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最近注目の「人的資本」はすべての会社員に影響あるかも

安藤光展サステナビリティ・コンサルタント
次のビジネストレンドは人?(写真:アフロ)

■人的資本の意味と意義

企業のサステナビリティ領域で、2020年ころからメディア等でも話題となっているのがSDGsです。SDGsは多くのビジネスパーソンが見聞きしたことがあると思います。現在進行形でトレンドになっています。そして昨年あたりから、この領域で注目されるようになったワードが「人的資本」です。

まだ見聞きしたことがないという方もいると思いますが、人的資本とは、個人が持つ知識、技能、能力、資質等の付加価値を生み出す資本とみなしたものを指します。従業員を「単純労働者(≒生み出す価値は一定)」ではなく、さらに価値を継続的に生み出す潜在能力があるとし、その価値を引き出すことを目指す考え方です。重要なのが“継続して価値を生み出す”という点です。一度価値を生み出したら終わりではなく、持続的に価値を生み出すので、人材育成に投資することで、コスト以上のリターンを長期的に得られることから注目を集めています。

注目されたきっかけの一つは、現岸田首相が掲げる国家戦略「新しい資本主義」の中で人的資本に言及されたことが大きいです。首相官邸が発表した施策によれば、人への投資を抜本強化し、「労働移動の円滑化・人材育成支援」「企業の情報開示ルールの見直し」「多様な働き方の推進」「女性や就職氷河期世代の支援」などを強化するとされています。

そんな施策もあり、2022年6月に内閣官房から「人的資本可視化指針(案)」が発表され、いよいよ企業の人的資本の対応と開示の義務化が現実的な話となってきました。HR系(人材開発および企業人事)の方が注目しているのはもちろん、経営者、そして対象者となる従業員の注目度も徐々に上がっているように思います。

■人的資本経営がトレンドへ

その人的資本を重視する経営スタイルを人的資本経営と言います。HR系やサステナビリティ界隈では盛り上がっているものの、本格的な動きは「人的資本可視化指針」が確定・施行される2023年4月以降と思われます。

その人的資本経営、つまり人的資本を重視する経営スタイルにおいて大切なのは「人的資本への投資」です。なぜ人的資本への投資が重要かというと、将来を見据えた組織構成や人材育成をしているかが将来の収益に直接影響するからです。5〜10年後に社会が大きく変化し、たとえばコロナでサービス業は一旦壊滅してしまったように、今のビジネスモデルが変わってしまう可能性は十分にあります。しかし優秀な人がいれば事業転換をしながらでも乗り越えられる可能性も十分あります。人的資本への投資は単年度でみればコストですが、長期的に見れば企業の持続的な価値創造に貢献する可能性が高いです。これが経営戦略と人材戦略の融合と呼ばれるものです。

つまり、人的資本は、技術などの無形資産やビジネスモデルよりも有効期限が長い側面もあると思うのです。実際、テクノロジーは人的資本よりも早く入れ替わってますよね。つまり、従業員のエンパワメントがさらに価値を創出する時代になったと言えるでしょう。

人的資本の話は、ビジネスモデルを「人間中心」の側面で見ることができているか、ということでもあります。サステナビリティはこの人間中心という視点を理解できないと先に進めません。拙著「創発型責任経営」(日本経済新聞出版)はまさに、この「人間中心のサステナビリティ」を論じた、未だ日本で唯一の書籍だと思っています。

■投資家目線の人的資本

当然、企業の価値を生み出す源泉である従業員やその労働慣行は、企業の将来像を見極めるために重要な要素となるため、投資家の注目度も以前から高いです。投資家が人的資本に関心を持つ理由は大きく2点あると言われています。1つは、人的資本が将来の企業の成長に重要な要素であることです。従業員が能力を発揮し、成長し、またより優れた人材を獲得できなければ企業の成長はあり得ないからです。

もう1つは、戦略実行を左右する要因になっていることです。ガバナンス的な発想でしょうか。例えば、M&Aを通じて獲得した人材を維持・活用できなければ成長戦略は実現しません。また、経営トップが懸命に旗を振っても、従業員との信頼関係がなければ戦略実行は上部だけのものになってしまうでしょう。

当然、他にもさまざまな要因がありますが、日本でも以前から「ヒト(人的資本)・モノ(製造資本)・カネ(財務資本)」が三大経営資源と言われていて、人的資本の大切さはすべての経営者が知っていたはずなのですが、利益を求め続けた結果、ヒトは価値を生み出す対象ではなく、コスト管理する対象になってしまっていたわけです。

それが、この人的資本の盛り上がりで、改めて注目され始めたのは、素晴らしいことだと思っています。投資家も知ってはいたけど、改めて注目してくれるようになり、いよいよ本質的なサステナビリティが求められ始めているように思います。またここから、サステナビリティの世界観が変わるんじゃないかってワクワクしてます。もちろん、企業経営において人的資本が重要だからといって、他の資本(モノ・カネ)への投資をないがしろにしてはいけません。

■事例:Zホールディングス

では、具体的な活動や制度が人的資本へのアプローチなのかを少し紹介します。たとえば、本メディアを運営しているヤフーの親会社であるZホールディングスの「従業員との約束」というページに詳細項目があるのでチェックいただきたいのですが、主な活動項目は以下のようなものです。Zホールディングスの人的資本投資は国内トップクラスです。

・柔軟な採用の取り組み

・評価制度

・働きがいのある職場環境を目指して

・労使協力のもと働きがいのある職場環境を

・新しい働き方への移行

・福利厚生・各種制度

・健康経営の推進

・安全衛生体制の整備

・社内コミュニケーション

グループ各社で相当な取り組みをしていますが、これらの他に「ダイバーシティ推進」「人財開発と研修・育成」など、人的資本に対する活動を数多くしています。人的資本へのアプローチは経営戦略と人材戦略の融合ではあるものの、具体的な活動項目を見ると福利厚生的な要素も多く、従業員にとってより働きやすい環境になっていることは間違いありません。

■従業員にとって良い流れなのか

組織として従業員への教育や労働慣行の整備などが進むことは、多くの従業員には恩恵があると認識しています。しかし、上場企業であれば今まで以上に価値創出に注目が集まり、日々の業務の改善などプレッシャーが強くなることもあるでしょう。

国の施策で、ここまで具体的に企業の人にフォーカスされたものが出てきたのは初めてです。企業のマネジメント側も従業員側もどちらにも一定の影響が出てくるので、ビジネストレンドとして頭の片隅に留めておいてください。

サステナビリティ・コンサルタント

サステナビリティ経営の専門家。一般社団法人サステナビリティコミュニケーション協会・代表理事。著書は『未来ビジネス図解 SX&SDGs』(エムディエヌ)、『創発型責任経営』(日本経済新聞出版)ほか多数。「日本のサステナビリティをアップデートする」をミッションとし、上場企業を中心にサステナビリティ経営支援を行う。2009年よりブログ『サステナビリティのその先へ』運営。1981年長野県中野市生まれ。

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