名古屋の駅弁ベスト3&V字回復の要因は意外にも…? 百年企業・松浦商店に聞く最新駅弁事情
年間100万食! キヨスクでも人気上位をキープ
旅行や出張など列車でお出かけする際の楽しみのひとつ、駅弁。ご当地グルメが盛り込まれているものも多く、旅情を満喫するには欠かせません。
名古屋で最も歴史のある駅弁業者が松浦商店。1922(大正11)年創業の百年企業です。
「もともと名古屋・大須で料亭を営んでいて、私の曽祖父・松浦彌兵衛(やへい)の代から名古屋駅の駅弁を扱うようになりました」と4代目の松浦浩人さん。
かつては駅の構内で販売する駅弁は、主要駅では一社独占でしたが、国鉄からJRへと民営化する時期には多くの業者が新規参入するように。それでも名古屋駅の駅弁市場における同社のブランド力は絶大で、JR名古屋駅構内最大の販売力を誇るグランドキヨスクでは、常に同社の商品が1位もしくは2位の人気をキープ。名古屋駅での総販売数は、年間およそ100万食に上るといいます。
松浦商店の駅弁・人気ベスト3はこれ!
名古屋の駅弁の代名詞ともいうべき松浦商店の弁当。どんな商品が売れているのでしょうか? ベスト3はこちら…!
1位 「なごや」 1150円
「昔ながらの幕の内弁当が不動の人気ナンバー1です。幕の内が人気トップというのは名古屋ならではで、他地域ではご当地グルメ系の商品がよく売れるようです。一方で、百貨店などの催事では『なごや』はそれほど売れないので、普段は出張する名古屋のビジネスマンが買ってくださっている、と考えられます」(松浦社長)
2位 「こだま」 880円
「こちらも幕の内で、よりリーズナブルな価格になっています。今、駅弁の価格は観光都市であれば1500円以上が一般的で、1000円以下の商品は少ない。東京駅でも同じ価格で販売しているので、“松浦の駅弁は安い!”と驚かれます。880円の商品が売れるのは、“お値打ち”を重視する名古屋らしさを表しているといえます。」(同)
3位 「味噌ヒレカツ重」 1080円
「味噌カツ系の駅弁は平成元(1989)年に当社が最初に売り出しました。観光シーズンになるとランキング2位に上がることもあり、催事では一番人気。いわゆる名古屋めしの弁当ということもあり、観光客をはじめ名古屋以外の方に人気です」(同)
次点 「天下とり御飯」 1240円
「昭和7(1932)年からのロングセラーです。鶏のだしの割り下で炊いた炊き込みご飯の上に、鶏と玉子のそぼろが乗っています。鶏そぼろはモモ・ムネ・皮の当社秘伝の黄金比にのっとってブレンドしてあり、冷めてもぼそぼそせずジューシー。玉子そぼろはとにかくしっかりかき混ぜて細かくし、口あたりよく仕上げています」(同)
駅弁の売れ筋に見る名古屋人気質
人気商品のランキングにも独特の名古屋らしさが反映されている駅弁。他にも、意外と知られていない駅弁事情には興味深い裏バナシがいっぱい。松浦商店4代目社長・松浦浩人さんにさらにあれこれお聞きしました。
――名古屋は駅弁のニーズが高い町なのでしょうか?
松浦「昭和の時代には、東京、大阪より駅弁が売れるといわれました。かつては今より列車での長距離移動に時間がかかったため、おひとりで駅弁を2個買う人もいらっしゃったほど。しかし、近年は駅ナカに飲食店が増えたこともあり、全国的に駅弁市場は縮小傾向にあります。駅弁業者の数も、ピークの昭和50年代には全国におよそ500社がありましたが、今では80社ほどに減っています。名古屋でも2005年の愛知万博の年をピークに、駅弁の売上は下がっています」
――御社の売れ筋が、味噌カツなどの名古屋めし系ではなく、オーソドックスな幕の内弁当が一番人気とは意外です
松浦「地元のファンの方がずっと買い続けてくれているんです。売店に行っていろいろある中から選ぶ、というのが一般的な駅弁の買い方だと思いますが、うちの『なごや』『こだま』は、買う前からコレ!と決めている指名買いの方が多いのが特徴です」
——おかずの内容は決まっているのでしょうか?
松浦「料亭時代からの玉子焼き、焼き魚、煮物など、昔からほとんど変わりません。皆さん、中身が分かった上で買い続けてくださるので、おいそれと内容を変えられないんです」
昔ながらの味つけの駅弁は“真の名古屋めし”!
――味つけは名古屋人好みの濃い口でありつつ、甘さにも辛さにも丸みがあって後味が優しいのが印象的です
松浦「駅弁は家庭の味を再現したもので、名古屋ではたまり醤油や赤味噌を使った地域特有の味つけがある。全国どこにでもある玉子焼きにしても、東京は甘口、大阪はダシによる薄口で、名古屋はその中間のほんのり甘口という名古屋らしい味つけがあります。そういった意味で、駅弁は昔ながらの本当の郷土食といえます」
――名古屋駅のすぐ近くでつくっているのにも驚きました
松浦「JR名古屋駅の新幹線改札から徒歩3分の本社内にセントラルキッチンがあり、すべてここで手づくりしています。駅弁は時間がたってもおいしく召し上がっていただけるのが基本ですが、それでもできるだけつくりたてをお届けしたい。ここならすぐに駅に届けられますから、一日何回もつくっては補充しています」
駅弁は“中身が見えない方が売れる”!?
――その他、駅弁ならではの特色は?
松浦 「パッケージにお金をかけているのが駅弁業者の弁当の大きな特長です。かけ紙やスライド式のスリーブなど容器に凝っていて中身が見えない。コンビニやデパ地下の弁当は透明のふたで中が見えるのが常識ですが、駅弁は中身が見えない方が喜ばれるんです」
――いわれてみれば…! 弁当は中身を見て選ぶのが当たり前なのに、なぜ駅弁を買う時は逆の心理が働くのでしょうか?
松浦「旅の非日常感、出張の際は自分へのごほうびなど、ちょっとしたぜい沢を楽しみたい、という気持ちが働くのではないでしょうか。事実、パッケージに魅力がないと選んでいただけない。包装資材の開発に数カ月かけることもありますし、その結果売上が上がることも実際にあるんです」
――ひと口に弁当といっても、コンビニやデパ地下とは商品づくりのセオリーが異なるのですね
松浦「特にコンビニ弁当では流行りのグルメをいち早く取り入れて短期間で集中的に販売することがよくありますが、私たち駅弁業者はああいう商品開発はできません。当社でも新商品は1年に1~2アイテムくらい。何かひとつヒットを生み出して、それをロングセラーにすることが重要なのです」
コロナ禍で売上95%減。V字回復の起爆剤はカレーパン(!?)
――長く親しまれている駅弁ですが、コロナ禍の影響は?
松浦「売上は最大95%ダウンしました。コロナ禍第一波のさ中の2020年のGWは、駅に人影もない状態でしたから、当然駅弁は売れません。従来、名古屋駅は乗降客数が多く、リーマンショックの際もあまり落ち込みはなかったのですが、コロナ禍で初めて大きな打撃を受けました」
――現在の販売状況は?
松浦「町に人出が戻ってきたおかげで、駅弁の売上も持ち直しました。現在はコロナ禍以前の120%ほどとむしろ以前よりよくなっているくらいです」
――スゴいV字回復ですね! その要因は?
松浦「コロナ禍で我慢していたお出かけができるようになったことが一番大きいですが、もうひとつは新業態のカレーパン専門店『マツウラベーカリー』の効果です」
――カレーパン専門店が駅弁の売上アップに?
松浦「2022年6月に名鉄百貨店本店内に出店し、現在は名鉄栄生(さこう)駅近くの本店、ジェイアール名古屋タカシマヤ店と3店舗。手づくりのカレーにだし巻き玉子を具にするなど、総菜調理という当社の強みを活かしたカレーパンを販売しています。このカレーパンをきっかけに当社のことを知り、駅弁を購入してくれる若いお客様が多いんです。カレーパンを売り出して初めてSNSで『かわいい!』と言っていただけました(笑)。駅弁を100年つくっていますが、マスコミの取材は年に一度くらい。しかし、カレーパンのお店は1年足らずで既に10回以上取材していただいています。そのたびに必ず“駅弁の老舗・松浦商店の~”と紹介してもらえるので、名前を知っていただける広告的効果が非常に大きいと考えられます」
――これからの駅弁の可能性は?
松浦「『なごや』『こだま』のような幕の内弁当は全国でも少なくなっています。長く親しまれてきたその価値を守りながら、よりおいしく、多くの方々に愛される駅弁をつくっていきたい。かけ紙にひもで結んだ包装が、最近は“レトロ”と喜ばれるようになってきました。レトロ喫茶の次はレトロ駅弁ブームが来ることを期待しています(笑)。そして、レトロなパッケージをきっかけに、次は中身についても話題にしていただけるとうれしいです!」
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売れ筋から名古屋人気質を感じられると同時に、一見地味な幕の内に実は“元祖・名古屋めし”的なおいしさが詰まっている老舗の駅弁。伝統を守る一方で、新戦略で若いファンを開拓しているのにも未来に向けた可能性を感じます。
地元のファンはもちろん、名古屋にいらっしゃる皆さんもあらためて駅弁に注目し、盛りだくさんに詰まった“名古屋らしさ”をお楽しみください!
(写真撮影/すべて筆者)