北欧映画の挑戦 スウェーデンがSF・低予算パニック映画を作るとどうなるのか?
自分の居場所を探しながら、未来と過去の呪縛から逃れらない人々。
スウェーデンとデンマークが独特の手法で、新しい種類の北欧映画を作った。紹介するのは、この2本。
火星へ新しい家を求めて。未来への希望『アニアーラ』(2018)
1974年にノーベル文学賞を受賞したハリ・マティンソン氏の詩『Aniara』を映画化。7月13日より新宿シネマカリテにて公開予定(日本語字幕付きの動画はこちら)。
新しい家を求めて、人類は地球から火星へと旅立った。
しかし、宇宙船アニアーラ号は軌道を外れてしまう。いつ、火星へ着くのか分からない大きな不安を抱えて、乗組員と乗客たちは船内で長い生活を過ごすことに。
宇宙船の中には、乗客の心の疲れを癒すための不思議なコンピューター・システム「MIMA(ミーマ)」が搭載されていた。自分を落ち着かせてくれる、地球上で見たい映像を見せてくれるAIは、人々にとってより重要な存在となる。
宇宙船の中では、新しい「社会」が次第に構築されていく。
いつか、この旅は終わる。未来への希望を失わないことだけが、精神を保つ命綱だった。
だが、時が経つごとに、宇宙船が永遠にさまよい続けるかもしれないことに、人々は気づいていく。
Pella Kagerman氏とHugo Lilja氏の監督作品。スウェーデン・デンマーク合作。106分。
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正体不明の外部からの攻撃、過去への執着『アンシンカブル 襲来』(2018)
邦題『The Unthinkable』。スウェーデン語での原題は『Den blomstertid nu kommer』。129分。日本では公開済み(日本語字幕付きの動画はこちら)。
夏に起きた、思いがけない参事を描く。
SNSでの口コミで瞬く間に広がった、Crazy Pictures社のデビュー作。
映画の物語だけではなく、低予算で作られた「ありえない」制作過程も話題の的だ。
アレックスは複雑な家庭環境で育った。言動が暴力的な父親、ビョーンとの関係がうまくいかず、初恋のアンナへの未練を残したまま故郷を離れ、大人になる。
才能あるピアニストとなった彼は、ある夏の日、育った土地で思い出のあるピアノを買おうとしていた。アンナと再会中、スウェーデン各地では不思議な現象が起きる。
突然、電気が使えなくなり、人々は奇妙な行動をとり始め、道路では車が次々と衝突。
父親のビョーンは、外部からの攻撃だと主張していた。
謎の雨が降る中、すべてが「思いがけない」方向へ進んでいく。
ここから下は、ネタバレを含みます。
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北欧映画のイメージを覆す、実験的作品
これまでの宇宙映画やパニック映画とは異なっている。
北欧といえば物価が高い。映画製作費がばかにならないため、評価されやすい・社会問題を扱った暗めの作品がどうしても多くなりがちだ。
結果として、評価や売り上げを期待される監督は、これまでとは違う冒険性やリスクある作品を作ることためらう。
「北欧でこのような作品は珍しい、よく作れたものだ」と驚かざるにはいられなかった。私が住んでいるノルウェーでは、この世界観の現実はより難しいだろう。
そもそも北欧映画が、「宇宙」を舞台にすること自体が珍しい。
北欧が宇宙映画を作るという発想や土台もない中で、素人さを感じさせなかった『アニアーラ』は好作品だ。
宇宙を舞台にしているが、恐ろしい怪物や、血みどろのシーンなどが出てくるわけではない。
未来にこだわる、人間の心理戦が絶妙に描かれている。ここでは詳しくは書かないが、最後のシーンが私は忘れられない。
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題名の通り、『アンシンカブル 襲来』は予想もしなかった方向へとストーリーが進んでいく。特に、「北欧映画とはこういう感じ」という思い込みがある人ほど、意外性に驚くかもしれない。
たまに話の展開にきょとんとしたり、飽きる瞬間もある。観る者の頭に小さな混乱を起こさせるのは、作品の狙い通りか。
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未来と過去への執着
両作品とも、「時間」への執着がテーマのひとつとなっている。
『アニアーラ』では未来。『アンシンカブル 襲来』では過去だ。
前者では、未来への希望だけを頼りに、宇宙での永遠に感じる生活から早く解放されたい人々。
後者では、過去のトラウマを引きずりながら、謎の攻撃から逃れようとする人々。
謎の恐怖と闘う心理戦
どちらでも、「得体のしれないもの」から、必死に生き延びようとする人類が描かれる。
『アニアーラ』では、途中であきらめて絶望する人と、まだ希望を持って前向きに生きようとする人がいる。
同じ環境で、メンタルの強さがどうしてこうも変わるのか。宇宙船で起きる、新しい社会の創造と崩壊の過程は、見ごたえあり。
『アンシンカブル 襲来』では、「あの時、私は、彼は、彼女は、何を考えていたのか」。
それぞれの葛藤と誤解が、過去と現代という軸の絡み合いで描かれる。同時に、全国各地では、謎の雨が降り続け、「私たちは、誰かに攻撃されている」という恐怖が襲い始める。
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北欧の繊細さとエレガントさが詰まった作品
希望を捨てた瞬間、頑張って張っていた心の糸が、プチンと切れる。もろいガラス玉のような、センチメンタルな人間が、どう立ち向かっていくのか。
謎の恐怖に人が触れた時、心がどのように少しずつ壊れていくかを、「北欧」という新しい角度で創り出している。
繊細で、エレガントで、センチメンタル。美しい映像の中に、北欧の自然と静寂さも詰まっている。
「北欧がSFやパニック映画を作ると、こうなるのか」、という意外性を体感できる作品だ。
Text: Asakki Abumi
文:あさきあぶみ(鐙 麻樹)