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社会科学系大学院でAI関連授業を開講してみた。

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー
AI等の理解なくして、ビジネスも政策も生み出せない時代が今そこに来ている。(写真:アフロ)

 近年は、AIやビッグデータ(BD)に対して非常に関心が高まっている。その関心は、数年前よりはやや落ち着いてきたが、AIやBDは逆に以前よりも社会全体に浸透し、確実に実装化されてきた感もある。

 

 ご存知のように、AIブームは、これまでに2度の「ブーム」と「冬の時代」を繰り返し、現在はその第3次AIブームになっている。

□第1次AIブーム(1950年代~1960年代)は、「推論・探索の時代」で、コンピュータで「推論・探索」をすることで、AIで特定の問題を解くことの研究の時期で、「トイ・プロブレム(おもちゃの問題)」では対応できるが、「複雑な現実の問題」は答えられなかった。

 そのため、1970年代は人工知能研究は「冬の時代」に突入した。

□第2次AIブーム(1980年代)は、「知識の時代」と呼ばれ、コンピュータに「知識」を入れ賢くするというアプローチ、つまり「エキスパートシステム」が主流だった。しかし、知識の記述・管理の難しさが判明し、1995年に再び「冬の時代」に戻ってしまった。

□そのような経過を踏まえて、現在の第3次AIブームが起きている。今は、「機械学習と特徴表現学習の時代」といわれる。その背景には、1990年代半ばの検索エンジンの誕生以降インターネットが爆発的に普及し、2000年代にはウェブの普及と共に大量データによる「機械学習」(注1)が可能になり、ビッグデータで広がった「機械学習」と「ディープラーニング(特徴表現学習)」の2つの波が重なって起きているブームと考えられている(注3)。

 その結果、ワトソンプロジェクト(注4)、アルファ碁(注5)、シンギュラリティ(注6)への懸念やホ-キング博士(故人)らのAIへの危惧発言などのさまざまな出来事も起きており、また上述のようなAIを取り巻く社会的かつ技術的環境などもあり、今回AIブームは、以前のブーム以上に社会的かつ経済・ビジネスにおいてより大きくかつより実態のなかに侵入・浸透してきているのである。

 現在のAIでは、シンギュラリティは起きないことや人間の能力は超えられないなどという議論もあるし、それは事実であると考えるが、今後AIやそれにも絡むデータ活用などは、ビジネスや経営であろうが、公的・政策的な面でも無視できない、あるいはそれを活かさざるをえないというのが起きつつある現実であると考えられる。

 筆者は、そのような状況および今後の社会の方向性を踏まえて、自身の所属する城西国際大学大学院国際アドミニストテレーション研究科は、社会科学系の文系の大学院であるが、本年度から、AIに関する授業を開始した。

 本記事では、同事業を担当すると共に、AIを活用した研究や事業を実施しているEBP(政策基礎研究所)の市田行信さんと清水啓玄さんとの鼎談という形式で、同授業の報告をしていきたい。

 同授業は、まず筆者が現代社会におけるテクノロジーの発展とその意義およびその中でのAIの位置づけとその進展状況を講義し、その後を、市田さんおよび清水さんに引き継ぐ形式で、今学期の授業を行ったのである。その経験を受けて、両氏にお話を伺った。

[AI授業の内容について]

(鈴木)AI関連の授業を担当していただきましたが、どんなことをされたのですか。

市田行信氏 写真:本人提供
市田行信氏 写真:本人提供

(市田行信さん)機械学習はブラックボックスで難しいものではないことを伝えるために、「機械学習の利用例」「機械学習のうち特に重要なディープラーニングの概要」「Pythonによる実際のプログラミングによる、機械学習の実行」について教えました。

[授業、特にオンライン授業について]

(鈴木)そうですか。ありがとうございました。では、その授業を担当されていかがでしたか。特に今回は、完全にオンラインだけの授業だったわけですが、いかがでしたか。困った点、良かった点などについて教えてください。また工夫された点についても教えてください。

(市田さん)生徒のプログラミングの画面を、他の生徒ともオンライン上で共有できたのは良かった点だと思います。困った点としては、オンライン授業だと、生徒の反応が分かりにくかった点が挙げられますね。

(清水啓玄さん)プログラミングの説明の際には、ウェブサイトやパワーポイント、プログラムのコードなどとファイルがたくさんあるために共有するのに時間がかかりました。他方で、参加者が作ったコードを、授業の参加者全員ですぐに共有できて、理解の進度を確認できたのはよかったと思いました。これも、オンライン授業だからこそ可能だったわけです。

清水啓玄氏 写真:本人提供
清水啓玄氏 写真:本人提供

[社会科学系の学生に教えることについて]

(鈴木)AIというとこれまでは、理系の授業のように考えられがちでしたが、今回の対象者は、社会科学系の院生でした。その点での感想(難しかった点、困った点、工夫された点等)をお聞かせください。

(市田さん)できるだけ数学的な話を概念に置き換えて説明するように心がけました。実習も全ての生徒が最低限程度は進められたことから、ある程度は理解いただけたと思いますので、社会科学系であることによる大きな問題は無かったと思います。

(清水さん)プログラミングの基礎を通り越して機械学習やディープラーニングのコードを短期間で学習するのは相当ハードルが高いのではないかと感じておりましたので、初めの方で、プログラミングの基礎を取り入れつつ、徐々に機械学習やディープラーニングのコードで何をしているのかに着目して実践できるような構成をとる工夫をしました。

清水氏のオンライン講義の様子 写真:筆者撮影
清水氏のオンライン講義の様子 写真:筆者撮影

[EBPの現在および今後の展開そして授業との関係について]

(鈴木)色々と工夫していただき、ありがとうございました。その工夫のお陰で、参加院生の全員がきちんとAIについて学ぶ機会が持てて、良かったと思います。その点でも、ありがとうございました。

 さて、EBPさんも、AIを活用した事業展開をはじめていますが、EBPの元々の事業について教えてください。その中で、AIに関する活動を始めていらっしゃるのは、何故ですか。また具体的にはどんなことをされていますか。そのご経験は、今回の授業において、何か生きていますか。また逆に今回授業を担当されて、今後のEBPの事業に活かせそうなことはありますか。

(市田さん)EBPは、主に、統計学などを駆使したデータの分析や処理などを中心に、アンケートやインタビュー等を通じた社会調査全般を行っている会社で、博士課程満期退学者以上の研究者が集まり、霞が関の官公庁や自治体、大学をクライアント(顧客)にしています。主な分野は、医療福祉系と、理系では環境学や農学系が中心です。

 AIや機械学習は、統計学の延長の部分も大きく、研究員もデータのハンドリングには慣れていることから、ホワイトボードの手書き文字をディープラーニングで認識するプロジェクトや、予測力の強いランダムフォレスト等によるモデル構築などを行っています。

(清水さん)今回の授業では、データづくりの大変さなどを、それらの経験から伝えることができたと思います。

 そこで同授業の受講生(中国人留学生)からいただいた感想を紹介させてください。

 

「機械学習に接触したことがない私としては、この授業が始まることにとても興味がありました。初めの6回の授業は全部理論的な内容だったので、授業を聞くのはとても楽でした。そして、理解できない内容があっても、授業が終わったら自分でネットで勉強して答えを見つけることができました。

 でも、"楽"だなと感じる一方で、7回目以降の授業の後には、演習形式の授業ではいつも少し不便さを感じました。

 まずオンライン操作です。ネットの環境がいつも良いとは限らなかったので、先生のプレゼンテーションの時に引っかかったり、時々重要な内容を見逃したりすることもありました。

 その状況を踏まえて、そのようなことが起こらないように、授業を予習したり、自分で操作してみることもしてみました。また授業の際には、先生の操作過程と比べながら、自分の間違った部分がどこかを確認したり、分析したりして、直ちに修正するように努めました。こうすれことで、効率や正解率を上げることもできました。

 また、この授業を有効に受講するには、日本語のレベルもある程度のレベルが必要だと感じました。私は、日本語がまだまだ上手ではないので、第9回と第10回の授業は予習したのですが、残念ながら十分には分かりませんでした。原理が理解できなければ、たとえ操作方法がわかっても、完全にマスターしたとは言えないと思います。

 しかし、これは自身の問題・責任であるとも思います。先生はできるだけ簡単な方法で理解してくれていました。自分がまだ多くのことを学ばなければならないと考えています。」

 

 受講された院生のこのような意見も、今後の授業の中で、ぜひ活かしていきたいと思います。

(市田さん)今後は、清水さんからも紹介のあった意見なども含めて今回の授業の経験を活かして、オンライン講義なども行っていきたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

授業参加学生および関係者の集合写真 写真:筆者撮影
授業参加学生および関係者の集合写真 写真:筆者撮影

[AIのブームや発展について]

(鈴木)最近のAIブームや社会におけるAIの発展についてどうお考えですか。

(市田さん)AIのできることについて、専門外の人はあまり明確に理解できていないかもしれませんが、AIの発展は今後も進むと思います。金儲けだけに使うのではなく、公共セクターでも活用し、恩恵が社会全体に及ぶようにすることも重要な視点と考えています。

[授業の今後の展開について]

(鈴木)今回担当された授業について、来年以降も担当する場合、新たに何か考えていることはありますか。

(清水さん)今回はコロナ禍の影響で、授業の回数に制約がありましたが、来年以降については、実習の時間を増やしてもいいかもしれません。

[読者に伝えたいことについて]

(鈴木)その他 読者に伝えたいことがあれば、教えてください。

(市田さん)AIのリテラシーを高めることは、開発者にならなくても、日常生活をする上でも、また様々なビジネスや活動を展開していく上でも、非常に重要と思います。その意味では、より多くの方、いやすべての方のAIなどについての理解や関心を高めていただきたいと思います。

(鈴木)本日は、ご多忙のところ、ありがとうございました。今後は、より多くの方々にAIなどについても学んでいただきたいですね。

(注1)「人工知能システムが,学習目標を例示した学習用データを与えるだけでみずからのふるまい方や知識を自力で獲得し,改良できるようにする手法」(出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

(注2)「コンピューターによる機械学習で、人間の脳神経回路を模したニューラルネットワークを多層的にすることで、コンピューター自らがデータに含まれる潜在的な特徴をとらえ、より正確で効率的な判断を実現させる技術や手法。音声認識と自然言語処理を組み合わせた音声アシスタントや画像認識など、パターン認識の分野で実用化されている。深層学習」(出典:/デジタル大辞泉[小学館])

(注3)『人口知能は人間を超えるか…ディープラーニングの先にあるもの』(松尾豊 角川EPUB選書 2015年)など参照のこと。

(注4)同プロジェクトでは、IBMが、顧客が自身のビジネスに活用いただくために、AI(IBM Watson)を開発している。

(注5)「《AlphaGo》米国グーグルディープマインド社が開発した、囲碁対局用の人工知能。ディープラーニングにより、過去の膨大な棋譜を学び、さらに、自身作成のプログラムと多数対戦することで強化学習を行っている。局面や指し手の良し悪しを決める評価関数を用いず、モンテカルロ法で終局までランダムに打ち、もっとも勝率が高い指し手を選択する。2015年には人間のプロ棋士に勝利した。」(出典:小学館/デジタル大辞泉)

(注6)英文では、singularity。「人工知能(AI)が人類の知能を超える転換点(技術的特異点)。または、それがもたらす世界の変化のことをいう。米国の未来学者レイ・カーツワイルが、2005年に出した“The Singularity Is Near"(邦題『ポスト・ヒューマン誕生』)でその概念を提唱し、徐々に知られるようになった。カーツワイルは本書で、2045年にシンギュラリティが到来する、と予言すると共に、AIは人類に豊かな未来をもたらしてくれる、という楽観的な見方を提示している。」(大迫秀樹 フリー編集者/2016年)(出典:「知恵蔵」[朝日新聞出版])

[鼎談者紹介]

市田行信  EBP(政策基礎研究所)代表取締役、博士(地球環境学:京都大学) 専門:地域計画、疫学・公衆衛生、計量経済学

京大学部・修士では労働経済学の橘木俊詔先生に応用計量経済学を学んだ。京大博士課程では地域計画の研究室に所属し小林愼太郎先生の下で学び、地縁組織による地域資源の管理(中山間地域等直接支払制度等による)についてソーシャルキャピタルの観点からの定量的研究などを行った。その間、日本水土総合研究所を通じて農林水産省の研究等にも参加。

 2004年頃から研究室の先輩が就職した日本福祉大の近藤克則先生のJAGESプロジェクトを手伝うようになり、ソーシャルキャピタルや介護予防の研究もJAGESのデータで実施。博士課程修了後は三菱UFJリサーチ&コンサルティングに3年間所属し、その後、博士人材により未来を切り拓くシンクタンクとして、EBP政策基礎研究所を起業し(2010年)現在に至り、官公庁や市町村の委託政策立案業務に約13年従事。

清水啓玄  EBP(政策基礎研究所)主任研究員、博士(工学:早稲田大学) 専門:環境・農業関連情報解析

 早大理工学研究科(応用化学)修士課程修了後に社団法人産業と環境の会(当時)(現在は一般社団法人産業環境管理協会)に研究員として所属後、博士課程に進学、以降、政策シンクタンクの研究員に従事。現在は、株式会社政策基礎研究所に所属。省庁、研究機関の環境や健康をテーマにした化学物質に関するデータ分析業務に携わっている。そのほか機械学習やディープラーニングを用いるプロジェクトに従事。

'''EBP(政策基礎研究所)''' 主に官公庁や大学といった、公的機関の調査業務を数多く手掛けているシンクタンク。

 Evidence Based Policy(EBP)の基礎となる、分析を通じ社会貢献をすることを目的としており、メンバーの多くが博士号取得者という特徴を持つ。データ分析をコア技術とし、主に医療福祉や農業分野を対象にしたアンケート・インタビュー等の社会調査、環境分野における機械学習等を行っている。またミャンマーのヤンゴンにも拠点を構え、ミャンマー人若者向けメディアの運営、インターネットを用いたアンケート調査業務、日系企業のミャンマー進出支援なども行っている。

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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