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警察が逃走犯を全国に「指名手配」 なぜすぐに氏名や顔写真が公開されない?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:アフロ)

 大阪府警は、覚醒剤所持の容疑で現行犯逮捕後、コロナ感染が判明して釈放した男の逮捕状を取り、全国に指名手配した。療養先のホテルの窓をこじ開け、行方をくらましたからだが、氏名や顔写真は公開されていない。

「指名手配」とは?

 こうしたケースは、逃走犯に関する報道でもよく見られる。指名手配したのだから、すぐに氏名や顔写真を公開し、市民から情報提供を受け、行方を探したほうが手っ取り早いし、市民としても安心できると思う人も多いだろう。

 しかし、そもそも指名手配は、氏名や顔写真を一般に公開するという制度ではない。国家公安委員会規則である「犯罪捜査規範」に基づき、全国の警察が相互協力を行うために設けられている特別な手続だ。

 すなわち、逮捕状が出ている被疑者の逮捕を全国の別の都道府県警察に依頼し、逮捕後の身柄の引渡しを要求する手配のことを意味する。これには、被疑者の護送を求める場合と、被疑者を引き取りに行く場合とがある。

「指名手配」されるとどうなる?

 ただし、行方が分からない被疑者について、全国各地の警察がいちいち指名手配をかけていると、その数が膨大になりすぎて埋もれてしまい、早期発見という実効性も薄れる。

 そこで、犯罪の種別や軽重、緊急の度合いなどに応じ、手配の範囲や方法などを合理的に定めなければならないとされている。

 一方、指名手配の効果だが、警察官が不審者を職務質問した際には、警察署などに指名手配の有無を問い合わせることになっている。また、警察が何らかの容疑で誰かを逮捕した際にも、やはり指名手配の有無を照会する決まりだ。

 後者の場合、指名手配された犯罪よりも刑が重い別の犯罪に及んだとして逮捕されたケースなどを除き、原則として指名手配をした警察に被疑者に対する優先権がある。

「公開捜査」の制度も

 このように、指名手配は単に警察内部における手続にすぎず、これによって自動的に被疑者の氏名や顔写真が外部に公開されるわけではない。

 もっとも、中には公開し、一般から広く情報提供を求める事件もある。これは「公開捜査」と呼ばれるもので、指名手配とは全く別の手続だ。

 逆に言えば、指名手配されていない事件でも公開捜査はできる。例えば、犯人の氏名こそ分からないものの、防犯カメラにその姿が記録されていれば、その際の映像や推定年齢、着衣などを公開し、市民から情報を募ることもある。

 公開捜査が行われると、都道府県警察のホームページにその情報が掲載される。警視庁だと、1995年に八王子のスーパーで女性従業員3名が銃殺された事件や、2000年の世田谷一家殺害事件などがその代表だ。

 ほかにも、殺人事件や強盗事件、放火事件、特殊詐欺事件、強制わいせつ事件など多数の事件が挙げられており、いかに凶悪事件の逃走犯が多いかということがよく分かる。

「公開捜査」が可能な事件とは?

 こうした公開捜査については、警察庁が通達によって全国の警察にその運用基準などを示している。

 それによれば、次の(1)~(3)の全ての要件に合致するケースについて、犯罪反復のおそれや捜査上の必要性、被疑者の名誉やプライバシーなどへの影響といった様々な事情を総合的に考慮し、実施するとされている。

(1) 次のいずれかの事件であること。

 (a) 凶悪事件

 (b) 財産犯のうち、犯行の手段、方法が悪質で被害額も相当多額にわたり、又はわたることが見込まれる事件

 (c) 反社会性の強い集団の構成員と認められる者により敢行された事件

 (d) 社会的危険性があり、又は社会的反響の大きい事件

(2) 公開する人物を被疑者と認める根拠が十分にあること。

(3) 原則として成人の被疑者であること。

さじ加減が重要

 被疑者の立ち回りが予想される場所に限定し、チラシなどを配布して行う個別の協力依頼は、こうした公開捜査には含まれない。刑事ドラマでアパートの住民に被疑者の写真を示し、聞き込みを行っているシーンがあるが、これもその一つだ。

 手当たり次第に公開捜査をしていると、膨大な情報が一気に警察に寄せられ、限られた人数の捜査員がその確認に振り回されることになる。

 実際には見間違いなど無関係な情報がほとんどだ。そこで、どの事件についていかなるタイミングで公開捜査に乗り出すのか、そのさじ加減が重要となる。

 冒頭で挙げた事件も、まずは指名手配したという事実をマスコミに発表し、広く報道させ、「逃げ切れない」と被疑者をあきらめさせたり、匿っている関係者に説得させ、出頭を促すことを優先している。

 大阪府警としては、それでもダメなら、社会的反響が大きい事件だということで、次のステップとして公開捜査に踏み切るという算段ではなかろうか。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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