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1歳未満の抗生物質でアトピーリスク増加? 腸内細菌への影響と予防法

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

【赤ちゃんの抗生物質使用とアトピー性皮膚炎の関係】

赤ちゃんの時期に抗生物質を使用することが、後のアトピー性皮膚炎のリスクを高める可能性があることが、最新の研究で明らかになりました。カナダの大規模な出生コホート研究「CHILD Cohort Study」のデータを分析した結果、生後1年以内に抗生物質を使用した赤ちゃんは、5歳時点でアトピー性皮膚炎を発症するリスクが1.81倍に増加することがわかりました。

この研究結果は、小児科医や皮膚科医にとって重要な示唆を与えるものです。抗生物質の使用は時に必要不可欠ですが、特に乳児期の使用については慎重に検討する必要があるでしょう。

アトピー性皮膚炎は、乾燥やかゆみ、炎症を特徴とする慢性的な皮膚の病気です。日本でも患者数が増加しており、子どもの5人に1人が罹患していると言われています。アトピー性皮膚炎は、のちのぜんそくやアレルギー性鼻炎などのアレルギー疾患の引き金になることもあり、「アトピーマーチ」と呼ばれる現象の出発点となることがあります。

【腸内細菌叢の乱れがアトピー性皮膚炎を引き起こす?】

では、なぜ抗生物質の使用がアトピー性皮膚炎のリスクを高めるのでしょうか?研究者たちは、腸内細菌叢の乱れが鍵を握っていると考えています。

抗生物質は病原菌を退治する一方で、腸内の善玉菌も減らしてしまいます。特に、ビフィズス菌という赤ちゃんの腸内で重要な役割を果たす細菌が減少することがわかりました。ビフィズス菌は母乳中の成分を分解し、赤ちゃんの免疫システムの発達を助ける働きがあります。

研究では、抗生物質を使用した赤ちゃんの腸内では、ビフィズス菌の一種であるBifidobacterium longumやBifidobacterium bifidum、そしてEubacterium rectaleという細菌が減少していました。一方で、Tyzzerella nexilisという細菌が増加していました。

これらの細菌の変化は、腸内での栄養分の代謝にも影響を与えます。例えば、単糖類の分解が増加し、アミノ酸の代謝にも変化が見られました。また、腸内で重要な役割を果たす短鎖脂肪酸の産生も減少していました。

こうした腸内細菌叢の乱れが、免疫システムの発達に影響を与え、アトピー性皮膚炎のリスクを高めていると考えられています。

【アトピー性皮膚炎予防のための対策と今後の展望】

では、この研究結果を踏まえて、私たち親や医療従事者は何ができるでしょうか?

1. 抗生物質の慎重な使用:

特に生後1年以内の赤ちゃんに抗生物質を使用する際は、そのリスクとベネフィットを慎重に検討することが大切です。ウイルス性の感染症に対しては抗生物質が効かないため、不必要な使用は避けるべきでしょう。

2. 母乳育児の推奨:

母乳には赤ちゃんの腸内細菌叢を整える成分が含まれています。可能な限り母乳育児を続けることで、健康な腸内環境を維持できる可能性があります。

3. プロバイオティクスの活用:

抗生物質使用後にプロバイオティクス(善玉菌)を摂取することで、腸内細菌叢のバランスを整えられる可能性があります。ただし、赤ちゃんへの使用については医師に相談しましょう。

4. 皮膚の保湿ケア:

アトピー性皮膚炎の予防には、赤ちゃんの皮膚を清潔に保ち、適切な保湿を行うことも重要です。

この研究結果は、赤ちゃんの健康管理において腸内細菌叢の重要性を再認識させるものです。抗生物質の使用を完全に避けることはできませんが、その影響を最小限に抑え、健康な腸内環境を維持するための方策を考えていく必要があるでしょう。

今後の研究では、抗生物質使用後に特定の細菌を補充することで、アトピー性皮膚炎のリスクを低減できるかどうかを検証することが期待されます。また、腸内細菌叢の状態を簡単に調べる方法や、それに基づいた予防法の開発も進むかもしれません。

参考文献:

Hoskinson, C., Medeleanu, M. V., Reyna, M. E., Dai, D. L. Y., Chowdhury, B., Moraes, T. J., ... & Subbarao, P. (2024). Antibiotics taken within the first year of life are linked to infant gut microbiome disruption and elevated atopic dermatitis risk. Journal of Allergy and Clinical Immunology. DOI: https://doi.org/10.1016/j.jaci.2024.03.025

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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