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北朝鮮はなぜ今、こんなにミサイルを発射しているのか?(2022年1月の事情:リアル編)

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
写真:労働新聞HPより

「北朝鮮が今年に入って立て続けにミサイルを発射していますが、それはなぜでしょうか?」

 こうした質問を、筆者はときおりメディアから頂くのですが、先日、あるメディアの方に質問メールを頂き、筆者なりの考えを文書で回答しました。メディア側の質問内容から、しばしば誤解されていると思えることも窺えますので、回答文の一部をこちらでご紹介してみたいと思います。

Q:北朝鮮が1月に7回ものミサイルを発射していますが、なぜこれほどまでにまとめての発射が行われていると思いますか?

 北朝鮮自身が、戦力の強化のためと言っています。現実にも、北朝鮮はまだ米軍に敵わないので、北朝鮮側の安全保障として米軍の核攻撃を抑止するために対米核戦力が必要です。

 なぜ今かといえば、2017年に核ミサイル戦力強化のための核・ミサイル実験を繰り返し、米国を射程に収めるICBM「火星15」を作った後、これでとりあえず対米核戦力ができたということで、米国との軍事的衝突を回避し(戦争になれば確実に敗北するので)、あわよくば制裁解除までできるかと期待し、平昌五輪をチャンスとして緊張緩和に転じました。

 米国の圧力を抑えるためにしばらくミサイル実験・核実験も凍結していましたが、その間も開発は進めていました。あれから4年以上経過し、その間、絶え間なく継続していた開発が進み、そろそろ実証実験をする頃合いということです。

 4年以上あれば、かなりの新技術が開発されているはずで、やりたい実証実験はいくつもあるはずです。また、実戦配備された兵器については作動確認、あるいは実戦的な訓練も必要です。金正恩のデスクの上には、軍の計画書がいくつも届けられているはずで、あとは金正恩がいつ、どれから命令するかというだけの問題です。

 昨年1月の党大会での金正恩報告で、さまざまな5カ年計画について言及があったのですが、軍事についても具体的な目標が掲げられ、今後も戦力強化に邁進することが宣言されています。金正恩の言葉ですから、まったく実体のない話ということはありません。具体的な計画の目途がついているということです。

 また、この4年間、政治的には経済制裁は継続のままではあるものの、米国の軍事的圧力の回避には成功し、核ミサイル保有の既成事実化に成功しました。その後、交渉は決裂しましたが、もはやミサイル発射実験くらいで米国が軍事攻撃してくる状況ではなくなっています。後ろ盾であるロシアや中国も米国と対立を深めており、完全に北朝鮮を国連安保理で守る立場になっています。

 したがって、北朝鮮とすれば、もはや米国を恐れることなく、やりたい戦力強化を進めることが可能になっています。昨年1月に始動したバイデン政権のスタンスも、たいして恐れるものではないとわかってきています。

 北朝鮮は昨年3月と9月にもまとめてミサイルを発射していますが、その時期の選定にとくに政治的な意味はありません。この1月に関しても、とくに政治的に重要な意味はありません。米国から非難はされますので、バラバラの時期に実験をしてその都度何度も非難されるよりは、一時期にまとめて発射実験して非難の回数を減らしたほうが、総体的に圧力を減らせる効果は期待できますが、それもたいした違いがあるわけでもないので、それが狙いか否かは不明です。

 なぜ今か?という問いに答えるなら、「政治的にやれる状況で、技術的にやりたいことがあったから」に尽きます。

Q:発射の時期について、北京五輪や、最高人民会議、金正日生誕80年、韓国大統領選、ロシア・ウクライナ情勢などと、関係しているのでしょうか

A:

 時期について政治的な動機の推測は多いのですが、実際にはほぼ根拠がありません。

 根拠として使える情報は2つあって、1つは客観的な状況。北朝鮮がその日程を選ぶことで利益・不利益があるか。あるいは、それを期待できる効果があるか否かです。

 もう1つは、北朝鮮自身の主張です。主張が現実と矛盾していなければ、それを疑う理由はありません。

 その2点から考えると、まず北京五輪の関係でいえば、中国政府にとって五輪期間中はあまり歓迎はできませんが、戦争を起こすということではなく、いまやほとんど日常的になっているミサイル発射実験程度では、五輪への影響はきわめて限定的なので、それほど大きなことではありません。また、北朝鮮から関連の声明は皆無なので、北京五輪への気配りといった憶測に根拠は存在しません。

 北京五輪中はミサイル発射を控えるはずとか、五輪開催前に急いで発射したとの推測を散見しますが、あくまで憶測であり、そうとまでは言えないのです。

 最高人民会議などの北朝鮮国内の政治日程については、そうした機会にしばしば金正恩政権は国家プロジェクトの成果の報告を行います。なので、そうした政治イベントの前に成功事例があれば政権にとっては好都合ですが、かといってその日程に合わせるために発射実験をしているかというと、直接の関係は不明です。どちらも日程を承認するのは金正恩なので、本人に聞いてみないとわかりませんが、北朝鮮サイドの公式の声明には言及がありません。

 生誕80年だからやるとか、韓国大統領選を意識してやっているとかは、さらに根拠のない憶測になります。とくに韓国大統領選に関しては、ミサイル発射すればむしろ反北朝鮮側を利するので、論理的にもまったく関係ありません。

 他方、ウクライナ危機は、北朝鮮がミサイル発射しやすい状況を明らかに作っています。北朝鮮はべつにウクライナ危機がなくても発射実験はやったと思いますが、ウクライナ危機によって、さらにやりやすい国際環境になったということです。

 というのも、米露が緊迫化すれば、「①米国政府が北朝鮮どころではなくなる」「②ロシアが反米のために北朝鮮を擁護」になるので、北朝鮮は米国の反発を恐れずにさまざまなことがやりやすくなります。

 これはよく誤解されているのですが、北朝鮮にとっては、米国に振り向いてほしいのではなく、米国を怒らせたくないので、なるべく米国に振り向いてほしくないわけです。

Q:7回のミサイルの中には、「極超音速ミサイル」や「巡航ミサイル」「戦術誘導弾(列車発射式を含む)」「中距離弾道ミサイル」など、様々な種類のものがみられますが、北朝鮮の軍事力が高まっているとみるべきなのでしょうか?

A:

 確実に強化されています。まず、極超音速ミサイルというより、あれは極超音速「滑空」ミサイルという点が重要なのですが、この「極超音速滑空ミサイル」の登場により、日本は初めて「イージス艦で撃ち落とせないミサイルの射程に入った」ことになります(これまでもすでに弾道ミサイルの射程内でしたが、イージス艦で撃ち落とせるものでした)。

 それと「長距離巡航ミサイル」も、韓国に加えて日本をも射程に収めるミサイルの新たな登場になります。ただし、今のところは弾頭重量も小さく、速度も遅いので、日本への脅威は圧倒的に極超音速滑空ミサイルのほうが上位です。巡航ミサイルは海上すれすれの低高度で接近しますので発見が遅れる可能性が高いですが、音速に満たない速度なので、発見されれば戦闘機や防空ミサイルで容易に迎撃されます。

 それ以外のものも戦力強化ですが、日本向けではなく、2種類の戦術誘導弾は韓国向け中距離弾道ミサイルはグアム向けになります。戦術誘導弾の1つのKN-23の改良型は、おそらく日本の広島県や山口県、福岡県あたりまで届くと思いますが、基本的には韓国を攻撃するためのミサイルです。

 中距離弾道ミサイル「火星12」は山なりの高い撃ち方(ロフテッド軌道)で撃てば日本に落とすことも可能ですが、すでに日本攻撃用のノドンや北極星2などの弾道ミサイルが完成している状況で、せっかくのグアム攻撃用のより高価・希少な火星12を、日本攻撃に使う合理的理由はあまりありません。高速ではありますが、ミサイル防衛で撃ち落とせないスピードというわけでもありません。

 あと、列車発射式の戦術誘導弾ですが、北朝鮮は発射地点を分散して発見・破壊されにくくすることを狙っていると公言していますが、平時はともかく有事には実際には自走発射機方式のほうが発見は難しく、実質的にはほとんど戦力強化になっていません。

Q:北朝鮮のミサイルは、より迎撃しにくくなっている、などの特徴はありますか?

A:

 中距離弾道ミサイル「火星12」以外の戦術誘導弾と極超音速滑空ミサイルは、低い軌道で飛ばす跳躍滑空型のミサイルなので、高度70km以上を迎撃対応の高度とする現在のイージス艦のミサイル防衛システムでは撃ち落とすのがきわめて困難です。

 在韓米軍が配備しているTHAADも高度40km以上が迎撃可能な高度なので、それより低い軌道で撃たれた場合、迎撃は困難です。また、最大高度がそれより高かったとしても、その高い高度にある短い時間で、迎撃ミサイルの射程内にあることが条件になるので、現実的にはなかなか難しいでしょう。

 他方、PAC3ならおそらく迎撃可能ですが、防御範囲が狭く、広いエリアを守れません。

 その他にも、降下時に変則的な軌道をとることや、低い高度なのでレーダーで探知しづらいなどの迎撃側にとって不利な点はありますが、なんといっても最大の脅威は軌道の低さです。

 変則的な軌道といっても、降下途中で飛距離が伸び、若干カーブがかかる程度で、ぐるぐる曲がりながら落ちてくるほどの機動性はありません。また、極超音速といっても、最後に着弾する頃には速度はかなり落ちています。

 また、レーダー探知も、日本に極超音速滑空ミサイルが撃たれた場合はおそらく最大高度は40~60km程度になると思われますが、そこまで上がれば、日本のレーダーでもほぼ捕捉・追尾可能と思われます。

 ちなみに、仮に高度50kmとすると約850kmが見通し距離で、20kmまで降下すると約540km、10kmまで降下すると約380kmです。ミサイル発射実験での日本側レーダーから遠い日本海のはるか西方に落下するような軌道だと、低空に降下した後の追尾が困難ですが、実戦での日本列島に届くような軌道であれば、ほぼ追尾できるでしょう。

Q:北朝鮮の目的は、何だと思いますか? 一部に言われている「アメリカからのワクチン供給を引き出すため」という推測についてはどう思いますか?

A:

 北朝鮮がミサイルを発射したから、それを宥める目的で米国がワクチンを供与ということはあり得ないので、北朝鮮の意図もそうではないことは明白です。

 北朝鮮が国連安保理違反のミサイル発射をすれば、米国は制裁強化します。北朝鮮を宥めるために北朝鮮に有利な妥協をしたことは過去に一度もなく、北朝鮮側からすれば、米国側の妥協は一切期待できません

 むしろ米国が北朝鮮側に不利な圧力をかけてくることを予測しているはずです。過去に米国が妥協の姿勢をみせたのは、逆に北朝鮮が非核化をチラつかせた時だけです。

 したがって、北朝鮮が米国から何かを脅し取るとか、何か対価を得ることを狙ってミサイルを発射しているとの仮説は、理屈として成立していません。米国に圧力をかけるためにミサイル発射しているとの推測を散見しますが、現実は逆になっています。

Q:日本に対して何らかのメッセージもあると考えますか?

A:

 この説も誤解で、北朝鮮は主張したいことがあれば国営メディアで声明を出します。相手国が無理やりな忖度をしないとわからないようなことはメッセージになり得ません。北朝鮮がミサイルを撃つことで日本政府が北朝鮮に有利な反応をすることもないので、メッセ―ジの意味もありません。

Q:北朝鮮のミサイル発射はいつまで続くのでしょうか? ゴールはあるのでしょうか?

A:

 北朝鮮は昨年1月の党大会報告で対米戦力強化を宣言し、今年1月20日に「米国が敵対的行動を続けるので、こちらが凍結していたことを今後はどんどんやっていく」と宣言しています。射程の長い中長距離ミサイルの発射と核実験のことですが、その言葉どおり、中距離弾道ミサイル「火星12」を発射しました。有言実行ですが、それはつまり、今後やるつもりのことを、前もって「米国のせいだ」との声明を出して自己正当化したということです。なので、やるつもりだということです。

 しかも、北朝鮮は短い射程のミサイルから順番に長い射程のミサイルの発射実験に進むのが通常なので、今後、より射程の長いICBMの発射をしてくると考えられます。

 また、それ以外にも実際には2017年以降、北朝鮮は日本列島を飛び越える発射とか、人工衛星打ち上げと称するロケット発射も自粛しています。それらも今後、再開する可能性があります。

 今後のスケジュールは金正恩にしかわからないことですが、「停止していたことを再開すると宣言している」「まだ実証のための発射実験をしていないミサイルがいくつもある」ことから、まだまだ撃ちたいのは明白です。

 現在開発中のものを含めて、ある程度、技術的に必要な発射実験が終われば、しばらく休止する可能性があります。ただし、その後も開発は進めるので、いずれ再開します。

 最後は核実験もやるでしょう。まだ核実験場の準備が始まっていないようなので、先のことになるとは思いますが、核起爆装置の小型化などはかなり進んでいるはずです。その作動を実証することは、各種ミサイルの射程の延長に直結するほか、比較的小型の弾頭の戦術誘導弾などへの核搭載、あるいは超大型ICBMの多弾頭化にも決定的に重要です。

 金正恩は新規の核実験を必ずやりますが、米国などからの圧力を受けづらい国際環境状況となるタイミングを見計らっているとみるべきです。

 北朝鮮が米国との交渉に転じるとすれば、その後のことになります。

Q:7回も発射するとなると、かなりの金額をつぎ込んでいることになりますが、そのお金はどこからきているのでしょうか?

A:

 国家予算です。大きな金額ですが、国家予算全体からすれば小さな金額です。北朝鮮は国の経済を施政者の意向でいくらでも軍事に回せるので、国民を飢えさせれば難なく可能です。

Q:中国やロシアが技術協力しているのでしょうか?

A:

 不明です。旧ソ連のロケット・エンジンの技術が入ったりしていますが、国家レベルの協力があったとの証拠はありません。ミサイル誘導技術の一部など多くの核・ミサイル開発関連技術を、ロシアの怪しいビジネスマンが経営する小規模な正体不明の民間企業が秘密裏に売却しており、今年1月に米政府が制裁対象に加えていますが、ロシア政府の関与の形跡は見つかっていません。

Q:誤って日本にミサイルが落ちることはあり得ますか?

A:

 過去実績から、誘導技術はかなりありますので、間違って日本の領海・領空に落ちてしまう可能性はきわめて低いと言えます。

 ただし、彼らは日本の反発などはさほど気にしていないので、EEZ内に落とすことは普通に考えられます。ちなみに北朝鮮は火星12発射の際に「周辺国の安全に配慮した」と言っていますが、日本のことを気にしてではなく、ロシアに対しての気遣いでしょう。比較的射程のあるミサイルを日本海の北部に落とす場合、ロシアにも近い海域が着弾地点になります。

 それと、今後、もし再び津軽海峡越えのコースで撃つ場合、とくに新技術の跳躍滑空のミサイルでは万が一、失敗して日本領海・領土に落ちる可能性がまったくないわけではありません。

 しかし、今やっていることは実戦ではなく実験なので、弾頭に爆発物を搭載してもいないので、被害はそれほど大きなものとはならないでしょう。

 なので、ミサイル発射実験そのものの物理的な危険性は、限定的です。とはいえ、彼らの実験はそのまま彼らの核ミサイル戦力強化そのものですので、どんどん日本への安全保障上の脅威が高まっていくことが大問題なのです。

Q:日本にできることはないのでしょうか?

A:

 米国でも止められないので、日本が止めることは無理です。公式に非難して国家としての意思表示するに留まります。

 あとは国防の備えとなりますが、いわゆる敵基地攻撃能力では、北朝鮮のリアルな脅威である「米軍の核戦力による報復を覚悟で核ミサイルを撃ってくる時」の抑止力にはなりません

 なので、日本がやるべきことはミサイル防衛の向上です。すでに既存のミサイル防衛では撃ち落とせない極超音速滑空ミサイルを迎撃する新しいミサイル防衛システムの開発が米国で始まっており、そのプロジェクトへの協力と、将来完成したときに備えての運用の準備がたいへん重要です。

 防衛省の迷走が引き起こした不可思議な議論でイージス・アショア計画が頓挫して以降、ミサイル防衛強化の議論が後回しになっている印象もありますが、仮に有事になった場合に国民の生命を守るきわめて重要な問題です。

 米軍が進めようとしているミサイル探知・追尾のための衛星コンステレーションなどを含め、さまざまなアセットをネットワークする統合防空ミサイル防衛(IAMD)の構築も急ぐべきでしょう。

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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