詰め込み教育を否定した学校の入試方式
「自分の2人の娘が受ける教育を見て、当時の知識習得偏重の教育、すなわち詰め込み教育に、非常な不満を持った」
これは、羽仁翹著の『よく生きる人を育てる』の一説である。その「不満を持った」人とは、日本における女性初のジャーナリスト、そして教育者として知られる羽仁もと子だ。
不満を持った彼女は1921(大正10)年に、東京都西池袋に「自由学園」を創立する。当初は7年制の高等女学校だったが、のちに初等部、7年制の男子部、さらに大学相当の最高学部が加わっていく。
詰め込み教育への不満から生まれた学校だから、当然ながら詰め込み教育を主体としない学校である。現在は東京都東久留米市に場所を移しているが、羽仁もと子の創立精神は受け継がれている。
冒頭で紹介した本の著者である羽仁翹(故人)は自由学園の出身者であり、1990年から2004年まで同学園長を務めた。羽仁は著書で、次のように書いている。
「自由学園は、この羽仁もと子の考えに基づいて、創立以来一貫して知識の蓄積量ではなく、自ら考える力をどのくらい持っている子供たちなのか、を発見できる入学試験を行ってきている」
そうした入試を行うのは、「確固とした価値観を持ち、自分の頭で考え、考えたことを実行できる」(『よく生きる人を育てる』)教育をするためである。同学園では、1学年1クラスという少人数体制でもって、この教育理念を実践している。その入試は、どのように行われているのだろうか。自由学園男子部中等科・高等科の更科幸一部長に訊いた。中等科には初等部から進んでくる子も多いが、一般入試も行われる。
「試験当日は朝8時に集合し、国語と算数の試験のあとに体操をします。そして食堂で一緒に食事をし、その後にプロジェクトベースのテストあり、保護者面談、個人面談を行います」
これだけ聞いて、「普通の入試と変わらないじゃないか」と思った方は、もう一度、更科部長の説明を読み返していただきたい。注目すべきは、まるまる1日かけて行われることだ。入学希望者の数も50人弱で、この人数に対して1日かけて行われるのだ。食事も受験者だけではなく、教員も一緒の席に座る。
そうしたなかで、単純に点数を付けるのではなく、「子ども一人ひとりを、まるごと見る」(更科部長)のが自由学園の入試なのだ。入学後の教育も同じで、生徒の一人ひとりを、きちんと見ながら学園での教育は行われていく。そのためにも、1学年1クラスなのだ。
教育改革が声高に語られ、大学入試改革も大きな課題となってきている。その入試改革論議でも「選別」だけが前提で、「まるごと見る」という視点は皆無である。人を育てる教育を目指すなら、「まるごと見る」ような入試こそが必要なのではないだろうか。詰め込み教育を否定するところから始まった学校の入試には、いまの教育が学ぶべき姿がある。