくありません。このため、弁護士や研究者らが『SBS検証プロジェクト』を立ち上げ、勉強会を開催することになったのです。
諸外国では「揺さぶられっ子症候群」の科学的根拠に疑問が
まず勉強会の冒頭では、揺さぶられっこ症候群による虐待事件の弁護を数多く手掛ける秋田真志氏弁護士が、「SBSをめぐる医学鑑定とえん罪リスク」という表題で講演。有罪の証拠として実際に刑事裁判に出された鑑定意見書を挙げながら、
「検察側が依頼した医師はSBS理論に基づいて『被害者の頭部外傷は日常の育児の範疇で生じるものではなく、いわゆる虐待行為によって生じたものと判断される』と断定しているが、その診断基準は曖昧で根拠が乏しい」
などと指摘し、問題提起を行いました。
次に、甲南大学法学部教授の笹倉香奈氏は、SBSにおける「海外での議論状況」について、
「アメリカ、イギリス、スウェーデンなどいての欧米諸国では、すでにSBS理論に対する検証が進み、科学的根拠が問われている。これまで提唱されてきた3徴候のみで『揺さぶられっ子症候群』の診断ができるという考え方は、もはや支配的ではないという結論に至っている」
と報告。2014年、スウェーデンで保護者が無罪となった最高裁判決や、SBS理論の科学的合理性に疑問を呈した同国の報告書が、世界的に注目されていることなどを紹介しました。
メインの講演を行ったのは、脳神経外科医の青木信彦医師(ベトレヘムの園病院院長、多摩総合医療センター名誉院長)です。
青木医師は、これまでの豊富な臨床経験をもとに多くの実例を挙げ、諸外国より遅れてSBSの概念が導入された日本では、現在でも『小児の硬膜下血腫+眼底出血』=『虐待』という図式が一般的となっていることを指摘。その上で、
「『低い位置からの転落や転倒事故などでは硬膜下血腫などの症状は起こりえない』という仮説に医学的な根拠はない。誤って虐待の加害者と判定され、子供と引き離された保護者の心の傷ははかりしれず、深刻な社会問題となっている。この現状をとらえ、真実を明らかにすることは、日本小児神経外科学会の社会的責務である」
と警鐘を鳴らしました。
「虐待などしていません!」無罪を主張する親たち
その後は、SBSや理論をめぐる諸問題についてのフリー・ディスカッションが行われ、わが子が「揺さぶられっ子症候群」と診断されたことにより一方的に虐待を疑われたという母親が発言。児童相談所による「保護」という名のもとに、長期間子供と引き離された辛い経験や、現状の診断基準に対する疑問が投げかけられました。
私自身も子育てを経験してきた母親の一人です。日々の育児の中では細心の注意を払っていても、ときとして思わぬ事故が起きるものです。子供がケガをしたら、親は誰しも自分を責め、責任を痛感するでしょう。
また、出産時の事故で、親も知らぬ間に乳児の頭蓋骨や脳が損傷を受けていることもあり、その診断は大変難しいと言われています。
もし、懸命に子育てをする中で、「転倒・転落事故」によるけがや「出産事故」による障害を、「虐待」によるものだと決めつけられてしまったら……。それは親としてどれほどの苦しみでしょうか。
もちろん、子供に対する虐待は絶対に許されることではありません。
この勉強会の翌日(12月8日)には、『「散らかしたので頭にきた」3歳長男を投げる、踏むの暴行で死なせる 父親逮捕 滋賀県警」』(産経新聞)といった見出しの報道が流れてきました。
こうした事件を食い止め、子供を保護することが大きな課題であることは大前提です。
SBS検証プロジェクトでは、今後、「SBS理論」についての医学的な知見を確認し、さらに、司法において何が問題となっているかを見極めた上での議論を進めていくとのことです。
2018年2月10日(土)には、海外から専門の医師や法律家を招き、『揺さぶられる司法科学 ~揺さぶられっこ症候群仮設の信頼性を問う』と題した国際シンポジウムの開催も予定されています。
子どもの頭部損傷は、虐待によるものなのか? それとも、不慮の事故によるものなのか……?
慎重な検証が求められています。
●SBS検証プロジェクトでは、ご自身または身近な人が、「揺さぶられっ子症候群(SBS)」により虐待をしたと疑われている方からの相談を無料で受け付けています。
<筆者による「揺さぶられっ子症候群」に関する連載中のルポルタージュ>