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ハリルJAPANは浅野、井手口で新たな時代の扉を開けたか?

小宮良之スポーツライター・小説家
得点を決めて喜びを爆発させる井手口と祝福する長友(写真:ロイター/アフロ)

 8月31日、埼玉スタジアム。ロシアワールドカップアジア最終予選、日本はオーストラリアと「勝てばW杯出場」という乾坤一擲の一戦を迎えている。2―0で勝利を飾った試合、殊勲者は浅野拓磨、井手口陽介という22,21才の新鋭選手だった。一方、これまで代表を牽引してきた本田圭佑、香川真司、岡崎慎司は先発を外れている。

「新しい時代が来たな、と思いますね。それは良い意味で。自分が出てきたときも、そうやって見られていたはずですし。ただ、自分もレスターでは(プレーを)評価されて使ってもらっていますからね」

 ミックスゾーンで立ち止まった岡崎は、時代のうねりを目撃したある種の悔しさと積み上げてきた実力者としての矜持を語った。それはそう反している感情かも知れないが、一つのモノだろう。理解と反発こそ、トッププロの証と言える。

 岡崎はプレミアリーグのレスター・シティで開幕以来、得点を叩きだしている。代表レギュラーの資格は十分ある。戦術次第では、今も日本最高のFWであることは間違いない。新しい船出をしたチームにも欠かせないだろう。要所で重しになれるし、戦術次第では貴重な役割を果たせる。一方で、新しい力が台頭しなければ、チームとしては衰えるのみなのだ。

 その点、オーストラリア戦に勝利したチームには光明が差していた。

 では、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が率いる日本代表の現状と可能性とは――。

乾の守備の巧さ

「まずは守備から入って、というのはありました。(前からのプレスが)はまらない、噛み合わない時間帯もありましたけど、そこは動き続けて(結果的に)ゼロに抑えられましたし。守備でチーム一丸となって」

 3トップの一角に入った浅野が洩らしたように、ハリルホジッチのサッカーはディフェンスがベースになっている。どれだけ綻びを作らないようにするか。前線からプレスをはめ、まずはビルドアップを封じ、ポゼッションを餌食にする。守りに重きを置いたコンセプトである。

 前線の守備で目立ったのは、左FWに入った乾貴士だろう。

 乾はオーストラリアの右センターバックと右ウィングバックとボランチのコースを巧妙に断ち切りながら、プレスを掛けていた。これで攻め手を奪った。敵の強みは右からの攻撃にあっただけに、インターセプトとマーキングを同時に用い、攻撃を止めた点は特筆に値する。スペイン1年目、乾はアリバイのような守備が目立ち、格上との一戦ではベンチを温めたが、2年目の昨シーズンは守備の技術を身につけ、先発を確保している。

 オーストラリア戦、中盤はアンカーに長谷部誠を置いた形。ハリルホジッチはこれまでダブルボランチ+トップ下を使った4―2―1―3をファーストチョイスにしてきたが、いかに相手の攻撃を封じるか、という出発点は変わっていない。それはインサイドハーフに山口蛍、井手口というインターセプトやコンタクトプレーに秀でた二人を用いている点に表出している。攻撃で決定的なプレーをする精度や閃きを求めるなら、香川、柴崎岳、本田のいずれか一人でも起用していただろう。

 結果的に、中盤の選手がアイデアが足りずに崩しきれず、あるいは囲まれてボールを失い、カウンターを浴びかけることもあった。その点、再考の余地もあ。ただ、中央の守備そのものは堅牢だった。

「(センターバックの吉田麻也と)二人の連係は試合ごとに良くなっている」

 代表5試合目になる昌子源は語っていたが、前線、中盤が堀や石垣になったことで、最終ラインはラインをコントロールしつつ、攻撃を跳ね返していた。後半途中に投入されたトミ・ユリッチはセンターフォワードらしく、センターバックと駆け引きができるだけに、いくらか押し込まれたが、それまでの対処は完璧に近かった。ディフェンスに関しては、他にもGK川島永嗣は経験を感じさせ、右サイドバックの酒井宏樹はパワーとスピードと高さ、長友佑都も1点目のアシストのように老獪さを見せている。

影のマンオブザマッチは大迫か

 一方、守備は守備をしているだけでは、押し込まれていつかはゴールを割られる。

 その点、影のマンオブザマッチは大迫勇也かも知れない。前線にボールを呼び込み、収めた。彼が作った時間、作った起点は、大袈裟に言えば"全軍"を救っていた。周りの選手を生かすランニングの質も高く、敵を引き連れてスペースを作り、味方にシュートを打たせている。相手の3バックをほぼ一人で翻弄した。

 守備の軸が安定したことで、攻撃が旋回しつつある。そして、ゴールに向かって躍動したのが若い力だった。もっとも、これは昨年末から現れていた兆候である。昨年10月のオーストラリア戦、11月のサウジアラビア戦は、プレッシングとリトリートを併用した守備戦術で相手を凌駕し、カウンターが奏功した。原口元気、久保裕也ら新鋭が台頭している。

 いずれにせよ、守備の構築は生命線になるだろう。ブラジルW杯で日本代表を率いたアルベルト・ザッケローニ監督の後任にはハビエル・アギーレ監督が就任し、その後にハリルホジッチになったわけだが、ロシアW杯に向けたチームの条件が「「狙って引き分けられる」だった。守るときには守れる、というのか。

 その点、守備にメドが立ったのは収穫であり、そこに新たな日本代表の実体が浮かぶ。

 もっとも、新しいものは1年後には古くなる。

「今日、ここにいる選手も誰一人ワールドカップに行ける保証はない。これから厳しい競争が始まる」

 主将である長谷部も語ったが、競争の中、チームをアップデートさせる必要がある。新しい時代を押し返すベテランたちの力も欠かせない。本田、香川、岡崎らが若手を押し戻すことで、若手選手がそれにさらに反発し、チームはスケールアップするはずだ。

 その意味で、浅野、井手口が新時代が始まる旗手になったことは間違いない。

 

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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