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フェイスブックとアップルの「卵子凍結費用支援」は、負債の先送りにならないのか?

安藤光展サステナビリティ・コンサルタント
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フェイスブックとアップルの卵子凍結支援

昨日、各種ニュースメディアで取り上げされていたの「フェイスブックとアップルの卵子凍結支援」の話題について、「日本人の出産(子育て)に対する価値観」という視点と、CSR(企業の社会的責任)という視点でまとめます。

Yahoo!ニュース個人でも、神田さんが「卵子凍結女性社員に保険提供、アップルとフェイスブック」という記事を速報で書いてますね。

また他のメディアではという形で、福利厚生という枠以上の見方を示しています。

フェイスブックとアップル、女性社員の卵子凍結に補助金

日本では、テクノロジーとして知っている人はいても、企業が支援(費用負担)をするというのは聞いたことがないのではないでしょうか?

なぜ卵子凍結が賛否両論なのか

私のみる限りでは、少なくとも賛否両論あるようです。Yahoo!ニュースにも配信している、経済ニュースサービス「NEWS PICKS」という、色んなヒトのコメントが見られるキュレーションサイトがあるのですが、ここでは完全に賛否両論。

「福利厚生の充実(選択肢の増加)」というポジティブな反応と、「“結局20〜30代の出産適齢期も働け”というメッセージを意味している」というようなネガティブな反応です。「後でも産めるんだから、今はガンガン働いてね」と。

倫理的にどうなの?という人も多いようですが、倫理観は企業や個人の思想の影響が大きいのでは、一般化しにくくここでは論旨から省きます。

日本的な女性活用(女性の活躍推進)施策だと、残業を減らす・育休を充実させるなど、「出産を促しサポートする」方向だと思うのですが、今回のアップルやフェイスブックの例では「出産したら支援はするけど、出産しないという選択肢もあるよ?」ってことなんでしょうね。

出産・育児休暇の費用を考えれば、卵子凍結保存のサポート費用も同等の金額になるだろうし、新たな福利厚生費が必要というわけでもないみたいだし。

CSR的にみれば、企業の福利厚生は立派なCSR活動。日本でもアメリカでも女性活用の文脈でも、こういった活動は一応よい評判にはつながると思います。日本は特に女性活用の担当大臣までいるくらい、今、国としても力をいれている領域です。

入社して教育してきたコストを考えると、辞められて新しい人を雇わなければならない採用・教育コストを考えれば、従業員のサポートはCSを高める基本要素になるでしょう。世界的な、女性活用施策として今後大きく議論されていくのかもしれません。

CSR(企業の社会的責任)を果たしているのか?

ただ、見方によっては「出産を先送りにしている」とも言えます。出産・育児はキャリア形成において対応しにくいので、後回しにしましょうという施策を企業側が提示した、ということが今回のニュースの大きな意味でしょう。

「後でも産めるんだから、今はガンガン働いてね」というメッセージは、出産や育児をアウトソース(外部委託)するかどうかを別としても、いずれ育てるのは自分だろうし、結局、出産・育児まわりのタスクを回避しているわけではありませんからね。

「われわれは、継続的に女性のための福祉を拡大している。育児休暇の延長、および不妊治療の一環としての卵子の凍結保存はその一部だ。当社では養子補助プログラムも提供しており、法に基づく養子縁組に係わる費用をAppleが補償する。Appleで働く女性が自分の人生のために最高の仕事をしつつ、最愛の家族を気にかけ、育てていける環境を作りたいと考えている」とApple広報担当者はメールで発表した。

出典:FacebookとApple、女性社員の卵子凍結費用を負担

上記のように、広報としては、ネガティブな発言するわけもなく、女性の労働環境改善に貢献するプランなんだよ〜、と。

感覚的には、クレジットカードのように、先に買い物をしたら(未来のリソースを使ったら)どこかのタイミングでは、結局大きな負荷がくるようなものでしょうか。ちょっと例えが微妙ですね。

とにかく、従業員の労働環境については、昨年「ブラック企業」が流行語大賞にノミネートされたように、日本でも大きな関心事であります。日本で今後普及する制度かどうかは別として、「日本人の子育てに対する価値観」も世界の潮流に押され確実に変わっていくでしょう。

日本の状況

日本生殖医学会は8月23日、未受精の卵子を凍結保存することを、健康な独身女性にも認めるとする指針案をまとめた。晩婚化が進み、将来的に妊娠を望む女性が、若いときの卵子を残したいという希望に応える一方、ルールなく技術が広がらないようにする。

出典:【卵活】卵子凍結は広く認められるべきか、それとも「最後の選択肢」にすべきか

日本でも、卵子の凍結保存はより一般化される方向となっているようです。

ただし、前述したように日本の女性の出産・育児まわりでは、産休・育休を増やすとか、労働時間の柔軟性を確保する動きのほうが多く、フルタイム就業推奨(出産をしないため)の施策が世界的大手IT企業で始まっても近々の影響はないものと思われます。

ただし、この施策で女性の労働環境における課題の多くが解決できるどころか、“被害者”を生む可能性すらあります。5年とか10年後にいざ出産をしようと思ったら技術的な課題があり、アウトソースしても出産できなかった、なんてなると(多くはないでしょうが)社会問題となってしまいます。

リスクをどこまで背負うのか

しかもそれは、ことが起きてみないとわからない(10年先は誰にもわからない)ということが、見えないので怖いですね。時間は不可逆です。もう若い頃には戻れません。ドラッカーの言う「すでに起きた未来」にならぬよう、リスクを加味し慎重に選択を促す企業の説明責任が求められるでしょう。

この手のニュースになると、「日本人とは倫理観が違うから・・・」といった異論も多々でてきますが、まずはアメリカで始めるものの、他の国にも広げるなんていう話もあるし、社会がどうこうではなく、企業が社会の文化を作っていく時代なのでしょうかね。

外資系企業の日本人の人事・CSR担当者は、今回のニュースで、より難解で議論を呼びそうな福利厚生に頭を悩ましているかもしれません。

結論、身も蓋もないですが「人それぞれ」で終わる議論でしょうけど、改めて人生とは何か出産とは何かを考えさせられるニュースでした。今後の子育てに関する価値観変革の大きな一歩なのかもしれません。

まさか、10年後、出産しようと卵子を取りにいったら、会社が潰れてたとか、災害で保管施設が倒壊したとか、そんなホラー映画なみの恐怖体験だけは絶対にあってはなりません・・・。

サステナビリティ・コンサルタント

サステナビリティ経営の専門家。一般社団法人サステナビリティコミュニケーション協会・代表理事。著書は『未来ビジネス図解 SX&SDGs』(エムディエヌ)、『創発型責任経営』(日本経済新聞出版)ほか多数。「日本のサステナビリティをアップデートする」をミッションとし、上場企業を中心にサステナビリティ経営支援を行う。2009年よりブログ『サステナビリティのその先へ』運営。1981年長野県中野市生まれ。

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