「商工中金」問題。「いっそ潰してしまえ」で本当にいいのか。
商工中金の不正問題は、多数の職員の処分、経営陣の引責辞任にまで発展し、組織の存続まで危ぶまれる事態となっている。まさに袋叩きの状態だが、中小企業経営者たちの中には、複雑な思いを持っている者も少なくない。
不正は批判され、糾弾されて当然であるが、民業圧迫や「中小企業支援組織としての役割の終焉」と言った批判に対して、「中小企業支援施策そのものの見直しや低下に繋がらないか」と懸念する中小企業経営者や協同組合関係者もいる。特に地方では、商工中金による協同組合などへの支援や中小企業への融資などは、地域経済の中で大きな存在であった。
・三つの問題
商工中金の今回の一連の問題は、大きく三つに整理できるのではないか。
まず、一つめは不正融資を組織ぐるみで行うという金融機関としての規範を逸脱していたこと。
二つめには、政策などにも影響を及ぼす景況調査を偽装していたこと。
そして、三つめには、商工中金の民営化の遅れと存在意義そのもの。
現在のところ、様々な批判は一つめと、二つめに集中している。それぞれの悪質性と影響性から非難されるのは、当然のことである。
しかし、本当のところは三つめが、最も重要だ。中小企業政策への影響が大と考えられるからだ。
・商工中金とは、そもそもどういう金融機関なのか
株式会社商工組合中央金庫が、正式名称である。もともとは1936年に、商工組合中央金庫法に基づいた政府や中小企業団体が出資する協同組織金融機関「商工組合中央金庫」として設立された。中小企業団体、すなわち協同組合などに所属する中小企業に対してのみ融資を行ってきた。
2008年に、商工組合中央金庫法が廃止され、株式会社商工組合中央金庫法に基づいた、特殊会社「株式会社商工組合中央金庫」が設立され、政府と既存の出資者のみが株主となり、最終的に完全民営化を図り、会社法に基づく株式会社に移行する計画が発表された。
しかし、その後、「中小企業者及び中堅事業者等に対する資金供給の円滑化」が主張され、政府保有株式の処分は行われないままと現在まで存続してきた。
・融資対象は中小企業団体の構成員のみ
中小企業等協同組合、事業協同組合、事業協同小組合、火災共済協同組合、信用協同組合、協同組合連合会、企業組合、協業組合、商工組合、商店街振興組合、生活衛生同業組合、生活衛生同業小組合、酒造組合、酒販組合、内航海運組合、輸出組合、輸入組合、市街地再開発組合およびそれらの連合会、中央会といった中小企業団体が商工中金の株主団体だ。
商工中金が、一般の金融機関と大きく違うところは、融資の対象が出資している中小企業団体の構成員などに限定されているところだ。中小企業金融とはいうものの、融資先が限定されている。
それがために、中小企業経営者の中にも商工中金と関わったことがない人がいるのも当然なのだ。
・「正直なところ、複雑だ」
「正直なところ、複雑だ。確かにやっていたことは問題であるし、組織運営上も腐敗しているとしか言いようがない。だから、みんな、叩いているのだろうけれど。」
東京都内の中小企業経営者は、「別にかばう義理もないけれどね。」と断ってから、そう話した。「政府系金融機関ということで、中小企業の経営者の中には助けてもらったと言う人も多いんじゃないだろうか。」
「そもそも報道からだと、業績の悪いのを良く見せかけて融資したのではなく、良い業績を悪く見せかけて融資した。それも偽装だし、犯罪だが、焦げ付きなどは少ないのじゃないだろうか。そういうところが報道からは、よく判らない。」
こうした感想を持つ経営者は、少なくないのではないだろうか。
・民業圧迫という批判
今回、銀行関係者からは「民業圧迫」という批判が強く出ている。元々、政府系金融機関は、「民業補完」が基本である。ところが、今回、不正融資が問題となった政府資金を使った危機対応融資に関しては、利子補給制度を利用し、さらに企業の業績を偽装してまで融資を行っていた。
本来、民間金融機関では対応できない部分を補完するはずの政府系金融機関が、民間金融機関で対応すべき分野に進出してきただけでも、反発を引き起こす。それでなくとも低金利に苦しんでいる民間金融機関にとって、今回の偽装事件の発生は、「民業圧迫」という批判を煽るきっかけとなっている。
・我が国唯一の中小企業専門金融機関
今回、不正融資だけではなく、経済政策にも影響を与える景況調査も偽装していたことが明らかになり、組織そのものの腐敗と問題を大きさがクローズアップされている。中には、保留されてきた完全民営化や、存廃にまで踏み込んだ発言が政財界からも出ている。
しかし、全国に支店を持つ商工中金は、我が国唯一の中小企業専門金融機関だ。
それだけに「中小企業者及び中堅事業者等に対する資金供給の円滑化」を理由に存続してきたのだ。
・商工中金の民営化の遅れと存在意義
「確かに現在の低金利で金余りの時代には存在意義は薄くなっている。うちのような地方金融機関にとっても、目の上のたんこぶだと言える。しかし、ここ10年少しの短期間のことで判断しても良いものかとは思う。」ある地方銀行の幹部職員は、そう言う。1980年代を知る幹部職員は、当時、中小企業への融資に慎重になった民間金融機関の、まさに「補完機能」を果たしたのが商工中金だったことを記憶しているからだと言う。
「役所の悪弊で、一度、手に入った予算を手放さないという発想と、政治家の思惑が絡み合って、結局、末端に無駄なものを押し付けた。現場は、ノルマに支配されて崩壊した。」地方自治体で産業振興を担う職員は、一連の事件を見て、そう感想を述べる。
不正を判って行った末端の職員たちの責任も重いが、むしろ、そこまで追い込めた政治の問題として捉えるべきではないだろうか。
・単純な「廃止解体」論で良いのか
我が国唯一の全国に支店網を持つ中小企業専門金融機関としての存在意義をどのように判断するかだ。不正に対しては、法の下で処罰されるべき者は、厳正に処罰されるべきである。
しかし、金融機関としての格付けは、各評価機関からも民間銀行の平均以上を得ている。その商工中金を、例えば外資などに拙速に売却してしまうなどの方法に出ることが正解なのか。中小企業政策の中で、金融制度の「民業補完」部分をどのように残していくのかなどを、再度、議論する必要があるだろう。
仮に商工中金をこれを契機に廃止解体に進むということになれば、実は長年に渡り、中小企業政策の一部分を構成してきた中小企業団体制度を大きく見直すことになる。特に中小企業経営者にとって、本当に「いっそ潰してしまえ」という簡単な問題なのかどうか。改めて考えてみる必要があるだろう。